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ベネ・メレンティに祝福を  作者: 美浜忠吉
アブソルトジャスティア軍事学校の毎日
16/21

Lesson8

 顔をしかめたファキアにプロクスは訓練場から軍事学校の医務室に担がれ、そこのベッドで寝かされていた。


 しかしマナとスマラグダの二人は、先ほど仲良く笑い合っていた件でファキアが怒り狂った挙句に面会謝絶を申しだされ、泣く泣く医務室の前でしょんぼりとしながらプロクスが目を覚ますのを待っていたのだ。


「はあ……まったく! あの二人は緊張感ないんだから……

第一誰があんなケガ負わせたと……ううん、でも

あの子の意志なワケじゃないのか……?」


 あえなくスマラグダを責めそうになった自分に嫌気がさしたファキアは、大きな溜息を吐いてから両手で頬をバチンと叩く。


「よし……とにかく今はこいつの看病に務めなくちゃね!」


 ファキアはそう意気込みながら、プロクスの傷口に目をやる。


「そういえば、あれだけ深い傷を負っていた筈なのにもう完治しかけてるなんて……」


 不思議に思ったファキアは、プロクスのあまりの回復力に疑問を抱いていた。


「とはいえ、こいつが人間族じゃなかったのならそれもありえるかもしれないかー、あはは!」


 だがファキアはすぐに自己解決しヘラヘラと笑っていたが、少しして笑うのをやめてふと物悲しそうな表情を作ってしまう。


「そうだよね親父、獣人族の血を引いてる奴だっているんだもんね」

「……ふわああ、よく寝た」

「うわっ!? い、いつ目を覚ましたの!?」


 そんな時に突然目を覚ましたプロクスに対してファキアはひどく驚いた。


「どうした、そんな悲しそうな顔してさ」

「あ、あんたには関係ないでしょー」


 どうにか平静を装おうとするファキアであったが、まだ気が動転していた。


「ありがとな」

「……いいよ別に、ただあの子の手を汚させたくなかっただけだし」

「はあ、このとんでもないご時世に人を殺めたことのない奴なんているんだ」


 さも当たり前のように首を傾げるプロクスに、ファキアは激昂する。


「あんたみたいな野蛮人と一緒にすんな! そもそもあの子は兵士なんかに

なるのを望んでないんだから!」

「あ、あんなに強いのにか……?」

「ええそうよ、そもそもあの子の父親がここの騎士学部の教官を務めててね、

それで優しすぎるあの子に無理強いしてるわけなのよ」

「はっ!? じゃあ、あいつは一体何を目指してるんだ?」

「フォルティナ教会で細々と聖職者をしていたいと言っていたわ」

「ああ、だからあいつ……」


 スマラグダが聖人だという事を思い出してボソボソとそう呟くプロクスに、ファキアは疑問を抱く。


「なんの話よ……?」

「なんでもないよ。それよりも本当にスマラグダはそれを目指してるのか?」

「本人が言ってるんだからそうに決まってるでしょ!」

「あいつと剣を交えた俺だから言えるんだけど、スマラグダは

かなり好戦的に俺と戦っていたぞ?」

「そうなの?」

「それに、俺が弱かったって理由だけで一方的に殺されそうになったわけだしさ」

「そんなバカな……と言いたいところだけれど、考えてみればそうなのかもね」


 思い当たる節がたくさんある事に気付いたファキアは、プロクスの目をキッと睨み付ける。


「な、なんだよその眼は」

「ねえあんた、これから話す事は誰にも言わないって約束してくれる?」

「あ、ああ。黙ってるよ」

「それじゃあ、耳を貸して」


 ベッドで上半身を起こすプロクスの耳に、ファキアはサッと顔を近付ける。

 そのときファキアの外ハネしたふわふわの髪の毛がプロクスの頬をスッと撫で、彼の背筋にゾクリと刺激を与えた。


「うわっ!」

「どうかした?」

「な、なんでもない……」

「そう、ここに入るための3つの試練があったじゃない」

「ああ、そんなこともあったな」

「あたしもあの子の隣で試練を受けてたんだけど、あの子は罪深き者を

どうしますか――っていう審問でこう言ってたわね」

「なんて?」

「神を仇なす罪人(つみびと)、神の子である私が裁きましょう――と、

やたらと流暢にね。何か違和感を感じない?」

「そうだな、あたかも自分は神の子であるかの様に言って、

罪人を裁くような答え方をしてるな」

「そう、あの子とは幼いころから付き合いがあんだけど、

ここに来るまではそんな思想――というか考え方は一切なかった」


 そこでプロクスは聖人という特別な存在の事を考えた。

 聖人とは一体何なのか、一体どこから来てどこへ帰るのかと。


「なあファキア」

「何よ?」

「お前、聖人って知ってるか?」

「そうね、神の力を授かって産まれた子……って聞いたことある」

「だったらさ、お前ももう薄々気付いてるんじゃないのか」

「何を……! いや、まさかそんな……だって聖人はこの世に十人といないのよ!?」

「それは“歴史に名を遺した奴”だろ?」

「あっ……そうか」


 プロクスが何を言いたいのかを察したファキアは、静かに目を瞑る。


「そうさ。あいつも聖人なんだよ、フォルティナ様のな?」

「そう……それならあの怪力も納得がいきそうだけど……」

「でもさ、聖人は誰しもそんな力を持ってないんだよ」

「どういうこと?」

「特別個人授業の合間にマナ先生から聞いた話だと、聖人はそれぞれ

“一つだけ”その才能を際立たせるらしいんだ」

「つまり、ファキアは筋力に恵まれたと言いたいの?」

「そうだ、後は普通の人間とは違って回復魔術が使えるぐらいだな」


 その話を聞いて、ファキアは納得する。


「ああ、それであんたは傷の治りが異常なまでに速かったわけか……」

「あははっ! まあそうなるんだよなあー……やっぱり」


 スマラグダが聖人あると頭で分かっていても、回復魔術に対してはプロクスにとって夢の様な感覚がして、とても信じられる代物ではなかった。


○


 プロクスが目を覚ます少し前、医務室前でしょんぼりとしていたスマラグダは同じくしょんぼりしているマナに視線を向ける。


「あの……先生」

「んー、どうかしましたかー?」

「先生は……聖人という存在を……御存知ですか?」

「ええ、もちろんですよー」


 おそるおそる話を出してくるスマラグダを前に、マナは笑顔でそう答えた。


「それでは……私が聖人であるという事は……知っていたのですね……」

「はいー、プロクス君が入ったすぐ後にわたしもここにやって来ましたから

初めは分かりませんでしたけど、その直後にキミの尋常ではない力を前にして

気付きましたねー」

「そうでしたか……」


 それから二人の間で、しばしの沈黙が訪れる。




「あの……先生」


 沈黙を先にスマラグダが打ち破ってマナに質問する。


「どうかしましたかー?」

「その……先生は聖人のこと……どう思いますか?」

「んー、わたし聖人のこと完全には分からないですけどー、

スマラグダさんはわたしのかわいい大切な教え子ですー!」


 その裏表のないマナの答えを聞いて、思わずスマラグダは彼女から目を逸らし、前を向いて少し俯く。


「あ……あう……」

「あ、今のちょっとくさかったですかー!?」


 少し自分の言ってしまった事に対してマナは恥ずかしく感じ、慌てふためいた。


「あ、そんなことはありません……嬉しいです……」

「あははー、良かったですー!」

「先生はその……どうしてそんなに……笑顔が絶えないのですか……」

「えへへ、それはですねー」

「はい……」

「どんなに辛いことがありましてもー、笑顔さえ絶やさなければー、

どんな困難だって乗り越えられる気がしますからねー!」


 楽しそうに笑うマナを横目に、スマラグダは悲しそうに俯く。


「先生は……大人なんですね……」

「えー、こんなヘラヘラしてばっかりですから教え子達に子ども扱いされて

ばかりですよー。まったく、みんなもっと年上を敬いませんかねー!」

「そうではありません……」

「えっ?」

「どれだけ辛いことがあっても……

笑顔を絶やさず全てを乗り越えようとする……

そんなこと私には……到底できませんから……」


 少し俯きながら語るスマラグダに対して、マナは優しい眼差しを向ける。


「そんなことありませんよー」

「え……?」


 少し物悲しそうな声に思わずスマラグダは顔を上げ、マナの顔に注目してしまう。


「先生だってですねー、あまりにも辛い時には泣いて逃げますしー、

投げ出したくなっちゃう時だってありますよー」

「そうなんですか……?」

「そうですよー、世の中に完璧な人間なんて存在しませんからー」

「そう……ですよね」


 自分は本当に人間なのか、それが分からずにスマラグダは再び前を向いて少し俯いてしまう。


「もちろん、それは聖人にも当てはまりますからねー!」

「えっ……?」


 驚いて顔を上げたスマラグダがマナの顔に目をやった。


「実際にわたしも、聖人の方と一緒に旅をしてましたからー」

「そ、そうだったのですか? その方はどんな……?」

「ええ、その方――サリファちゃんはとっても優しいお方でしたが

自分の決めたことは例え誰が反対しようとも貫き通す――

そんな強い意志を持っていましたねー」

「サリファさん……サリファ……! あの魔王を討伐した一行の一人と……

そう伝えられる伝説の偉人、サリファ・ジャジメン……ですか!?」


 その名前を聞いたスマラグダは驚愕した。


「そうですよー!」

「そ、そういえば先生も……一行の一人でしたね」

「あ、知ってましたかー!」

「名前と種族を聞いてすぐに分かりましたし……先生からは何か……

普通の方とは違う雰囲気を……感じていましたから」

「おーっ、分かる人には分かるんですねー! でも不思議と生徒達は

わたしの名前を聞いても、ただ名前が同じだーとか、かわいい先生きたー

なんて、わたしの事をバカにするんですよー!」


 マナはぷんぷんと怒りながらスマラグダに可愛く当たり散らしていた。


 そんな怒るマナをスマラグダはどうにか宥めようとする。


「そ……それは明るくて雰囲気のいい……

そんな先生が……みんな大好き……ですから」

「や、やっぱりそうですかねー!」


 スマラグダのその言葉を受けて、マナは嬉しさのあまりに顔を綻ばせていた。


「は……はい……わたしもそんな……

明るくて優しい先生が……好きですから」

「そ、そんな照れますよわたしーっ」

「あ、あの先生……相談しても大丈夫……ですか?」

「あっ、はいどうぞー。言っときますけど、

わたしは守秘義務強いですよー」


 そう言ってマナは、偉そうに小さな胸を叩く。


「あ、ではその……私ここに来てから時々……意識が薄くなるというか……

感情が抑えられなくなることが多々あるんです……」

「んー……。その話、ちょっと詳しく聞かせてもらっても大丈夫ですかー?」

「あの……どう説明すれば……」

「例えば、どんな時に意識が薄くなるとか、

こんな事があったから感情が高ぶるとかですねー」


 そう聞いてスマラグダは一生懸命頭の中を回転させた。


「……そうですね……プロクスさんの瞳を覗いた時……

すごく引き込まれる感じに……」

「……そうでしたかー」

「はい……そうでした……あの瞳を覗くと……

なぜか胸の鼓動が止まらなく……」

「もしかしたらなのですけど……スマラグダさんは

プロクス君の“異質の魔素”に

魅了されているのかもしれませんね」

「異質の……魔素ですか?」


 初めて聞く単語に、スマラグダは呆気に取られて口を開けてしまう。


「そうです……実はこの事は本人にも伝えてないのですが……

彼は只の人間ではありません」

「ど、どういうこと……ですか?」

「プロクス君の血には、妖精族の他にもう一つ……魔族の血が

混在されているのです……」


 衝撃の事実を知って、スマラグダは驚嘆した。


「つ、つまりそれって……!」

「そうですね……彼もまた、魔物の様な存在なのですよ……」

「そ……そんなのって……あんまりです……」

「……プロクス君のこと、嫌いになりましたか?」

「逆です……私……あの人のことを……

放ってなんておけません!」

「それを聞いてさぞプロクス君は喜ぶことでしょう……。

ですが、血の方は大分薄まってますからそこまで深刻に

考える必要はありませんよー」

「そ、そうなんですか……?」

「ええ、彼はほとんど人間と言っても過言ではありませんっ!

ですが万が一……そうです、万が一魔族の力が覚醒してしまった

その時は……わたしはプロクス君を……この手で……」

「せ……先生……もしかして先生は……!」


 思わずスマラグダは、困り果てるマナに顔を向ける。


「……えへへ、わたしはあの子の監視役を命じられた……

ただの悪い魔女なのですよー……」

「ですが……先生はプロクスさんの成長を……

見守ってくれています……」

「はい……ですがそれも……あの子に全ての真実を

話せなかったわたしの……せめてもの罪滅ぼしですので……」


 マナは思いつめたまま俯いて両膝を抱え、そこに顔を埋めてから両腕を膝に乗せた。


 そんなマナを見ていられなくなったスマラグダは、彼女の肩に右手を置いて目を瞑る。


「神よ……どうかこの者に……幸せな運命を与えたまえ……」


 その言葉を聞いて、マナはバッと顔を上げてスマラグダを見た。


「ス……スマラグダさん?」

「……先生、神はあなたを責めてなどいません……」

「ほ、本当ですか……?」

「ええ……神は私にこう告げました……

お前はこの世界の救世主です、

どうか自分の行いに罪の意識を持たず、

自信を持って今の道を進みなさい……と」

「そう……でしたか……」


 気付けばマナの両目から一縷の涙を流していた。




「痛ったあああ!!!」


「な……なんですかー!?」

「……プロクスさんの……叫び声です!」


 そんな時、プロクスの痛々しい叫び声が医務室から響いた事で驚いたマナは涙を拭い、プロクスを必要以上に心配するスマラグダと共に医務室へと駆け込んだ。

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