Lesson7
スマラグダが全力で振り落したエクスキューショナーは、並の人間が三人は入る程の大きな穴を開け、そこにプロクスの体ごと巻き込んでいた――かのように思えたが、大量の砂塵の巻き起こる更に上空からプロクスが伝説の剣を強く両手で握り締めて身構え、スマラグダの右肩目掛けて斬り掛かった。
だが、スマラグダは超反応でエクスキューショナーを横に倒すと左手で刃を支えて盾代わりにし、プロクスの斬撃を軽く防いだ。
「今プロクス君……わざと私の急所を外しましたね……?」
「当り前だ! 俺はお前を止めるつもりで戦ってるんだからな!」
プロクスの斬撃をスマラグダは受け止め、そのまま二人は会話を続ける。
「プロクス君……私を殺すつもりでかからないと……あなたが殺されちゃいますよ!」
「うぐぉっ!?」
エクスキューショナーを握っていた右手に力を入れ、スマラグダは力ずくで右側に払った。
その衝撃で、プロクスは斜め右上空へと大きく弾きとばされてしまう。
弾き飛ばされたプロクスがどうにか地面に着地した。
だがスマラグダはエクスキューショナーを両手で握り締めてから着地したプロクスの目前へすかさず移動し、重力を無視するかの様に右へ左へガンガン振り回す。
「くっ……くそっ……あぶね……!」
『ほらほら、そんなに逃げ腰では――死んでしまいますよ!』
――なんかスマラグダの様子が……おかしいぞ?
そうは思っていてもプロクスはスマラグダの怒涛の連撃をどうにか塞ぐことで精いっぱいだった。
最後の一振りに力を存分に込めたスマラグダの一撃が、伝説の剣で支えるプロクスの右足を地面にめり込ませる。
それでバランスを崩したプロクスは、そのまま右側に転びそうになっていた。
「うわ……ととと……!?」
『はああああ!』
すかさずバランスを崩したプロクスの脳天から、スマラグダは一刀両断するかの如く叩き落した。
それでもプロクスは崩したバランスを利用して右側に体をねじらせて横転し、その攻撃をかわした。
「てやっ!!」
そのままの勢いで伝説の剣を力強く薙いでエクスキューショーナーの刃の中心部を下から強く叩き付けたが、エクスキューショナーはびくともしなかった。
「か、硬……!」
叩き付けたことで逆にプロクスの握っていた両手は痺れ、伝説の剣を握り締める力を緩めてしまう。
『そこ!』
「うがっ!?」
そのままスマラグダがエクスキューショーナーを軽々と左上に薙ぐと、プロクスの持っていた伝説の剣は天高く弾き飛ばされ、クルクルと回った後切っ先がざっくりと地面に突き刺さった。
「し、しまっ……」
『チェックメイトです』
「いっ!?」
すぐさま取りに行こうとしたプロクスであったが、エクスキューショナーの切っ先を眼前に突き付けられた事で身動きを取れなくなってしまう。
「くそ……完全に俺の負けだ!」
『ですけど、目は活き活きしてますね――どうしてですか?』
「ははっ……そんなの当り前さ! だって俺は勇者なんだからな!」
『そうですか。では、あなたは今からこの子に首を斬り落とされるのですが
何か言い残すことはありませんか?』
プロクスは怖気付く事無く言葉を続ける。
「そうだなー……スマラグダ、俺の代わりに魔王を戦ってくれ!」
『――あなたは自我に対する願望はないのですか?』
「何言ってる! 俺の願いは強い奴と戦う……ただそれだけだ!
それで負けたんなら、最早悔いなんて何もないさ!」
そういうとプロクスは目を瞑り、どっかりと胡坐をかいて座り込んだ。
『そうですか、それがあなたの求める道――ですか』
「俺には小難しい事はよく分からないけど、とにかく誰も悲しまない世界が
訪れるといいんじゃないか? あの世で応援してるぞ」
『分かりました。あなたのその意思、私が責任を持って後世に引き継ぎましょう』
どこか様子のおかしいスマラグダはそう言うと、エクセキューショーナーの切っ先を天高く突き上げて目を瞑り、祈り始めた。
『――神よ、この勇気ある若者に神の子を辱めた事をお許しください。
どうか彼に御慈悲を与え給え』
「……あはは……俺は神を怒らせる程、本当に大変なことをしてしまったのかもな……」
『安心してください、神はあなたの事を御許しになられております。
あなたの御尊命と引き換えに』
「聖人にそこまで言われちゃ……俺に悔いなんて一切ないわな……」
『――どうか安らかにお眠りください』
そしてスマラグダはエクスキューショナーの切っ先をそのまま背後に降ろし、力を込め始める。
プロクスもそれに応じて自ら首を差し出していた。
『潔いのですね』
「早く……してくれ……俺だって怖いんだよ……」
震えるプロクスの体を見て、スマラグダの心は決心した。
『――無駄口が過ぎました』
力を込めて処刑人の大剣を振り上げたその瞬間、
「やめてスマラグダ!!!」と、プロクスを庇う様に両手を横に広げ、十字架の様に立ち尽くしたファキアが大声をあげた。
ファキアの叫び声を聞いて、どこか様子のおかしかったスマラグダがいつもの控え目な彼女へと戻る。
「……えっ!?」
「やばい……!!」
振り上げたエクスキューショナーがファキアの脳天目掛けて自重により降りかかる。
それをスマラグダはどうにか止めようとしたが、焦り戸惑っていたせいで思ったように力が入らず、落ちる勢いを弱められなかった。
「ダメ……止められない……避けてファキア!!!」
「イヤだ! あたしもう誰も……!」
プロクスは有無を言わずに立ちあがり、目を瞑るファキアの前に立ち塞がって自分の両腕で百キログラムを軽く超えるエクスキューショナーを必死に受け止めた。
「ぐあああああああ!!!」
それによってプロクスの両腕に深い斬り込みが入り、大量の血液を噴き出しながら彼は激痛を訴え、喉が潰れそうになる程に叫び声をあげてしまう。
「あ、ああ……っ!?」
「プ……プロクスー!!!」
その様子を間近で見たファキアは、発狂するかの様に彼の名前を叫んでいた。
「ぐ……ああ……うぐあああ!!!」
「あ……うあぁ……私……わた……し……は!!!」
プロクスの両腕に食い込んで勢いの止まったエクセキューショナーをスマラグダは急いでどかす。
その後両腕から大量の血を噴き出すプロクスを目の当たりにして、ひどく動揺し吐き気を催してしまう。
「うっ……!」
「ちょっとキミ達ーっ! 何をそんなに騒いで……」
スマラグダの斬撃による爆発音に気付いて遅れてこの訓練場にやってきたのは、軍事学校の不寝番を務めていたマナ・ルーネであった。
「――大変!!! スマラグダさん、あなたなんて事を!!!」
「うぁ……ああ……っ! 私……私はただ……」
「先生! この子は悪くありません! ただちょっと……何かに取りつかれて
いたかのようにこんな無茶なことを……!」
「そうですか……ファキアさん、キミは急いで包帯と薬草を持ってきなさい!」
「わ、わかりました!」
ファキアは急いで軍事学校指定の宿舎へと駆け出していった。
「プロクス君! すぐに治りますから気を確かに持っててくださいね!」
「うああああ……!!!」
マナはプロクスを落ち着かせるため必死に呼びかけていたが、彼はあまりの激痛にそれどころではなくただ叫び続けていた。
次にマナはスマラグダの元へ寄ると、彼女に呼びかける。
「……スマラグダさん、手短に言います――あなたは聖人ですよね?」
「あ……ああ……」
マナはスマラグダの襟を掴んで頬をパチンと一発平手打つ。
「あうっ……!」
「気を確かに持ちなさい!」
「あ……せん……せい……?」
その一発でスマラグダは正気を取り戻したが目を虚ろとさせていた。
「そうですよ、わたしはキミの先生です。それであなたは――回復魔術を使えますか?」
「あ……はい……多少ですが……」
「では今すぐ先生の言う事を大人しく聞いてください――プロクス君を助けたければ」
「は……はい……」
「では、まずは深呼吸です」
スマラグダの体がだいぶ落ち着いてきたのを確認したマナは、彼女に指示をしていく。
「スー……ハー……」
「そうです、リラックスできましたね?」
「はい……」
「では次に、目を瞑ってください」
「はい……」
「いいですか、わたしを信じてくださいね」
スマラグダが目を瞑ると、マナは彼女の背中に両手を乗せて自分の魔素を彼女に送るようにイメージをした。
「あ……体の中に何か……暖かいものが……」
「これはわたしの魔素です――いいですか、落ち着いてから目を開けて、
目の前で大怪我をしているプロクス君に、回復魔術を唱えるのですよ……」
「わかりました……」
目を開けてから、血を大量に噴き流してうずくまるプロクスを目の当たりにしたスマラグダは再度気分が悪くなってしまう。
「う……腕がああああ……」
血液を流し過ぎたプロクスは、自分の血海の中でぐったりとして動かなくなってしまう。
「ひっ……!」
「落ち着いてー、落ち着いてねー……」
「はい……“Aqua...Vitae...homo...omnibus...Ars...magna...!”」
スマラグダがそう唱え終えると、プロクスの両腕の傷はゆっくりと、ゆっくりと癒えていく。
「あっ……成功しました……」
「ふうーっ……わたしも疲れましたー……」
もうプロクスは大丈夫だと確信した二人は、ホッと一息吐いていた。
「成功して……良かったです……」
「当り前ですっ! キミは昼間にも“詠唱も無し”に落ち着いて、
本当に落ち着いて治癒強化の術をプロクス君に掛けていたでは
ありませんかー……しかも攻撃しながらねーっ」
「み……見ていたのですか……!?」
昼間、狂喜乱舞してエクスキューショナーをブンブン振り回していた姿をマナに見られていると知って、スマラグダの顔が真っ赤に染まってしまう。
「えへへー……流石にさっきのはやり過ぎですけどー……
女の子を小馬鹿にしたプロクス君はあの時、痛い目にあって然りなんですからー!」
「せ、先生ったら……」
「まあこのくらいの熱血バカですからねー、これだけ血を流せばちょっとはクールになるでしょー」
「こ……怖い人ですね……」
「えへへー、お互い様ですー!」
「そ、そうでしたね……」
気が付けばプロクスの首を斬り落としそうになっていた事を思い出したスマラグダの顔から、血の気が引いてしまう。
――だけど、それはわたしの真の意思ではない……はず。元々プロクス君を殺す事なんて……私には絶対にできませんし……。
そう考えて、どうにかスマラグダは心を落ち着けていた。
そしてどうにか落ち込んだ気持ちを紛らわせようと、スマラグダはマナに話し掛ける。
「ところで……先生……」
「ん? なんでしょうかー」
「先生は……プロクスさんの事……好きですか?」
「んな……なななな、なんでですー!!??」
動揺したマナは、声を上擦らせてしまう。
「あ……やっぱりそうなんですね……」
「ま……まさかキミもですかー!?」
スマラグダの意外な事実を知って、マナは驚愕した。
「えへへ……先生は私の……恋敵ですね……」
「まったくー……あんな若造のどこがいいんでしょうねー……お互いにー」
「そうですね……真っ直ぐで……どこまでも意志を通すから……でしょうか」
「……プロクス君のこと、よく分かってますねー」
「聖人……ですから」
二人はそれだけ話してくすくすと楽しそうに笑い合っていると、包帯と薬草を持ってきたファキアから、
「死んでしまうかもしれないぐらい大ケガをしている人がいるんですよ!
そう言うのは自重してください! 大体あなたは先生なのに――――」
と本気で怒られながら、二人は彼女に何度も頭をペコペコ下げていた。
プロクスに処置を施すのも忘れて夢中で。




