Lesson6
コロッセオの様な形状をした訓練場から第四教室の前までプロクスとマナが来ると、そこで二人は立ち止まる。
「ではわたしは教官室へ戻りますー」
「あっ、はい分かりました!」
「じゃあねー!」
そこでマナはプロクスに向けて手を振りながら教官室のある方向へと歩きだした。
プロクスも思わずマナに手を振り返してしまう。
「ふう……それじゃあ俺も気合を入れて……ぶん殴られに戻りますか」
マナと別れを告げたプロクスは、スマラグダに頭を下げるために気合を入れて教室の扉をガラガラと開けた。
○
その途端、スマラグダを除く教室にいる全員の目線がプロクスに集中する。
「お、おい! お前大丈夫だったかよ!?」
「け、ケガとかしてないの!?」
「マジ危険だよな、お前ー!?」
だが、クラスのみんながみんなざわつきながら心配することで、プロクスは拍子抜けして肩の力を落としてしまう。
「はあ……何もされてないよ」
「本当か!? き、奇蹟ってあるんだなー!」
「すごいわねーっ、ワタシびっくりしちゃったー!」
「とにかくあれだ、後で何されたかちゃんと話してくれよー!」
――あはは……ホントこいつら先生にやられまくってるんだな……あまりにも驚き過ぎだろ……。
プロクスに対していつも妙に絡む三人に、内心彼は呆れていた。
「悪いみんな、ちょっとスマラグダに話があるから
退いてくれないか?」
「あっ、そっかあー!」
「うんうん、好きにしろよ色男ー!」
「はっ……?」
戸惑うファキアを除いて、ニヤニヤと微笑む生徒達を前にしたプロクスは何のことか分からずに困惑する。
「ほれ、行きなってえ!」
「あたっ……!」
それでも一人の女子生徒に背中を押されたプロクスは生徒全員の視線を気にしながらも、とにかく隣で彼を執拗に睨み付けるファキアと一緒にいるスマラグダの元へと移動した。
○
「あの……スマラグダ?」
氷のように冷めた表情をしたままそこに立ち尽くすスマラグダが、困惑するプロクスの顔を見て怪しく顔を綻ばせる。
「くすくす……プロクスさん……私、決めました……」
「な、何を言って……?」
プロクスは自分の事を名前で呼ぶスマラグダに困惑し、思わず隣にいるファキアに目線をやってしまう。
だがファキアは何も言わずにプロクスから、ぶっきらぼうな態度で目線を逸らした。
「お、おいファキア……」
「今ファキアは関係ない……そうでしょう?」
「痛たたた!」
スマラグダは、ファキアに顔を逸らしたプロクスの両頬を力強く右手でわし掴み、彼の目線を無理やり自分に持っていった。
「私……弱いプロクスさんは嫌いですけど……
プロクスさんの燃えたぎる様な瞳は大好きですから……決めました」
流石にその状況を前にしたクラスのみんなもシーンと静まり返り、顔を青ざめさせてしまう。
「な、何をだよ……」
「これからは毎日……プロクスさんの真夜中の稽古を
私が見てさしあげます……」
「え……ええっ!?」
スマラグダはそれだけ言うと、プロクスの顔から鷲掴みする力を抜いて解放する。
その後、プロクスの耳元へ近寄り唇を近付けた。
「わおっ……」
「だ、だいたーん……」
「すげえー……」
その様子を見ていた生徒達が再びざわざわし始める。
「……私……プロクスさんに辱められたこと……一生忘れませんから……」
「!!?」
耳元でボソリと呟いたスマラグダの渇いた声を聞いて、プロクスの額から滝の様な冷汗がボタボタと流れ出してしまう。
それからスマラグダはプロクスの横に立つと、にこやかに微笑んだ。
「そういうわけですから……これからもよろしくね……
プロクス君?」
「!?」
それだけ言ってスマラグダは教室を静かに後にした。
スマラグダがいなくなった途端、教室中がどわーっとざわめいてしまう。
「ちょ、ちょっとプロクスー! やるじゃんあんたー!」
「まさかうちで割と人気の高いスマラグダに、
あそこまで言ってもらえるなんてなーっ!」
「うらやましいぞ、こいつー!」
「あんたら……ちょっと黙ってなさい!!!」
ファキアの怒鳴り声と机を力強く叩く音で、生徒達がシーンと静まり返ってしまう。
「ねえプロクス……あたし言ったよね!?
あんたがあの子の事を護るってさあ!」
怒りのあまりに、ファキアは再度机をバアンと手の平で叩きつけた。
「わ、悪かった……」
「はあ……っ! まあいいわ……こうなったらもう、
あの子の暴走をあたしには止められないから」
「ああ……責任は取るさ」
「あたしが言いたいのはそれだけ……、
あんたの顔なんて二度と見たくない」
それだけ言って、ファキアは激怒して机や椅子に当り散らしながら教室を出ていった。
「なんだよあいつ……」
「愛想悪りーなー……」
「黙ってれば可愛いんだけどなー……」
「マジかよ、おめー!?」
プロクスを怒鳴り付けるファキアを見ていた生徒達は、ファキアに対する不満や何かを言い合ってざわつき始める。
「ねえプロクス、あんたは別に気にしなくてもいいのよ?
ファキアったらスマラグダに依存しすぎてるところあるからさあ」
「そうだぜー? なに、ファキアだって虫の居所が悪かっただけさ」
「ああ……ありがと……」
――ごめんファキア……俺やっぱ世界一の大バカだよ。
プロクスは自分のしてしまった事にひどく後悔し、スマラグダに対する罪悪感を充分に抱いてしまう。
今手中に納めている先祖代々伝承される伝説の剣をジッと見つめながら。
○
夜半、スマラグダから強引に剣の稽古に誘われて秘密裏に訓練場へと来ていたプロクスは、伝説の剣を手に持って彼女が来るのをそこでジッと待っていた。
「あー寒い……スマラグダ……ちゃんと来るのかな……?」
――まあ、逆に来てくれない方が気が楽だけどさ。
そんなことを考えていると、ズシズシと重たい足音がプロクスの元へと近付いてくる。
「この重い足音――来たか」
エクスキューショナーを右肩に抱え、制服の上から鉄の胸当てを付けたスマラグダが、何食わぬ顔で彼の目の前へとやってきた。
「おまたせしました……この子を隠しながら移動するのに……
思ったほど時間が掛かりましたから……」
「あ、相変わらず恐ろしい大きさだな……それ」
「ええ……大きな魔物を真っ二つにするには……このくらいが一番ですから……」
「それにしても、そんな重たそうな物を片手で
軽々持てるなんて人間の力とは思えないな……」
「そうでしょうね……何故なら私……人間ではないですから」
プロクスはスマラグダのその意味深な一言で呆気にとられていた。
「はい――!?」
それでもスマラグダは顔色一つ変えずに話し続ける。
「私のことを“教会のみなさん”は……聖人と……呼びますが……
いまいち理解に苦しみます……」
「う、嘘だろう……?」
「それにプロクス君も実感した……でしょう?」
「な、何がだよ……」
「何時の間にか……砕けた全身の骨が治癒しているという現象を……」
プロクスはそう聞いて、ふとスマラグダから吹き飛ばされて全身がボロボロになっていた筈なのに何時の間にか回復していた昼の出来事を思い出してしまう。
「そ、そうか……あれはスマラグダが治してくれたのか……」
「正確には……あなたが自然治癒する手助けを……
魔術を行使して行っただけ……なのですけど」
「そっか……いちおう俺を殺すつもりではなかったんだな」
「ふふ……私も……みんなと同じ人なんです……恋をしたり……
怒ったりする感情を持ってますから……」
「そうだよ、お前は俺と同じ人間さ」
「ええ……ありがとうございます……プロクス君……。ですが……
万人はそうは思わないんです……。化け物だの……異端者だのと……
私の事を差別して……忌み嫌うんです……」
「そんな事が……」
「おかげで私……こんなに暗くなってしまいましたけど……
一人の男性が……私の心を温めてくれるんです……」
「いいやつだな、そいつ」
「……あなたの事ですよ……プロクス君?」
そう聞いてプロクスは少しの間かたまり、そして驚愕する。
「はっ……!? な、なんで俺なんだ!?」
「あなたのその……どこまでも真っ直ぐな瞳……それが私の
凍り付いた心を……燃え盛る炎のように……溶かしてくれるんです……」
「そ、そんな理由だけでかよ」
スマラグダの理由だけ聞いて、プロクスは腰が引けてしまう。
「それだけでも……私にとっては大切なこと……おまけにあなたは……
私の体に触れて……興奮してくれた……それが本当に……嬉しかったんです……」
スマラグダの顔は紅く染まり、うっとりと惚けていた。
「い、いやっ!? あれはどう考えても怒ってるようにしか見えなかったぞ!?」
スマラグダが必死になってエクスキューショナーをぶん回すあの時の姿を思い出したプロクスは、ぞっと背筋に寒気を感じながら冷汗を額に溜めてしまう。
「いいえ……嬉しさのあまりに興奮して……暴れてしまっただけです……」
「あ、あのなあ……」
「ですが……実はあなたがとても弱かったことが分かり……
私の心はズタズタに引き裂かれました……
まさかこんな弱い方に……私の体を弄ばれるのなんて……と」
そう話すスマラグダの顔が、腐ったゴミでも見る様な冷酷な表情へと変貌する。
そしてその顔を目の当たりにした途端、プロクスに緊張感が走る。
「そういう事ですので……私は今から本気であなたを殺しに
掛かりますが……覚悟はよろしいですか……?」
それだけ言うと、スマラグダはエクスキューショナーを両手で強く握り締めた。
――な、なんて殺気だ……こ、こんな尋常じゃない奴に俺は勝てるのか……?
スマラグダのあまりにも凶暴過ぎる殺気が、ひしひしとプロクスの背中を押し潰そうとする。
「……俺は誰にも殺されないさ……諦めない限りはな!!!」
それでもプロクスの瞳は、燃え盛る炎のように活き活きとしていた。
「そう……その眼です……ああ、私の凍り付いた心を……
煮えたぎる思いで……溶かしてくれます……!」
スマラグダはプロクスの燃え盛る瞳に恍惚しながら、彼に向かってエクスキューショナーを本気で振り落した。
地面に向かって振り落したその後、地面に並の人間が三人程ぽっかり入るぐらい大きく抉れ、とんでもない重量の斬撃による爆発音が学校全体に響き渡る。
気付けば周囲に大量の砂塵が舞い上がり、二人の姿を砂煙で覆い隠していた。




