Lesson5
マナは再び古い書物を懐から取り出してぱらぱら捲り、とあるページで固定した。
「はいー、それから魔王がいなくなって徐々に大地は息を吹き返してきましたよー」
「おお」
「腐っていた大地と空気は浄化され、アニムス大河に流れる水も
アクアマリンのようにとっても綺麗になりましたー。
それから十年で、大豊作もあちこちで見られましたし、
荒んだ人間の心も、すっかりと穏やかになっておりましたー」
「もうすっかり平和そのものですね!」
「そう、平和だったんですよー……ですがそれでもやはり、
二百年という年月が経てば次第に状況は変わっていきます」
七百年を生きるマナにとって、百年前の記憶はそこまで古いものでも無い。
「まさかまた魔素がそこを尽きたんですか……?」
「そうです――0727年には再び、魔素が低下した事で大地や空気に水質、
その全てが汚染されていきました。
更に二十年程経って0750年には大地の魔素が枯渇し、
今までに無いほど作物が育たなくり、史上最悪の大飢饉を
住民達は受ける事になります」
だから、五十年前の事などつい最近の出来事であり、大飢饉を自ら味わっていた記憶がマナの中で鮮明に彩られていた。
「お、恐ろしいな……つい六十年前じゃないか……」
「そうです、歴史から見れば本当に最近の事なんですー。
そしてその年から五年もの間、大飢饉の影響を受けたすべての住民は、
充分な栄養を保つ事ができないせいで病気に罹り、
その病気が蔓延する頃には既に住民の気力はほとんど無く、
病気によって亡くなった方をそこらの道端に遺棄する者が後を絶ちませんでした」
「そ、そんなことをしたら疫病が……」
「そうですね、疫病は瞬く間に地上全体に拡がり、それだけ病気に罹る者も
後を絶たず、状況は悪化していく一方だったのですー。
ですが薬学を専門に研究してした聖人が当時新薬を開発したことにより、
多くの疫病罹患者を疫病から救ってくれましたー」
「それで今では、まったく病気には困らないんですね」
「その通りですー! まあわたしは魔術専門ですのでその新薬を
説明することはできませんが、とにかくすごいですよねー!」
マナは恥ずかしそうに頭を小さく掻いてしまう。
「あははっ、先生にも分からないことってあるんですね」
「たっくさんありますよー! この世界は情報だらけですからねー!
そんなこんなで五年も経てば大飢饉は終わりを向かえ、
疫病もほとんどなくなったのですが、大地の魔素が数少ない事には
まだ変わりありません」
「そうなると、相変わらず苦しい日々を当時の人は送るわけなんですね」
「そうですー。まあ薬のおかげで住民達の暴動は治まりましたが、
不安な精神状態だけは変わりありませーん」
マナは更に書物のページを捲った。
○
「さて、それから五十年程経った0810年、
遂に二代目魔王コンテントゥプスムンディが
この地上に誕生してしまったわけですね」
「そういえば……魔王は倒してもすぐに次の魔王が生まれるんでしたっけ?」
「そうなのです、つい最近の事ですけど二代目魔王を
現騎士団長とその部下十名に、兵団長と一級兵士二十名、
そしてわたしは弟子の魔術師五名を連れて、
とにかく準備を万端にして魔王を討伐しに行ったのですよー」
「そうだったんですか!?」
「ええー、ですが二代目魔王は初代魔王に比べると違和感を覚える程弱かったです。
むしろ、何かが魔王の力を分散しているのではないかと思い、わたしは
討伐を終えて帰隊した時、個人的に調べてみました……」
「ま、魔王を弱体化するって……ま、まさか禁忌……うぷっ!?」
マナは血相を変えてプロクスの口を必死に押え、その言葉を封じた。
「ダメです! そんな大声で叫んでは――」
それからキョロキョロと辺りを確認して、誰もいない事が分かるとホッと一息吐いてしまう。
「ほっ……!」
そうして一息吐くとプロクスの耳元に再び顔を寄せた。
「と、とにかくですよ……この禁忌を知っている者は魔術団の中でも
ごく僅かなんです……それを他人に知られては、これから先何が起こるか
まったく想像できません……。ですからなるべく静かに――ねっ?」
「す、すいません先生……」
マナはプロクスから顔を離すと、笑顔を作る。
「くすっ、分かればいいのですよーっ!」
「ふうっ……心臓に悪いなあ……」
プロクスは顔が火照り、ドキドキと心臓を高鳴らせていた。
「? 何か言いましたかプロクス君?」
「な、なんでもありません」
「そうですか――それではここで、プロクス君に簡単な問題を一つ」
「はい、なんでしょうか?」
「君が目指す宮廷兵団にある部隊、アグナスディ遊撃団なのですが
何年に編制されたでしょうかー?」
「えっと……全然分かりません……」
そう聞いて、マナはぷくっと頬を膨らましてしまう。
「もうっ! このくらいは宮廷兵士を目指すプロクス君には
分かってほしかったですー!」
「す、すいません」
「正解は0811年、今から三年前ですよー!
よく覚えておきなさいねー!」
「は、はい――って随分新しく結成されたんですね!?」
「あははー、そうですよねー。
でもこれにはちゃんと理由があるんですよー?」
「うーん……二代目魔王が現れたから……?」
「その通りです!」
「ははっ、やっぱりな」
プロクスは偉そうに胸を張っていた。
「まあ、本当はもっと込み入った事情があるのですが、
詳しく話すとかなり長くなるので今は止めときましょう」
「いつか聞いてみたいですね」
「まー、いずれ話してあげますよー」
「その時はお願いします」
○
「それでは次ですが、その一年後には二代目魔王を倒したのですが、
すぐその後に三代目魔王が“その場”に誕生し、辺りの兵士や、
騎士の目を気にしながら、どこかへと姿を消してしまったのです……」
「えっ、そいつは捕まえられなかったんですか?」
「残念ですけど、“その場”のみんな全員が動揺していましたし、
あまりにも素早く逃げ出してしまいましたから……」
「そうでしたか……」
「そしてそこから一年経ったある日……ついにはイドリベルタの北方に
三代目魔王コギトエルゴスムの根城が姿を現したのです……」
「た……たったの一年で魔王が完全に復活したんですか……?」
「はい、残念ながらですが……」
古い書物を閉じたマナは懐にサッとしまい込んだ。
「とりあえず歴史の授業はこれで終わりですけど、最後に何か質問はありますかー?」
「先生、その場に三代目魔王が誕生したって聞いたんですけど、
どうやってその魔王は誕生したんですか?」
「それは……今のプロクス君に教える事はできません……」
「ど、どうしてですか!?」
なんでも教えてくれるマナが、それだけは教えてくれない事にプロクスは驚愕した。
「……どうしてもです」
マナもマナで、とても辛そうにプロクスから目線を逸らしてしまう。
「分かりました……無理言ってすいません……」
「ごめんねプロクス君……。さあっ、特別個人授業も終わったことですし、
教室に戻りますかー!」
「その前に先生、最後に一つだけ!」
「はいっ、なんでしょうかー?」
「その……俺が卒業したら先生とは……もう会えなくなるんですか……?」
とても悲しそうに話すプロクスの声を聞いて、マナはくすりと微笑みながら背伸びし、彼の頭を撫でる。
「せ、先生……?」
「大丈夫ですよプロクス君! その時わたしは先生ではないですけど、
それでも君が望むのでしたらわたしはいつでも君の元へ駆け付けに
行きますからねーっ!」
「あ、ありがとうございます……」
「では行きましょう!」
「はい!」
それからプロクスは、先頭を歩くマナの後ろへ付いていき教室へと戻っていった。




