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ベネ・メレンティに祝福を  作者: 美浜忠吉
アブソルトジャスティア軍事学校の毎日
12/21

Lesson4

「0525年、伝説の勇者スペス・ゲントは国王に懇願され、勇者一行を結成して魔王討伐の旅にでる事になりましたー」

「よしきたー!」


 プロクスは落ち着かせた気分を高揚させて思わずガッツポーズを取り、再び興奮し始める。


「あははっ、本当にこの話を聞きたくて仕方がなかった感じですねー、プロクス君!」

「もちろんですよ!」

「ふふっ、でもキミが静かにしないと先生のお話が聞けないですよー」

「し、静かにします!」


 プロクスは直立不動して、そのまま大人しくなってしまう。


「ふふっ、では続けまーす――その勇者一行のメンバーですが、

これもまた偉人と言いますかー……それぞれが心強い者達だったのですー」

「はい、俺も知ってますよ……騎士団長と教皇側近だけですけど……」

「うふふ、フォルテス君にイグニス君の事ですねー!」

「は、はいそうです!」

「では折角ですので一人ずつ紹介してあげますがー……

まずは当時騎士団長であるフォルテス・ビア・パトリですね」

「は、はい! その剣の腕は最早どんな剣豪よりも強く、

そして逞しい体格をしていると聞いてます!」

「そうですよー、フォルテス君の剣の腕はスペス君と同等か、

若しくはそれ以上でしたねー!」

「す、すごいなあ……」


 まさか当時を過ごす人間から生の歴史を聞けるとは思わなかったプロクスは感無量であった。


「えへへー! それでは次に教皇側近のイグニス・ジャジメンですがー、

彼は聖職者でありながらも自分の腕を鍛えぬく事を一日も欠かさず、

それはもうすごい剛腕の持主でしたー」

「ほー……」

「そうですねー、フォルテス君が技でしたら、イグニス君は力ですねー!」

「す、すごそうだ」

「彼は90キログラムはある鉄の塊でできたメイスを、

わたしが素手でこのくらいぶんぶん振り回すのと

同じ速さで振るぐらい力持ちなんですー!」


 マナはそう言いながら、自分の右腕をぶんぶんと上下に何度も振ってみせた。


「うう……その偉人達と戦ってみたい……!」

「あははっ、それはわたしでもオススメしませんよー。

キミがあの二人の前に立ったら、威圧だけで殺され兼ねないですからー」

「そ、そこまでですか……」

「そうですよー。まあプロクス君はまだ若くて将来有望ですからねー、

わたしいつまでも応援してますよー!」

「あ、ありがとうございます!」


 プロクスが礼儀正しく御礼してきたのを目の当たりにして、マナはニッコリと微笑んだ。


「えへへーっ! では次ですが、イグニス君の一人娘である

サリファちゃん――サリファ・ジャジメンを紹介しますー」

「はい」

「実を言うとサリファちゃん、この十万人が暮らす世界の中でも

歴史上では十人と存在しない聖人なのですー」

「えっ、聖人……ですか?」


 聖人という単語を聞いても、プロクスはちんぷんかんぷんであった。


「そうですねー。聖人とは、ごく稀ですけど

純粋な人間に神の力が宿るといわれ、すなわちそれは神の子であり、

人という次元を超越していると云われる存在なんですー」

「難しくてよく分からないけど……そんなにすごいんですか?」

「ええ、唯一聖属性魔術の一種であると最近解析された

回復魔術を行使できるんですー!」

「す、すごいんですねとにかく!」

「そして、わたしがいろんな聖人の方と話をしてきて

分かった事なのですがー」

「なんでしょうか?」

「どうも聖人には、一つだけ長けた能力を得る事が出来ます!

因みにサリファちゃんは聖魔術の能力が他の聖人よりも

ずっと長けていましたので、それはもう死者でも生き返せそうな

レベルでしたねーっ!」

「な、なかなか奥が深いんですね……」

「ええ、とんでもなく深いですー! ただしですねー……」


 突然悲しみの表情を浮かべて小さく俯いたマナを前に、プロクスは疑問を浮かべる。


「ただし、どうしたんですか……?」

「はい……回復魔術は使う者の生命の源である魔素を大量に

消耗しちゃいますので……それはもう滅多に使えない代物なのです」

「そうだったんですね……」

「ええ……ですから彼女は、彼女のお父さんである

イグニス君よりも、ずっと早く命を落とす事になって

しまったのです……皆を助けるために……」

「え、それはどういう事ですか先生……!」

「それもこの暦の説明の中でお話ししますよー」

「あ、はい……」

「そして最後にー……未だに現役のとっても可愛い女魔術師こと

伝説の魔術師……わたしでーす!」


 ドーンと胸を張って威張るポーズを取るマナを前にして、プロクスはぽかーんと口を開けて硬直していた。


「あれー、どうしてプロクス君は呆気にとられて固まってるんですー?」


 硬直しているプロクスの眼前で、マナは開いた左手の平を上下に振った。


「……はっ! そ、そんなまさか……嘘でしょう先生ー!」


 それによって目を覚ましたプロクスは、彼女のそれをただの冗談だと思って乾いた笑いを続ける。


「むうー……ここまで話を聞いておいてどうして先生が

勇者一行の一人じゃないって疑うんですー!?」

「い、いやだって先生見た目こんな小さ――若いし……

というか魔術だってちょっとくらいしか見た事ないし」

「んまっ、プロクス君てば最終的にそこへ辿り着くの!?

もう……それじゃあわたしもう強大な魔法をキミに

向けて放つしか証明できないじゃないのー!」


 マナの怒りに合わせて、本当に彼女の背後から炎が巻き起こった。


「ちょ、あ、熱いよ先生ー!」

「これはわたしが怒った状態を表現する怒りの炎の実現なのですー!

これは並の魔術師では絶対にできないんですからねー!」


 どんどんとその炎は大きく燃え盛っていき、その間近にいたプロクスはだらだらと汗をかき始めてしまう。


「わ、わかりました! お、俺先生のこと信じますから許してください!」

「もうわたしのこと疑わないって約束しますかー!?」

「は、はい! 絶対に約束破りませんからっ!」

「ふう……仕方がないですねー。本当に……」


 マナが落ち着くと同時に、彼女の背後で燃え盛っていた炎がパッと鎮火した。


「はあ……はあ……危うく焼け死ぬかと思った……」

「これに懲りたらわたしの話をちゃんと信用してくださいねー。

わたし、嘘は絶対に吐きませんからー」

「はい……」

「コホン……では気を取り直して次の話を進めまーす」

「お願いします」


 プロクスも気を取り直して、再びマナの話に耳を傾けた。



「五人の勇者一行は、魔王を倒す前に各村を目指しました。

もちろんこれは魔王に関する情報を集めるためですが……」

「わかります」

「ですが、気付けばわたし達一行は村を襲撃してきた魔物を倒したり、

村人達のさまざまな手助けをしていたのですよー」

「それはそうなりますよね」

「ええ、それでも一年掛かってやっと、魔王がいる根城を発見したのですよ」

「ど、どこで発見したんです?」

「はい、リーベルタースから馬車で西に向かって

三時間は掛かる場所なんですが、過去にはそこに肉壁でできた

魔王の根城が姿を現していたんですよー」

「もしかしてそこって……凶暴な魔獣ニパスが巣篭る洞窟のすぐ近くですか……?」

「その通りです、結構近くにありましたから逆に探し当てるのは大変でしたねー」

「そうなんですか?」

「ええ、だって魔王城を間近で見るということは、

それだけ入り口を通る一般市民がそこを守護する

魔物に食い殺されてしまうという事ですからねー」


 プロクスはふと、一月前に食われて死んだ斬鬼ロセウムの事を思い出してしまい、吐き気を催す。


「おえ……それに似た光景知ってるけど……気持ち悪……」

「そうですか……プロクス君は実際にそれに近い現状を

見てしまったのですね……怖かったでしょう?」

「怖いというより……どうして魔物は人間なんかを食べるのか……

それが不気味に思いました……」

「魔物が人間を襲う理由なんですけど……

実は魔物は人間に限らず多くの生物を捕食する習性があるのです」

「先生、それはどうしてですか?」


 プロクスの疑問を敢えて無視して、マナはそのまま魔物の説明を続けた。


「そもそも魔物は、人間や動物全体に少なからず含まれる

生命の源――魔素(マナ)を食べてしまうんですよねー」

「そ、それで……」

「ここでプロクス君に覚えておいて欲しい事が一つあるのですが、

魔物は妖精族が持つ魔素を吸収しようとは絶対にしません。

まあ襲い掛かっては来ますけどもー」

「ど、どうして……?」

「それはですね、“妖精族の魔素”は、魔物にとって毒でしかないからです」

「そんなこと、全然知りませんでした」

「それはそうです、これは魔術学部の授業で習うのですからー」

「あ、なるほど……」


 また一つ自分の知らない知識を会得したプロクスは、腕を組んでうんうんと頷いていた。



「あ、また話が逸れちゃいましたねー。これも無駄に

お喋り好きなわたしの悪い癖かもしれません」


 プロクスは頭を左右に振り、気にしていない旨を伝える。


「いえ、先生のお話は楽しいですから、もっといろいろ聞きたいんですけど……」

「ふふ、まあ今はスペス君達の話を続けましょー!」

「はい!」

「ええー……紆余曲折あって魔王城前に姿を現したわたし達は、

とんでもない魔物を見つけてしまいます」

「ど、どんなですか?」

「牛の胃袋がとんでもなく大きくなった様な魔物ですねー」

「うわ、気持ち悪そう……」

「まあ、それがまたちょっと厄介でですね。

魔物はヌメヌメとした長い触手を自在に操って

わたしを捕縛し、そのまま大きな口の様な部分に

放り込まれそうになったんです……

ああ、あれは本当に気持ち悪かったですよー……」

「ま、まさか先生、その魔物に食べられたんですか!?」

「そうです……しかし、わたしに妖精族の血が混ざっていたのが良かったのか、

しばらく魔物の体内にあったヌメヌメの舌に全身をベロベロ舐められた後、

ペッと吐き出されました……。ああ……思い出しただけでも鳥肌が……!」


 当時の記憶を思い出したマナは、あまりのおぞましさにガタガタと体を震わせていた。


「そ、それはお気の毒に……」


 プロクスは、その魔物に全身をベロベロ舐められているマナの姿を思わず想像して、顔を紅く染めてしてしまう。


 そんなプロクスの顔を見たマナは、すっかりと傷の癒えた彼の胸元を遠慮なしにボカスカ叩いた。


「ちょ……プロクス君! 勝手に先生の姿想像しちゃいけませんー!」

「い、痛いいたい! ご、ごめんなさい先生!」

「は、早く忘れるのー!」



 それから数分後、暴れて息を切らしたマナは立ち尽くすプロクスの胸元に右頬をピタリと付けて休んでいた。


「ああー……ちょっとはしゃぎ過ぎて……わたし疲れましたー……」

「ああ、俺もまたあばら骨に響きそうになりました……」


 マナはその体勢のまま懐中時計を取り出して、時間の確認をしていた。


「そ、それでは……五分程休憩を取りまーす……」

「せ、先生……それは分かりましたから

俺の胸元で休むのはやめてくれませんか……?」

「いいえー……この体勢が一番楽ですのでー……

少しだけこのままにさせてくださいー……」


 ――そ、それじゃ俺が一向に休まりませんよ……先生……。

 プロクスは先ほどマナのあられもない姿を想像したしたものだから、変なモヤモヤが止まらなかった。


「ああー……落ち着きますー……」


 マナはまるで、お気に入りの枕の感触を楽しんでいるかのようにプロクスの胸元へ顔を埋めていた。


「ちょ、先生……俺の胸に顔を埋めないでください!」

「ええー、いいじゃないですかー。減るもんじゃないですしー……」


 ――む、胸元がくすぐったいんですよ……!

 マナがもごもごと胸元で喋る度に、プロクスの体がこそばゆくなってしまう。


「あー……もしかしてプロクス君、

わたしの胸に顔を埋めたいのですかー?」


 小悪魔の様な妖しい笑みを浮かべたマナはプロクスの顔を見上げながら、そんな冗談めいたことを口にした。


「へ、変なこと言わないでください……!」

「あー……すっごく赤くなったー! んもー、

プロクス君は初心(うぶ)で本当に可愛いなあー!」

「ほ、ほら! 変なことばかり言ってないでいい加減に

俺から離れてくださいよ!」

「んやあん!」


 胸元で甘えるマナの両肩を掴み、プロクスは無理やり彼女を自分の体から引きはがした。


「だ、だから変な声出すのはやめてくださいって、

さっきも言ったでしょうが先生!」

「もう、本当にイケズなんですからー……」

「あのねえ……先生と俺は教師と生徒でしょう!

それなのにこれはどうなんですか!」

「じゃあわたし、先生やめるー!」


 ――ああもう無茶苦茶言い過ぎ!

 プロクスはそう思うと、どうにかしてマナを説得する。


「それじゃあ先生……」

「うん、何かなー?」

「もしも俺が先生を受け入れたらさ、

先生は何をしてくれるの?」

「えっ、なんでもしてあげるよー?」

「そうですか……では先生を受け入れますから、

ずっと先生は俺の先生を続けてください!」


 マナはその意味を少し考えて理解した。


「んー……って! それって結局わたしの事を

受け入れてくれてないじゃないですかー!?」

「あっ、気付きましたか?」

「気付きましたか――じゃありませんー!

わたしのことまともに受け入れてくれないなら

もういいです、プロクス君の事なんて知りません!」


 機嫌を損ねたマナは、ぷいっとプロクスから顔を逸らしてしまう。


「あー……ごめん先生!」


 しばらくしてプロクスの方に振り返ったマナは、不機嫌そうに話を続ける。


「まあ……たしかに今わたしがこんなワガママ

言えるのは――キミに授業を教える名目を

与えられた今だけですしー……」

「え、それってどういう事……?」

「つまりわたし……キミが卒業してしまったら、

魔術団に戻らないといけないわけです……」

「そ、そんなの初耳なんですけど」

「それもおいおい話してあげます……

とにかく休憩時間は終わりましたので授業に戻りましょうか――」



 マナは元の位置に立つと、授業を再開する。


「ええー、先ほどの魔物のように魔王城ではー、

地方では見られないおぞましい形をしているのですが……」

「はい」

「中には、もっとも醜悪というか――趣味の悪い魔物も

存在していたのです」

「ど、どんなですか?」

「……大きな翼を生やした女神が血の涙を流している姿を

象った石膏像でですね、その魔物の叫び声がまた、

生命力をそぎ落としそうな程に耳を(つんざ)くのです」

「なんか魔物の域を超えてる気が……」

「そうですね、あれは最早魔物と言うよりは……

怨霊の様な気がしましたね」

「怨霊ですか?」


 怨霊という存在を想像できずに、プロクスは頭を傾げてしまう。


「ええ、人間の負の感情を凝縮させた霊体なのですよー」

「へえ……」

「その他にも三つの頭を持つ猛犬とか、

目玉が百個付いた得体のしれない化け物とか色々ですー」

「つまり、精神的におかしくなりそうな魔物ばかりだと……?」

「その通りです! それでわたし達は精神を擦り切らしていても、

なんとか魔王の元へと辿り着く事はできていたのですが……」

「はい」

「初代魔王リビティーナメレンティウム……

やつは魔王を名乗るだけあって、その強さは絶望的でした」

「ど、どれだけ強いんですか……?」

「まず初めにフォルテス君が白銀の大剣を握って斬り掛かりましたが、

魔王の爪一振りで白銀の大剣ごと右腕を落とされ、

そのまま城内の床に体を飛ばされて気絶してしまいました」

「うわ……」


 魔王がそこまで強い存在だったとは夢にも思わなかったプロクスは、最強の存在だと思っていた過去の英雄が利き腕を軽々と落とされていた事実を知って戦慄する。


「そして、サリファちゃんは震えながらも必死になって

フォルテス君の体を回復しようとしたのですが、

魔王が瞬間移動でもするかのように目の前にいた事で

彼女は呆気に取られ、フォルテス君を回復させる暇を

与えずに魔王が爪撃を繰り出してきたのですが……」

「そ、それで?」

「そこで、一行で一番の力持ちであるイグニス君が

魔王の爪撃を巨大なメイスで受け止めたのです」

「すごいですね……」

「しかし、魔王の爪撃はでたらめに強く、

今にもイグニス君の体は押し潰されそうになったのですよ」

「で、でたらめに強いんだな……とにかく」

「ええ……挙句にはイグニス君も柱に叩き付けられて

気絶してしまいましたし……」

「お、おそろしいな……」

「本当に――。そしてわたしは……二人がいとも容易く

倒されてしまった事に怯え、その場で震えて動けなくなり……

残念ですけど見ている事しかできませんでした。

あははっ、伝説の魔術師なんて所詮戦う気力がないと

使い物になんてならないですよねー……」


 当時の記憶が嫌でも頭を過ぎり、マナは体を震わせてしまう。


「先生……」

「――そしてわたしが震えて放心している間、

スペス君は魔王と何かを語っていましたが……

気が動転していたこともあっていまいちおぼえてません……」

「そうですか……」


 その光景が頭に湧き出してしまった事で、プロクスも辛そうに俯いていた。


「俺でも……どうにかなりそうです」

「ですが、すっかりと正気を失っていたわたしの頬を

サリファちゃんが叩いて目覚めさせてくれました。

自分も大変な目にあっているというのにですね……」

「意志の強い方……なんですね」

「ええ……それは今もわたしの目の前に

ちゃんと引き継がれていますよ……」

「な、なんのことですか?」


 ――おっと、つい喋りすぎてしまいましたね。

 そう思ったマナはとぼけて話を続けた。


「なんでもありませんー。それでは続きですが……

そこでわたしが目の前で見た光景は、魔王と

無我夢中になって対峙しているスペス君の姿だったのです」

「へえ……やっぱり御先祖さまは強いんですね!」

「ええ、それはもうとっても強いお方です。

そしてわたしとサリファちゃんはその間に

それぞれ魔王を倒すための用意をしてました」

「用意……ですか?」

「ええ、まずわたしは当時最高峰の炎系統攻撃魔術

〈偉大なる裁きの雨|《imber inflamarae Ars magna》〉の

準備をしました」

「なんですか、そのやたらと強そうなのは」


 あまりにも長い術名を聞いたプロクスは頭をこんがらがせてしまう。


「ええとですね、煉獄の炎をイマジンして作りだした

六千度を超える豪炎を相手にぶつける魔術ですよー」

「ろ、六千度という桁はすごいんですか?」

「もうすごいですよ、大抵の物質は

即ドロドロに溶かしちゃいますよーっ!」

「お、恐ろしい……」


 下手なことしたら自分も溶かされてしまうのではないかと考えたプロクスは、一人恐れおののいてだらだらと汗を流してしまう。


「まあそれはいいとしてですねー。なんとその後、

サリファちゃんの回復魔術のおかげで気絶していた

フォルテス君とイグニス君が目を覚まして赤いルーンの媒石を

使って身体能力を莫大なまでに格上げし、

サリファちゃんが魔王を倒す準備をしている所を

襲い掛かってきた魔王の腕を二人掛かりで拘束したのですー!」

「す、すごい気力だ……騎士団長は片腕を斬り落とされてるのに……」

「本当にすごいですよねー。それからサリファちゃんが

全身全霊を賭して魔王に吹き飛ばされて怪我を負った

スペス君を回復させ、自らの魔素(マナ)を大量に託したのです」

「おお……」

「その間にもわたしは、準備していた煉獄の炎を

魔王目掛けて解き放ち――全身を大火傷させるほどの

深手を負わせたんですよー!」


 マナは笑顔で、偉そうに胸を張って立ちながら両手を腰に添えて笑っていた。


「すごいですね先生!」

「えへへー……ですがそれでも魔王はまだ

倒れなかったというところが難点ですかねー……」

「魔王はそこまで強力なんですね……」

「ええ、その後サリファちゃんはスペス君に大量の魔素を託し、

彼にしかできない武器へ魔素を注入する魔術――魔法剣を使います」

「そ、そんな事ができるのか……」

「ええ、するとみるみる内にスペス君の剣は

白い光から黄金の光へと姿を変え、その光刃の長さは

魔王を軽々一太刀できる程に伸びました」

「こ、神々しそうだ……」

「おまけに、スペス君の体全体は光の鎧の様な物質で覆われ、

背中には白く輝く巨大な翼を生やしていたのですよ!」


 スペスの神々しい姿を想像したプロクスは、あまりの恰好の良さに呆気に取られてポカンと口を大きく開けてしまう。


「まるで神の様な存在ですね……」

「はいっ! そしてその神々しい姿を目の当たりにして

その場のは思いましたね。これこそが運命の

女神フォルティナ様の天恵の御力なのだと」


 その時の光景を思い出したマナは、何かに魅入っているかの様にうっとりとしていた。


 それでもすぐに顔を引き締め、話を続ける。


「ですが魔王もまだ本気を出していなかったようで――

なんとその場で十メートルを超える

牛の様な化け物に変身してしまったのです!」

「す、すごいですね……」

「しかもその首には無数の髑髏が繋がれた

首飾りをしながら、その右手には並んだ人の首を

十人くらいポポーンと軽く落とせそうなぐらい

巨大なデスサイズを持ってましたし、

その口からは二千度の黒炎を吐き出すのです……」


 その姿を想像したプロクスは、身を震え上がらせてしまう。


「うーん……恐ろしいです」

「ええ――本当に恐ろしい存在でした。

ですがそれでもスペス君は怯む事無く

勇敢に立ち向かい、魔王との接戦に全力を尽くしてましたー!」

「流石です!」

「それからしばらくわたし達はスペス君を

地面で見守っていたのですが、最終的には光る剣に

全ての魔素を注いで十五メートルを超える光刃を創りだし、

そのまま魔王に向かって全力で剣を振り落しました」

「おおっ!」

「そして魔王の真ん中に巨大な光刃が斬り込まれ、

見事に魔王を真っ二つに斬り裂いて討伐してくれました!」

「よっしゃーっ!」

「うわっ、びっくりしたー……」


 魔王討伐の話を聞いた瞬間、プロクスは大きく右腕を天に掲げ歓喜した。

 だが突然大声でそんなことをされたものだから、マナはひどく驚いてしまう。


「はぁ……やっぱすごい……! 御先祖さまは勇者ですね!」

「――ふふっ、本当に勇者ですよねーっ!

ですがそこで一つ問題があったのです……」


 驚いたかと思うと、唐突にテンションの下がるマナを前にしてプロクスは困惑する。


「い、いったい何があったんですか?」

「はい……なんと魔王を倒したその途端に、

魔王城が激しく揺れたんですね……」

「まさか、崩壊寸前ですか!?」

「そうです、ですからわたし達は急いでそこから脱出しようとしたのですが、

すっかり力を使い切ったスペス君がその場で倒れて気絶してしまったのです。

思わずサリファちゃんとわたしはスペス君の元に駆けよろうと思ったのですが

わたし達二人はイグニス君とフォルテス君に激しく止められ、

それでも駄々をこねるわたし達を気絶させてしまったのです」

「そ、そんな事があったのですか……」

「ええ、そうしてわたし達二人が目を覚ましたころには

魔王城を見渡せる見晴らし台に移動していて、

そこからただ呆然と魔王城が崩れるのを

見ている事しかできませんでした……」

「つ、つまりそれって……」

「そうです……わたし達全員がスペス君を

置いていってしまったわけなのです……」

「そんな……!」


 そこまで話すとマナは悲しい顔から穏やかな顔に戻ってプロクスの耳元へ顔を持っていき、静かな声で話を続ける。


「ですが――そこで奇蹟は起きました」

「な、なんでしょうか――」


 相変わらずこそばゆくなるマナの声に耐えながら、プロクスはただ耳に全神経を集中させていた。


「はい――聖人であるサリファちゃんに、

なんと女神フォルティナ様自身が降臨なされたのです――」

「そ、そんな事がありえるんですね――」

「過去に遡っても、今になっても――

そんな奇蹟が起きた事は一度たりともありません」

「それで……フォルティナ様はなんて話していたのですか?」

「ええ――スペス・ゲントは“別の世界”にて生きていると」

「べ……別の世界ですか……?」

「このアビモペクトル以外の異世界ですね……

なんの事かは全く想像もつきませんけど――」


 それだけ話すとマナは元の位置へと戻り、そこで一度大きく背伸びして、自分の心に余裕を持たせていた。



「ふう~、ここまで伝えたいことを話すと

スッキリしますねーっ!」


 マナは嬉しそうに笑顔を作っていた。


「それで先生、もう御先祖様とはお会いになれたのですか?」

「残念ですけどそれは……叶いませんでした……」


 再びマナの顔から笑顔が消えてしまう。


「そうでしたか……」


 ――かれこれ三百年も前の話だ、例え別世界にいたとしても、今ではもう生きていないかもしれない。

 プロクスはそう思うとマナの悲しむ心を汲んでしまい、申し訳なさそうに俯く。


 だがマナもマナでこれ以上プロクスに申し訳ない思いはさせまいと、無理して満面の笑顔を咲かせた。


「――ですがもう三百年も話ですしー、今では

わたし何とも思ってなんかいませーん!」

「それならいいんですけど……」

「ささっ、もうこの話は止めにして次の暦に行きますよー!」

「あっ、はい!」


 マナは無理やり話を切ると、懐から古い書物を取り出して捲りだした。

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