石眼の剣士
■1
石眼将ガルザの城。
最上階。
荒野を一望できる露天の広場に、ガルザは立っていた。
その前には、小さな魔法陣。
淡い光の向こうから、低い声が響く。
「――報告を」
ガルザが片膝をつく。
「はっ」
「勇者レオンと同じ剣技を使う人間が現れたとの報告を受け、確認いたしました」
「…………」
「ですが――」
ガルザは静かに言う。
「勇者の血族ではありません」
魔法陣の向こうから声が返る。
「そうか」
「はい」
ガルザは少しだけ目を細めた。
「ただ……」
「無関係とも思えません」
その時。
下の階から――。
ダダダダダッ!
階段を駆け上がる足音が響いた。
ガルザが振り返る。
次の瞬間。
黒いマントの少年が、最上階へ姿を現した。
ガルザは再び魔法陣へ向き直る。
「どうやら、ゴルドも敗れたようです」
「続きは後ほど」
魔法陣の光が消える。
ガルザはゆっくりと立ち上がった。
カイルが剣を抜く。
ガルザも腰の剣へ手をかける。
荒野の風が、二人の間を吹き抜けた。
「来たか」
■2
「ガルザ!」
カイルが床を蹴った。
――ドンッ!
一気に間合いを詰める。
剣を振り下ろした。
――ガキン!
ガルザが剣を抜き、その一撃を受け止める。
「……!」
刃と刃がぶつかり合う。
ガルザが、カイルの剣筋を見つめた。
「この剣技……」
一瞬、勇者レオンの姿が脳裏をよぎる。
「レオン――」
だが。
すぐに否定する。
「いや、違う」
ガルザの目が細くなった。
剣を通して伝わってくる、カイルの魔力。
その波形に――覚えがあった。
「……この魔力」
七年前。
勇者の傍らで戦っていた、一人の少女。
「セリア……?」
カイルの目が鋭くなる。
ガルザが何かに気づいた。
「そうか」
「貴様――」
「聖女セリアの……!」
「弟だ」
カイルが剣を押し込む。
「姉さんをどこへやった!」
ガルザはカイルの剣を弾いた。
――ガキン!
二人が間合いを取る。
「さあな」
「知らん」
「だったら――」
カイルが再び剣を構える。
その時。
ガルザの眼が、妖しく光った。
石化魔眼――《ゴルゴン・アイ》。
「!?」
次の瞬間――。
この眼を見続ければ、石にされる。
そんな予感が、カイルの全身を駆け巡った。
■3
カイルは、とっさに後ろへ跳んだ。
ガルザとの間合いを取る。
そして――。
目を閉じた。
「ほう」
ガルザが剣を構える。
「そうだ」
「七年前、勇者レオンも同じことをした」
カイルが床を蹴る。
――ドンッ!
目を閉じたまま、一気に間合いを詰めた。
――ガキン!
ガルザが剣を受ける。
続けて、二撃。
三撃。
――ガキン!
――ガキン!
「……!」
ガルザの表情がわずかに変わった。
カイルには何も見えていない。
それでも。
風の音。
足音。
剣が空気を切る気配。
それだけを頼りに、正確に剣を振るってくる。
――ガキン!
ガルザが一歩下がった。
カイルの剣先が、その頬をかすめる。
「くっ……!」
ガルザが目を細める。
(こいつ――)
再び剣が迫る。
――ガキン!
(目を閉じているというのに……)
さらに一撃。
(剣技は――)
ガルザの顔から、笑みが消えた。
(勇者レオンより上か……!?)
その時だった。
「ガルザ様!」
階段の方から声が響く。
ガルザとカイルが動きを止める。
一本角の魔族兵が、最上階へ駆け上がってきた。
その後ろには――。
両腕を押さえられたミレア。
「カイルさん!」
「ミレア!?」
魔族兵が叫ぶ。
「侵入者と行動を共にしていた人間を捕らえました!」
ガルザが、ミレアを見る。
一瞬。
その目に、七年前の光景がよぎる。
そして。
ゆっくりと笑った。
「……七年前と同じか」
「どうやら――」
ガルザは剣を下ろす。
「神……いや」
口元を吊り上げた。
「悪魔は、私に味方するらしい」
■4
「カイルさん!」
「ご、ごめんなさい……!」
カイルは連撃を止めた。
大きく後ろへ跳ぶ。
――ダンッ!
そのままミレアの方へ向かおうとする。
「ミレア!」
その時。
ガルザが、ミレアへ視線を向けた。
「おい、女」
「え?」
ミレアが反射的にガルザを見る。
視線が交わった。
ガルザの眼が、妖しく光る。
「――!」
次の瞬間。
ミレアの姿が消えた。
「えっ!?」
そして――。
パッ!
「きゃっ!」
ミレアが、ガルザの目前に現れる。
ガルザはその身体を片腕で捕らえた。
剣を抜き、その刃をミレアの喉元へ添える。
「ミレア!」
ガルザは、ミレアを連れてきた魔族兵へ目を向けた。
「もういい」
「下がれ」
「はっ!」
一本角の魔族兵は頭を下げ、階段を降りていった。
屋上に残ったのは――。
カイル。
ミレア。
そして、ガルザ。
■5
ガルザは、ミレアの喉元に剣を添えたまま笑った。
「剣を捨てろ」
「…………」
カイルは、ゆっくりと剣を下ろした。
カラン。
剣が床に落ちる。
「そのまま、こちらへ来い」
カイルが一歩踏み出す。
だが――。
目は閉じたままだった。
ガルザの剣先が、わずかにミレアの喉へ食い込む。
「目を開けろ」
カイルの足が止まる。
「聞こえなかったか?」
「目を開けたまま、こちらへ来い」
「さもなければ――」
ガルザがミレアを引き寄せる。
「この女を殺す」
「カイルさん……!」
「ごめんなさい……」
カイルは何も答えない。
やがて。
ゆっくりと目を開いた。
ガルザと視線が交わる。
その眼が、妖しく光った。
カイルの指先、足先に、灰色の石化が広がり始める。
「そうだ……」
ガルザが笑う。
「七年前も同じだった」
カイルが一歩進む。
石化は手、足、体の先端から。
少しずつ体の中心に広がっていく。
「勇者レオンも、聖女を守るために私の眼を見た」
また一歩。
「愛情」
また一歩。
「友情」
石化が右腕を覆っていく。
「絆――」
ガルザは吐き捨てるように言った。
「くだらん」
カイルは止まらない。
「自分の命以上に大切なものがあるなどと考えるから――」
右手が完全に石へ変わる。
「人間は弱い!」
カイルは、もうガルザの目前まで来ていた。
その石の拳を、ゆっくりと握りしめる。
「……いいのかよ?」
ガルザが眉をひそめた。
「何?」
カイルが石の拳を構える。
「もう俺の間合いだぜ!」
■6
「もう俺の間合いだぜ!」
「!?」
カイルが石の拳を振り抜いた。
「オラァ!」
――ドゴォッ!
「ぶべらっ!」
ガルザの顔面に、石の拳がめり込んだ。
その身体が大きく吹き飛ぶ。
「きゃっ!」
解放されたミレアが、その場に倒れ込んだ。
カイルの身体を覆っていた石化が、一瞬で戻る
ガルザは屋上を転がる。
「ぐ……!」
起き上がろうとした、その瞬間。
カイルが飛びかかった。
「なっ――!」
ドンッ!
ガルザを仰向けに押し倒す。
そのまま馬乗りになった。
「貴様っ!」
カイルはガルザを押さえつけたまま言った。
「ミレアさん」
「は、はい!」
「屋上の扉に、カンヌキをかけてください」
「え?」
「誰も入ってこられないように」
ミレアはすぐに意味を理解した。
「は、はいっ!」
階段へ駆けていく。
ガルザが身をよじる。
「貴様……何を――」
カイルは答えない。
ただ、拳を握った。
■7
――ドゴッ!
「ぐはっ!」
カイルの拳が、ガルザの顔面に叩き込まれる。
――ドゴッ!
「がっ……!」
どれほど殴り続けただろうか。
ガルザの顔は腫れ上がり、両の瞼も大きく塞がっていた。
もはや――。
石眼を使える状態ではない。
カイルが、もう一度拳を振り上げる。
「カ、カイルさん!」
ミレアが駆け寄った。
「それ以上殴ったら、本当に死んじゃいます!」
カイルの拳が止まる。
「それに――」
ミレアは息を切らしながら続ける。
「死んじゃったら、お姉さんのことを聞けなくなります!」
「…………」
カイルは、ゆっくりと拳を下ろした。
ガルザの胸ぐらをつかむ。
「そうだったな」
ガルザを引き起こす。
「聞かせてもらうぞ」
「姉さんたちは――」
カイルの目が鋭くなる。
「どこにいる?」
■8
カイルは、ガルザの胸ぐらをつかんだ。
「七年前――」
「姉さんを石にしたのは、貴様だな」
「…………」
ガルザは答えない。
「姉さんたちを、どこへやった?」
「…………」
「答えろ!」
カイルが胸ぐらを強く締め上げる。
ガルザは苦しそうに顔を歪めた。
やがて。
「……フン」
「いい気になるなよ、人間……!」
「何?」
ガルザが歯をむき出して笑う。
「俺を倒したくらいで――」
「貴様ら人間に、勝ち目などない!」
カイルが眉をひそめる。
「あの石像の力で――」
ガルザが叫ぶ。
「あのお方が復活すれば!」
「…………」
カイルの手が止まった。
ガルザも、そこで言葉を止める。
「……?」
カイルの表情が変わる。
「そうか」
「何?」
「石像は――」
ガルザをまっすぐ見下ろす。
「まだ、破壊されてないんだな」
「――っ!」
ガルザの顔が強張った。
「くっ……!」
「さあ、言え」
カイルが再び胸ぐらを締め上げる。
「どこにある?」
「…………」
ガルザが、ふっと笑った。
「……誰が言うかよ」
その時。
三本の角が、赤く光り始めた。
「……?」
赤い光が、次第に強くなっていく。
ミレアの顔色が変わった。
「カイルさん!」
「離れてください!」
「自爆します!」
カイルがガルザから飛び退く。
ガルザが歯をむき出して笑った。
「道連れだ!」
三本の角が、真紅に輝く。
「死ねぇぇぇぇっ!」
――ドォォォォン!
凄まじい爆発が、城の屋上を包み込んだ。




