風の城壁
1
石眼将ガルザの城へ向かう馬車。
荒野を、一台の荷馬車が進んでいた。
ミレアが手綱を握り、カイルは荷台に腰掛けている。
しばらく、二人は黙ったままだった。
やがて。
「あの……カイルさん」
「はい?」
ミレアが前を向いたまま尋ねる。
「ガルザ様と、何かあったんですか?」
「…………」
「勇者様たちを石にしたって話をした時、急に様子が変わったから……」
カイルは少し黙った。
そして。
「聖女セリアを知っていますか?」
「もちろんです」
ミレアが振り返る。
「勇者レオン様と一緒に戦った、聖女様ですよね」
「姉です」
「えっ?」
ミレアの手が止まりかける。
「セリアは、俺の姉です」
「お、お姉さん……?」
「はい」
カイルは荒野の先を見つめた。
「七年前、姉たちがガルザに石にされたことは知っています」
「…………」
「でも、その後どこへ運ばれたのかは分からない」
カイルは腰の剣に手を置く。
「今も石像のままなのか……」
少しだけ言葉を止めた。
「ひょっとしたら、もう壊されているかもしれない」
ミレアは何も言えなかった。
「だから、確かめたいんです」
「ガルザなら、何か知っているかもしれない」
「……そうだったんですね」
ミレアは前を向き直った。
しばらくして。
荒野の向こうに、巨大な城が見えてきた。
「あれです」
ミレアが指さす。
「石眼将ガルザの城です」
カイルは黙ったまま、その城を見つめていた。
■2
荒野の先。
巨大な城壁が、地平線を塞ぐようにそびえていた。
その中央には、さらに高い城が建っている。
石眼将ガルザの城。
ミレアが馬車を止めた。
「ここから先は、魔王軍の見張りがいます」
カイルが城を見上げる。
「正面から入れますか?」
「私は入れます」
ミレアは荷台の薬草を見る。
「今日は、修道院から薬草を納める予定になっていますから」
「なるほど」
ミレアは少し考えてから、カイルを見る。
「私、戦うことはできませんけど……」
「?」
「敵兵を引きつけるくらいなら、できます」
「引きつける?」
「私が正門から入ります」
ミレアは薬草の荷を指さした。
「納品の確認をしてもらえば、見張りの人たちはしばらく正門に集まるはずです」
「その間に、カイルさんは別の場所から中へ」
カイルが城壁を見る。
「分かりました」
ミレアは少し不安そうに尋ねる。
「でも……どうやって入るんですか?」
カイルは城壁を見上げた。
「越えます」
「え?」
「壁を」
「…………」
ミレアも城壁を見上げる。
かなり高い。
「……あれを?」
「はい」
■3
石眼将ガルザの城。
正門前に、ミレアの馬車が止まった。
「修道院から、薬草の納品に来ました!」
荷台には、木箱に詰められた大量の薬草。
門兵たちが集まってくる。
「全部降ろせ!」
「数を確認するぞ!」
「そっちの箱も開けろ!」
ミレアの狙い通りだった。
最低限の見張りを残し、門兵たちは正門へ集まっている。
その頃――。
城の反対側。
カイルは一人、巨大な城壁を見上げていた。
「…………」
城壁の上には、数人の見張り。
だが、正門に人員を取られ、手薄になっている。
カイルは黒いマントを翻し、腰を落とした。
ぶつぶつと、短い呪文を唱える。
両脚に魔力が集まった。
カイルはさらに深く腰を沈める。
足に、力を溜める。
そして――。
地面を蹴った。
――ドンッ!
大地が弾ける。
カイルの身体が、一気に宙へ舞い上がった。
城壁の上へ――。
その瞬間。
ゴオオオオッ!
「!?」
突然、猛烈な風が横から吹きつけた。
カイルの身体が、空中で大きく流される。
「……風?」
■4
――ドンッ!
カイルの身体が、一気に城壁の上へ飛び上がった。
着地する。
その瞬間。
「……風?」
「結構いるんだよねぇ」
声がした。
「この手に引っかかる奴って」
カイルが振り向く。
少し離れた城壁の上に、二本角の魔族が立っていた。
細身の身体。
風になびく長い外套。
「正門は厳しい」
「だったら、壁を飛び越えればいい」
魔族は肩をすくめる。
「みんな同じこと考えるんだよね」
カイルは黙って剣を抜いた。
その様子を見て、魔族が少し目を細める。
「へえ……」
「まだ、諦めてない人間っているんだ」
カイルは剣を構える。
「まあいいや」
二本角の魔族が笑った。
「せっかくだから、名前くらい教えてあげるよ」
外套が風にはためく。
「風将ラギ」
片手を持ち上げる。
「覚えなくてもいいけどね」
「どうせ――」
指先を振る。
「すぐ死ぬから」
ラギは細い城壁の上を見回した。
「ここ、横には逃げられないよ?」
カイルは黙って剣を構える。
「じゃあ――」
ぶつぶつと詠唱を始める。
周囲の空気が、わずかに歪んだ。
「風刃――《ウィンドブレード》!」
――シュッ!
歪んだ空気の刃が、城壁いっぱいに広がってカイルへ迫る。
■5
「風刃――《ウィンドブレード》!」
――ビュン!
歪んだ空気の刃が、城壁いっぱいに広がってカイルへ迫る。
カイルが剣を振るった。
――ズバッ!
風刃が、真っ二つに裂ける。
「……へえ」
ラギが目を丸くした。
「君、魔法を斬るんだ」
カイルは何も答えない。
ラギは少しだけ考える。
「そういえば――」
「七年前にも、いたなぁ」
「そういう剣を使う人間が」
カイルの目が鋭くなる。
「勇者レオン」
ラギは、にやりと笑った。
「これはガルザ様に知らせておいた方がよさそうだね」
片手を掲げる。
ぶつぶつと短い呪文を唱えた。
ラギの掌に、小さな風の渦が生まれる。
「風の便り――《ウィンドコール》」
ラギが、その風へ向かって口を開いた。
「ガルザ様」
「城壁に侵入者です」
ちらりとカイルを見る。
「魔法を斬る剣を使います」
「勇者レオンと、よく似た剣技です」
ふっ――。
小さな風が城の中心へ飛んでいった。
ラギはそれを見送る。
「さて」
再びカイルを見る。
「報告も終わったし――」
外套が大きくはためいた。
「今度こそ、死んでもらおうかな」
■6
ラギは、カイルを見て小さく笑った。
「魔法を斬る、か」
「なら――」
両腕をゆっくりと広げる。
「斬れない魔法にすればいい」
ぶつぶつと詠唱を始めた。
城壁の周囲で、風が渦を巻き始める。
カイルの黒いマントが激しくはためく。
やがて、その足がわずかに地面を離れた。
「……!」
ラギが笑う。
「安心してよ」
「この魔法で、君を斬るつもりはないから」
風はさらに勢いを増していく。
「ただ――」
ラギが空を指さした。
「遥か上空まで、吹き飛ばすだけ」
「どれだけ魔法で身体を強化した人間でも――」
「その高さから地面に叩きつけられれば、死ぬ」
ラギが両手を振り上げる。
「大暴風――《カトリーナ》!」
――ゴオオオオオオオッ!
風が爆発した。
「――っ!」
カイルの身体が、凄まじい勢いで空へ打ち上げられる。
城壁がみるみる小さくなっていく。
さらに上へ。
さらに――。
カイルは、遥か上空へと吹き飛ばされた。
■7
竜巻に吹き上げられた、その刹那。
カイルは黒いマントを外した。
空中で大きく広げる。
そして――。
その上へ飛び乗った。
「なっ!?」
マントが暴風を受け、大きく膨らむ。
カイルは、まるでサーフィンのように風に乗り――。
ラギめがけて、一気に急降下した。
「ば、馬鹿な!」
ラギが目を見開く。
「俺の大暴風――《カトリーナ》を――!」
カイルが剣を振り上げる。
「利用して――!」
――ズバッ!
ドサッ。
ラギの首が、城壁の上を転がった。
首を失った身体が黒い煙となって消えていく。
カラン。
カラン。
あとには、二本の角だけが残った。




