第十七話 南国リゾートとルミナリアの誤転送
「座標ロック! 転送を開始します!」
エルフィの鋭い声と共に、俺たちの視界がまばゆい光に包まれた。次の瞬間、遮るもののない強烈な太陽の熱気と肺に流れ込んできた心地よい潮の香り。
光が収まり、俺たちが降り立ったのは、目の前にエメラルドグリーンの海が広がる真っ白な砂浜だった。はるか後方には、大理石と金細工で飾られた最高級リゾートホテル『グラン・ルミナス』の巨大なタワーがそびえ立っているのが見える。
だが、着地と同時に、俺の足元から聞き覚えのある、ひどく間の抜けた声が響いた。
「んあ……? ここどこ……? あたしのベッドは……?」
足元を見ると、涙と鼻水でぐしゃぐしゃだった顔をシーツで雑に拭いた痕跡のある大女神が、白い砂浜の上に寝そべったままパチパチと目を瞬かせていた。青い海とヤシの木という絶景に、彼女はぽかんと口を開けている。
「……おい、エルフィ」
俺はこめかみを指で押さえ、極低温の声を絞り出した。
「なぜコレがここにいる? 監査出張のポータルを開く際、除外対象に設定しておけと言ったはずだ」
「 も、申し訳ありません、ユウキ主任!」
エルフィは慌てて手元のバインダーのログをめくった。彼女の顔は冷や汗で青ざめている。
「システムログを確認しました! ポータルの設定時、神界のサーバーにルミナリア社長が余計なログインを残したままにしていたせいで、私の転送リストの操作ミスが起きてしまいました……! 」
「チッ、邪魔にしかならない無能Aは天界の隔離部屋にでも残してきたかったんだがな」
俺たちが冷酷な会話を交わしていると、砂まみれで起き上がったルミナリアが、リゾートの景色を見渡して一瞬で両目をキラキラと輝かせた。
『わぁぁぁ! なによここ、すっごく綺麗な海! 砂浜! ヤシの木! 最高じゃない! ユウキ、あんたあたしをいじめたお詫びに、こんな素敵なバカンスを企画してくれたのね!? 流石はあたしの有能なCOOだわ!』
「勘違いするな、無能A。これはバカンスじゃない。お前が配った欠陥チートのせいで、我が社の口座から12億円の純利益をかすめ取ったハッカーを成賠しに来たんだ。会社のシステムと予算を使って地上に来ている以上、これは100%『仕事』だ。遊ぶな」
俺が指示棒でルミナリアの額をコツンと叩いて現実を教えてやると、ルミナリアは『えー! ケチ! 固いこと言わないでちょっとくらい泳ぎましょうよぅ!』と、最高神の威厳をゼロにしてプンスカと怒り出した。
そんなワンマン(元)社長の姿を見て、エルフィはハァ、と深いため息をつき、冷ややかな視線を向けた。
「ルミナリア社長、仕事とプライベートの区別くらいつけてください。これ以上主任の邪魔をするなら、主任にお願いして、今月のポケットマネーをさらに二割カットしていただきます」
『えっ!? エ、エルフィちゃん、なんでそんなにあたしに対してトゲトゲしいのよぅ!? 昔はもっと「ルミナリア様ぁ」って泣きついてくる可愛い部下だったじゃない!』
「現在の私の直属の上司は、こちらのユウキ主任ですので」
エルフィは真顔でメガネをクイと上げ、全く遠慮のないトーンで言い放った。
いい傾向だ。俺という明確な「直属上司」のラインができたことで、エルフィの中にあった無能なトップダウンへの心理的弊害がなくなってきている。組織のガバナンスとして非常に健全な状態だ。
「無駄口はそこまでだ。エルフィ、ハッカー勇者の現在地を再スキャンしろ」
「ハッ! 了解です、主任! 対象のハッカー勇者アキラ・カネシロは、正面に見えますホテル『グラン・ルミナス』の最上階スイートルームのプライベートプールにて、現在も横領した資金で豪遊中です!」
「よし、乗り込むぞ」
俺たちは砂浜を歩き、12億円の不届き者が待つリゾートタワーへと、静かに歩みを進めるのだった。




