第十八話 リゾートの門前払い
「……よし、あのリゾートタワーに突入して、アキラから十二億円を強制回収するぞ」
俺は砂浜を踏み締め、そびえ立つ最高級リゾートホテル『グラン・ルミナス』の巨大なエントランスへと歩みを進めた。自動ドアが開き、冷房の効いた豪華絢爛なロビーへと足を踏み入れた――その、数秒後のことだった。
「お客様、恐れ入りますがこれ以上の立ち入りはご遠慮ください」
仕立ての良いスーツを着た巨漢のホテルマン数名が、流れるような動きで俺たちの前に立ちはだかった。値踏みするような鋭い視線が、俺の日本の男子高校生の制服と、エルフィのビジネススーツ、砂まみれのルミナリアへと注がれる。
「当ホテルはただいま全館貸し切りとなっております。身元の証明できない方の入場は固くお断りしております。どうぞお引き取りを」
有無を言わせぬプロの圧迫感。俺たちは完璧に不審者としてロックオンされ、そのままエントランスの外へとあっさりとつまみ出されてしまった。
じりじりと肌を焼くような、南国の容赦のない日差しが頭上から降り注いでいる。まばゆい白壁が光を乱反射するホテルの外壁の陰、わずかな日陰のスペースに、俺たちは呆然と立ち尽くしていた。
華やかな高級リゾートの喧騒から完全に隔離されたその日陰の光景は、客観的に見ても、あまりにも場違いで哀れな門前払いされた不審者御一行そのものだった。
ルミナリアが不満げに口を尖らせて文句を言ってきた。
『ちょっとユウキ、なによ今の! あたし最高神よ!? 人間の分際でこのあたしを門前払いするなんて一万年早いわよぅ! ていうか、最初から最上階のスイートルームの部屋の中に直接転送すればよかったじゃない! なんでわざわざ砂浜なんかから歩いて正面突破しようとしたのよ!』
「ルミナリア社長。いや、無能A。お前は本当に経営のイロハが分かっていないな」
俺は指示棒の先端をルミナリアの鼻先に突きつけ、冷徹に言い放った。
「他人の私有地、ましてやホテルの客室内に許可なく直接ワープで侵入する。それは『住居侵入罪』であり不法侵入だ。法を守ることは、すべての法人の基本であり、持続可能な経営の絶対条件なんだよ。たとえ最高神の組織であろうとも現地の法律を無視すれば、それはただの『犯罪組織』への転落を意味する」
エルフィは俺の言葉に深く肯くと、手元のバインダーへ「順法精神=持続可能経営の絶対条件」と鋭い筆致で素早くメモを取った。
『ええっ!? だってあたし神様よ? 人間の作った法律なんて、あたしたちの権限に比べたらちっぽけなローカルルールじゃない! 守る必要なんてないわよぅ!』
ルミナリアが頭の悪いワンマン思考を丸出しにして反論してくる。
「法を守ることは会社の基本だと言っている。違法に手に入れた証拠や資産は、監査的にもリスクが残る。お前のその綺麗で空っぽな頭と、カラカラに乾いた脳みそには、コンプライアンスという概念が1ビットも記録されていないのか? 」
……これだけのセキュリティだ、アキラがホテルの中にいる間は物理的にも法的にも接触することは不可能だな。奴が外出するまで、近くの街で連泊して機会を伺うことにしよう」
俺が方針を切り替えると、エルフィはさらに「不法侵入のリスク回避、近隣都市での長期オンコール体制の構築」とバインダーのページへ粛々とメモを書いていた。
『う、うう……。綺麗に空っぽな頭で悪かったわねぇぇ! あたしのカラカラに乾いた脳みそをいじめるなァァ! 』
じっとりとした汗と砂をまといながら、ルミナリアは大号泣し、砂浜の上でジタバタと頭を抱えて暴れた。
「さて、エルフィ。今回の長期出張にかかる天界の宿泊予算を算出してくれ。三人分の連泊分だ」
「ハッ! 了解です、ユウキ主任。直ちに出張旅費規程に基づき、現在の予算枠を執行いたします!」
エルフィが空中にキーボードを展開し、テキパキと財務システムを叩く。だが、画面に表示された承認金額の数字を見た瞬間、エルフィの動きがピタリと止まり、黒縁メガネが不穏に曇った。
「……主任。予算、出ました。ただ……今回の予算枠ですが、天界の収益を垂れ流し続けたせいで神界の運営費が限界を迎えており……出張経費の自動監査フィルターが働いてしまいました」
エルフィが恐る恐る提示してきた半透明の帳簿プレートを、俺は冷徹に覗き込んだ。
「……おい」
そこに表示されていたのは、南国リゾートの物価を完全に無視した、あまりにも世知辛い低額だった。三人で連泊するとなると、そこらの裏路地にあるボロい貧乏宿にギリギリ泊まれるかどうかの金額だ。
『えーっ!? なによその安月給みたいな予算! あたしあの綺麗なホテルのフカフカのベッドで寝たいわよぅ!』
「黙れ無能A、お前が売上を横領させていたせいで会社が火の車なんだよ。自業自得だ。文句があるなら今すぐここで野宿させるぞ」
俺の極低温の視線に、ルミナリアは「ひゃんっ!」と首をすくめて涙目で黙り込んだ。
「よし、エルフィ。予算がこれしかないなら仕様がない。このリゾート地からそれほど離れない、連泊が可能な貧乏宿を探すぞ」
「ハッ! 直ちに周辺エリアの低コスト宿泊施設をスキャンします!」
三人は十二億円の資産回収を目前にしながら、リゾートの輝きから離れ、貧乏宿を求めてローカルな街へと歩き出すのだった。
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