第十六話 次なる三大負債タスク
「さて、エルフィ。次は我が社の『カスタマーサポート部門』の監査を行う」
ルミナリア社長への「始末書100本書き直しノック」を終えた翌日。俺はオフィスに展開した組織図を見ながら、専属秘書へ次の指示を出した。
「ハッ! 了解です、ユウキ主任! では、『神界コールセンター』へご案内いたします!」
エルフィはきっちりとスーツの襟を正し、黒縁メガネをクイと押し上げて先頭を歩き出した。今日も当然のように俺の右側にポジショニングを取っている。
俺たちが神殿の最奥にある重厚な扉を開けると、そこはヘッドセットをつけた下級神や天使たちが忙しなく空中キーボードを叩く、顧客対応の最前線だった。
「あーもしもし!? こちら神界コールセンターです! はい、お祈りデータを照合中ですが――あ、接続が軽くなって一瞬で処理が終わった!? お待たせしました、奇跡の適用完了です!」
「すごいわ! いつもなら回線が激重で、お祈りを受信した瞬間にシステムがフリーズしてたのに! 冗談抜きで10倍はサクサク動くようになってる!」
オペレーターたちの間から、驚きと歓喜の声が上がっている。壁に設置された巨大なモニターに表示されている『現在のお祈り待ち(保留件数)』の数字も、目に見えて減少に転じていた。
「ハッ、主任! 素晴らしい成果です!」
エルフィが手元のバインダーの数値を眩しそうに見つめる。
「最優先の不良タスクだったカザマ様の『スピンロック』が解除され、ツカサ様の『常時大爆発』が止まった結果、世界サーバーの負荷が激減! 地上からの回線が劇的に軽量化したため、以前に比べて格段にお祈りの未処理が減っています!」
「フン、サーバーのメモリを解放したんだ。当然の結果だな」
俺は腕を組み、未だに赤々と警告ランプが点滅している一部のコンソールへと冷徹な視線を向けた。
「だが、お祈りの送信環境がサクサクになっただけで、地上に溢れているクレームそのものがゼロになったわけじゃない。根本的なシステム改修はこれからだ。……そういえば、無能Aはどうした?」
俺が尋ねると、エルフィは苦笑しながら奥の休憩スペースの扉を指さした。
「ルミナリア社長でしたら、主任に課された100回の始末書を泣きながら書き殴った後、完全にメンタル崩壊してしまいまして……。涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔のまま、奥の部屋のベッドで泣き疲れて爆睡されております」
「フン、自分のやらかしを自覚したせいで知恵熱でも出たか。放置しておけ。経営トップが寝ている間が、一番現場作業が捗るからな」
俺は冷酷にルミナリアの確認を済ませた。
「エルフィ。不良債権処理で回線が軽くなった今こそ、溜まった未処理の『女神のやらかし案件』を徹底的に洗い出すぞ」
俺はインカムのログ画面から視線を外し、隣に立つ専属秘書へ次の指示を出した。
「ハッ! 了解です、ユウキ主任! では、コールセンターの受信ログを解析し、地上世界に深刻なエラーを吐き出している『最優先タスク』を3件抽出いたしました!」
エルフィがビシッと黒縁メガネを押し上げ、手元のバインダーから新たな半透明のデータプレートを空中に展開する。そこには、ルミナリア社長が過去の「異世界ガチャ」で垂れ流した、頭の痛くなるような不良債権の山が並んでいた。
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【最優先デバッグタスク(第2段階)】
① 案件番号004:
【無限収納】の勇者による『無限ループ』案件
バグの現状:「何でも入る袋」を自分の収納に入れたため、「無限が無限を内包する」という再起呼び出しによる無限ループが発生。
② 案件番号005:
【無限蘇生】の勇者による『死亡ループ』案件
バグの現状:HPが0になった瞬間に即時蘇生するプログラム。魔王軍の即死トラップに真上から触れ「即死⇒蘇生⇒即死」を繰り返している
③ 案件番号006:
【絶対言語理解】の勇者による『神界の売上金(信心)流出』案件
バグの現状:あらゆる言語や概念を理解・翻訳できるチート。システムの穴を突いた勇者が「世界の根源」をハッキングし、会社の元に届くはずの信心(売上金)の一部を現地マネーに変換。自分の個人口座へ横領。
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「……おい、エルフィ」
俺はこめかみを指で押さえ、極低温の声を絞り出した。
「最初の二件はまあいいとして、最後の横領一件はダメだろ。会社(神界)の財布から直接売上を抜かれてるんだぞ。……対策のできていない期間はどれくらいだ?」
「ハ、ハッ! 直ちにログを確認いたします!」
俺の放つ凄まじいプレッシャーに、エルフィは背筋をピンと伸ばして端末を猛スピードで叩き始めた。黒縁メガネの奥の瞳が、データスクロールの光を高速で反射する。
「データ照合完了……! 不正な改ざんが始まったのは、およそ一年前からです! 社長が『利用規約』や『通信の暗号化セキュリティ』を一切設定せずに、ルート権限を配ってしまったため、完全にガバガバなシステムになっております……!」
「一年間も売上を垂れ流しにして、気づきもしなかったのか、あのポンコツは」
俺は奥の部屋のベッドで泣き疲れて爆睡している無能Aの方向を睨みつけた。
無限ループや死亡ループも大概だが、我が社の利益をかすめ取るサイバー横領は一発レッドカード、即座に法法的措置が必要な特大の案件だ。
「エルフィ、その垂れ流しにした被害額を具体的に出せ」
「ハッ、ただいま試算します!……じゅっ、十二億円……! 過去一年間でこのハッカー勇者に改ざんされ、横領された売上金の総額は、概算でおよそ十二億円相当の信心に上ります!」
「十二億円……だと?」
俺は冷酷に目を細めた。先代女神の遺産を切り崩す赤字経営の裏で、無能Aにお遊びで配られたチートのせいで売り上げが外部へ流出し続けていたわけだ。
「最優先課題は決まった。『③のハッカー退治』だ。一刻も早くシステムを修正し、流出した我が社の資産を回収可能なだけ全額回収する。エルフィ、今すぐこのサイバー犯罪者の座標を特定しろ」
「ハッ! 了解です、ユウキ主任! すでに対象の現在地を割り出しています! 対象は地上の高級リゾート地『グラン・ルミナス』の最上階スイートルーム。神界から盗んだ資金で豪遊を続けている模様です!」
「盗んだ金でリゾート三昧か。いい度胸だな」
俺は懐から『神界全権承認印』を取り出し、親指でトントンと叩いた。
「エルフィ、出張手続きを。脆弱性を突いて調子に乗っているハッカーに、合法的かつ容赦のない資産差し押さえの恐ろしさを骨の髄まで教えてやる」
「ハッ! 座標ロック、システムエントリー!」
有能な秘書エルフィが即座にコンソールを叩き、俺たちの足元へ南国への転送ゲートを展開した。




