『寄り道の理由』
次の日。
いつも通りの教室。
いつも通りの朝。
……のはずだった。
「おはよ、レン」
「……おう」
隣の席。
ユイは何事もなかったみたいに座っている。
昨日のことなんて、
最初から存在してなかったみたいに。
「今日も寄り道する?」
「まだ朝だろ」
「じゃあ放課後ね」
「勝手に決めんなって」
「でも来るでしょ?」
「……たぶんな」
即答してしまってから、
少しだけ後悔する。
ユイは、嬉しそうでもなく、
ただ当然みたいに頷いた。
「じゃあ決定」
「お前の中ではな」
「うん」
……会話が噛み合ってるようで噛み合ってない。
なのに、変な居心地の良さがある。
◇
放課後。
校門を出た瞬間、
もうそこにユイはいた。
「早くない?」
「待ってた」
「どれくらい」
「秘密」
「それ便利だな」
「でしょ」
いつも通りのやりとり。
なのに今日は、
昨日より少しだけ違って見える。
歩き出す。
またあの道。
またあの公園――かと思ったが。
「今日は違うとこ」
「またかよ」
「飽きた?」
「別に」
「じゃあいいね」
そう言って、ユイは前を向く。
今度は少し遠回りの道だった。
川沿いの遊歩道。
夕方の光が水に反射して、
やけに眩しい。
「ここ、好きなんだ」
「そうなのか」
「うん。静かで」
「お前にしては珍しいな」
「どういう意味」
「騒がしいイメージ」
「失礼」
軽く笑って、
ユイは歩く速度を少し落とした。
それに合わせるように、
俺も少しだけ歩幅を変える。
気づけば、
並んで歩いていた。
◇
「レンさ」
「なんだよ」
「昨日のこと、覚えてる?」
「忘れるわけねえだろ」
「そっか」
少しだけ沈黙。
川の音が近くなる。
「私さ」
ユイがぽつりと言う。
「ちゃんと“来る人”が好き」
「……急に何だよ」
「ちゃんと約束守る人」
「それなら普通だろ」
「でも、普通じゃない人も多いよ」
「……」
言い返せない。
風が少し強くなる。
ユイの髪が揺れる。
「だからね」
「うん」
「昨日の確認、ちゃんと意味あった」
「まだ言うのかそれ」
「うん」
即答。
そして、少しだけこっちを見る。
「レンは、来る人」
「……まあな」
「じゃあ安心」
「何にだよ」
「いろいろ」
曖昧すぎる答え。
でも、聞き返す前にユイは続けた。
「ねえ」
「なんだよ」
「次の寄り道、もっと遠くでもいい?」
「は?」
「電車とか乗るやつ」
「急にスケール上げんな」
「ダメ?」
「……ダメじゃねえけど」
「じゃあ決まり」
また勝手に決まる。
でも、不思議と嫌じゃない。
◇
駅の方へ向かう道。
夕日が少しずつ沈んでいく。
「レン」
「今度は何だよ」
「今日も秘密ね」
「またそれかよ」
「うん」
「別に誰にも言わねえって」
「知ってる」
じゃあなんで言うんだよ。
そう思った瞬間――
ユイが少しだけ近づいた。
「でもさ」
「……」
「秘密があるのって、ちょっといいでしょ」
「……まあな」
否定できなかった。
夕方の風が、
少しだけ強く吹く。
並んだ影が、
ゆっくり長く伸びていく。
その中で、
たった一つだけ確かなことがあった。
“寄り道”はもう、
ただの寄り道じゃなくなり始めている。
そしてそれはきっと――
まだ、誰にも言葉になっていない。




