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85/85

まだ名前のない距離 73 夕焼けに溶ける境界線と、踏み出さない一歩

放課後の外は、


◇


少しだけ、


◇


オレンジに傾いていた。


◇


◇


校門を出る。


◇


◇


アスファルトが、


◇


昼よりも柔らかい色になる。


◇


◇


ふたりは、


◇


自然と同じ歩幅で歩き出す。


◇


◇


レン「……今日さ」


◇


◇


ユイ「ん?」


◇


◇


レン「ちょっと近くない?」


◇


◇


ユイ「え」


◇


◇


ユイは、


◇


一瞬だけ足を止めかけて、


◇


やめる。


◇


◇


ユイ「気のせい」


◇


◇


レン「いや絶対昨日より——」


◇


◇


ユイ「調整中って言ったでしょ」


◇


◇


レン「便利な言葉だなそれ」


◇


◇


ユイ「でしょ」


◇


◇


少しだけ、


◇


距離が詰まる。


◇


◇


でも、


◇


肩は触れない。


◇


◇


レン(ほんとに微妙だな)


◇


◇


近いのに、


◇


決定的に足りない。


◇


◇


でも、


◇


遠くもない。


◇


◇


レン(……これでいいのかもな)


◇


◇


◇


信号に差し掛かる。


◇


◇


赤。


◇


◇


立ち止まる。


◇


◇


横並び。


◇


◇


人が増える。


◇


◇


周りの会話が、


◇


少しだけ耳に入る。


◇


◇


「付き合ってんの?」


◇


◇


どこかの誰かの声。


◇


◇


一瞬、


◇


ふたりの間に、


◇


妙な沈黙が落ちる。


◇


◇


レン「……」


◇


◇


ユイ「……」


◇


◇


目は合わせない。


◇


◇


でも、


◇


同じことを考えてるのが分かる。


◇


◇


レン(違う)


◇


◇


ユイ(違う)


◇


◇


同時に、


◇


そう思う。


◇


◇


同時に、


◇


少しだけ、


◇


引っかかる。


◇


◇


青に変わる。


◇


◇


歩き出す。


◇


◇


さっきより、


◇


ほんの少しだけ、


◇


間が空く。


◇


◇


レン「……今の」


◇


◇


ユイ「うん」


◇


◇


レン「違うよな」


◇


◇


ユイ「違うね」


◇


◇


即答。


◇


◇


でも、


◇


その速さに、


◇


少しだけ違和感。


◇


◇


レン「……即答だな」


◇


◇


ユイ「そっちこそ」


◇


◇


レン「まあ」


◇


◇


レン「名前ないしな」


◇


◇


ユイ「そればっか」


◇


◇


少しだけ、


◇


笑う。


◇


◇


さっき空いた距離が、


◇


ゆっくり戻る。


◇


◇


◇


住宅街に入る。


◇


◇


人が減る。


◇


◇


静けさが、


◇


少しだけ濃くなる。


◇


◇


ユイ「……ねえ」


◇


◇


レン「ん?」


◇


◇


ユイ「もしさ」


◇


◇


ユイ「今の質問」


◇


◇


レン「うん」


◇


◇


ユイ「誰もいないとこで聞かれたら」


◇


◇


レン「……」


◇


◇


少しだけ考える。


◇


◇


レン「同じこと言う」


◇


◇


ユイ「ほんと?」


◇


◇


レン「たぶん」


◇


◇


ユイは、


◇


その“たぶん”に、


◇


少しだけ視線を落とす。


◇


◇


ユイ「……そっか」


◇


◇


レン「なんだよ」


◇


◇


ユイ「別に」


◇


◇


ユイ「なんでもない」


◇


◇


◇


また、


◇


少しだけ沈黙。


◇


◇


でも、


◇


気まずくはない。


◇


◇


言葉がなくても、


◇


距離がある。


◇


◇


その距離が、


◇


埋めすぎないでくれる。


◇


◇


レン「……なあ」


◇


◇


ユイ「ん」


◇


◇


レン「さっきのさ」


◇


◇


ユイ「うん」


◇


◇


レン「“違う”ってやつ」


◇


◇


ユイ「うん」


◇


◇


レン「ほんとに違うのか?」


◇


◇


ユイは、


◇


少しだけ足を緩める。


◇


◇


完全には止まらない。


◇


◇


ユイ「……どう思う?」


◇


◇


レン「聞いてんの俺だろ」


◇


◇


ユイ「じゃあ答え」


◇


◇


レン「……」


◇


◇


少しだけ、


◇


息を吐く。


◇


◇


レン「違う、とは思う」


◇


◇


ユイ「“とは”ね」


◇


◇


レン「でも」


◇


◇


レン「完全に違うって言い切るのも」


◇


◇


レン「なんか違う気がする」


◇


◇


ユイは、


◇


その言葉を聞いて、


◇


少しだけ笑う。


◇


◇


ユイ「それ」


◇


◇


ユイ「一番ずるい答え」


◇


◇


レン「自覚ある」


◇


◇


ユイ「でも」


◇


◇


ユイ「嫌いじゃない」


◇


◇


◇


また、


◇


距離が揃う。


◇


◇


さっきよりも、


◇


ほんの少しだけ自然に。


◇


◇


ユイ「……じゃあさ」


◇


◇


レン「ん?」


◇


◇


ユイ「今はそれでいい?」


◇


◇


レン「なにが」


◇


◇


ユイ「“違うけど、違いきってない”やつ」


◇


◇


レンは、


◇


少しだけ笑う。


◇


◇


レン「長いな」


◇


◇


ユイ「名前ないから」


◇


◇


レン「またそれか」


◇


◇


◇


ふたりで、


◇


同時に笑う。


◇


◇


夕焼けが、


◇


少しだけ濃くなる。


◇


◇


影が伸びる。


◇


◇


その影も、


◇


少しだけ離れて、


◇


でも、


◇


並んでいる。


◇


◇


レン「……なあ」


◇


◇


ユイ「ん」


◇


◇


レン「もしさ」


◇


◇


ユイ「うん」


◇


◇


レン「どっちかが一歩踏み出したら」


◇


◇


ユイ「……」


◇


◇


レン「この距離、終わるかな」


◇


◇


ユイは、


◇


すぐには答えない。


◇


◇


少しだけ、


◇


前を見たまま、


◇


考える。


◇


◇


ユイ「……終わるかもね」


◇


◇


レン「やっぱり」


◇


◇


ユイ「でも」


◇


◇


ユイ「別の距離になるだけかも」


◇


◇


レンは、


◇


その言葉に、


◇


少しだけ目を細める。


◇


◇


レン「それって」


◇


◇


ユイ「うん」


◇


◇


ユイ「今より分かりやすいやつ」


◇


◇


レン「……そっか」


◇


◇


ユイ「うん」


◇


◇


◇


少しだけ、


◇


歩く速度が落ちる。


◇


◇


踏み出さないための、


◇


無意識の調整。


◇


◇


レン(終わらせたくないのか)


◇


◇


ユイ(まだいらないのか)


◇


◇


言葉にはしない。


◇


◇


でも、


◇


同じことを、


◇


少しだけ思っている。


◇


◇


◇


分かれ道が見えてくる。


◇


◇


昨日と同じ場所。


◇


◇


自然と、


◇


足が止まる。


◇


◇


ユイ「……じゃあ」


◇


◇


レン「ん」


◇


◇


少しだけ、


◇


間が空く。


◇


◇


いつもより、


◇


ほんの少しだけ長い。


◇


◇


ユイ「また明日」


◇


◇


レン「おう」


◇


◇


ユイは、


◇


少しだけ歩き出す。


◇


◇


二歩、


◇


三歩。


◇


◇


そこで、


◇


一瞬だけ振り返る。


◇


◇


ユイ「……ねえ」


◇


◇


レン「ん?」


◇


◇


ユイ「今日の距離」


◇


◇


レン「うん」


◇


◇


ユイ「ちょっとだけ近かったね」


◇


◇


レンは、


◇


一瞬だけ驚いて、


◇


すぐに笑う。


◇


◇


レン「やっぱりか」


◇


◇


ユイ「調整中だから」


◇


◇


レン「明日は?」


◇


◇


ユイは、


◇


少しだけ考えるふりをして、


◇


◇


ユイ「……秘密」


◇


◇


そう言って、


◇


今度は振り返らずに歩いていく。


◇


◇


レンは、


◇


その背中を少しだけ見てから、


◇


逆の道へ歩き出す。


◇


◇


◇


夕焼けの中、


◇


ふたりの距離は、


◇


また一度、


◇


ほどける。


◇


◇


でも、


◇


消えたわけじゃない。


◇


◇


名前のないまま、


◇


明日へ持ち越される。


◇


◇


少しずつ、


◇


近づきながら、


◇


まだ、


◇


決まらないまま。

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