まだ名前のない距離 73 夕焼けに溶ける境界線と、踏み出さない一歩
放課後の外は、
◇
少しだけ、
◇
オレンジに傾いていた。
◇
◇
校門を出る。
◇
◇
アスファルトが、
◇
昼よりも柔らかい色になる。
◇
◇
ふたりは、
◇
自然と同じ歩幅で歩き出す。
◇
◇
レン「……今日さ」
◇
◇
ユイ「ん?」
◇
◇
レン「ちょっと近くない?」
◇
◇
ユイ「え」
◇
◇
ユイは、
◇
一瞬だけ足を止めかけて、
◇
やめる。
◇
◇
ユイ「気のせい」
◇
◇
レン「いや絶対昨日より——」
◇
◇
ユイ「調整中って言ったでしょ」
◇
◇
レン「便利な言葉だなそれ」
◇
◇
ユイ「でしょ」
◇
◇
少しだけ、
◇
距離が詰まる。
◇
◇
でも、
◇
肩は触れない。
◇
◇
レン(ほんとに微妙だな)
◇
◇
近いのに、
◇
決定的に足りない。
◇
◇
でも、
◇
遠くもない。
◇
◇
レン(……これでいいのかもな)
◇
◇
◇
信号に差し掛かる。
◇
◇
赤。
◇
◇
立ち止まる。
◇
◇
横並び。
◇
◇
人が増える。
◇
◇
周りの会話が、
◇
少しだけ耳に入る。
◇
◇
「付き合ってんの?」
◇
◇
どこかの誰かの声。
◇
◇
一瞬、
◇
ふたりの間に、
◇
妙な沈黙が落ちる。
◇
◇
レン「……」
◇
◇
ユイ「……」
◇
◇
目は合わせない。
◇
◇
でも、
◇
同じことを考えてるのが分かる。
◇
◇
レン(違う)
◇
◇
ユイ(違う)
◇
◇
同時に、
◇
そう思う。
◇
◇
同時に、
◇
少しだけ、
◇
引っかかる。
◇
◇
青に変わる。
◇
◇
歩き出す。
◇
◇
さっきより、
◇
ほんの少しだけ、
◇
間が空く。
◇
◇
レン「……今の」
◇
◇
ユイ「うん」
◇
◇
レン「違うよな」
◇
◇
ユイ「違うね」
◇
◇
即答。
◇
◇
でも、
◇
その速さに、
◇
少しだけ違和感。
◇
◇
レン「……即答だな」
◇
◇
ユイ「そっちこそ」
◇
◇
レン「まあ」
◇
◇
レン「名前ないしな」
◇
◇
ユイ「そればっか」
◇
◇
少しだけ、
◇
笑う。
◇
◇
さっき空いた距離が、
◇
ゆっくり戻る。
◇
◇
◇
住宅街に入る。
◇
◇
人が減る。
◇
◇
静けさが、
◇
少しだけ濃くなる。
◇
◇
ユイ「……ねえ」
◇
◇
レン「ん?」
◇
◇
ユイ「もしさ」
◇
◇
ユイ「今の質問」
◇
◇
レン「うん」
◇
◇
ユイ「誰もいないとこで聞かれたら」
◇
◇
レン「……」
◇
◇
少しだけ考える。
◇
◇
レン「同じこと言う」
◇
◇
ユイ「ほんと?」
◇
◇
レン「たぶん」
◇
◇
ユイは、
◇
その“たぶん”に、
◇
少しだけ視線を落とす。
◇
◇
ユイ「……そっか」
◇
◇
レン「なんだよ」
◇
◇
ユイ「別に」
◇
◇
ユイ「なんでもない」
◇
◇
◇
また、
◇
少しだけ沈黙。
◇
◇
でも、
◇
気まずくはない。
◇
◇
言葉がなくても、
◇
距離がある。
◇
◇
その距離が、
◇
埋めすぎないでくれる。
◇
◇
レン「……なあ」
◇
◇
ユイ「ん」
◇
◇
レン「さっきのさ」
◇
◇
ユイ「うん」
◇
◇
レン「“違う”ってやつ」
◇
◇
ユイ「うん」
◇
◇
レン「ほんとに違うのか?」
◇
◇
ユイは、
◇
少しだけ足を緩める。
◇
◇
完全には止まらない。
◇
◇
ユイ「……どう思う?」
◇
◇
レン「聞いてんの俺だろ」
◇
◇
ユイ「じゃあ答え」
◇
◇
レン「……」
◇
◇
少しだけ、
◇
息を吐く。
◇
◇
レン「違う、とは思う」
◇
◇
ユイ「“とは”ね」
◇
◇
レン「でも」
◇
◇
レン「完全に違うって言い切るのも」
◇
◇
レン「なんか違う気がする」
◇
◇
ユイは、
◇
その言葉を聞いて、
◇
少しだけ笑う。
◇
◇
ユイ「それ」
◇
◇
ユイ「一番ずるい答え」
◇
◇
レン「自覚ある」
◇
◇
ユイ「でも」
◇
◇
ユイ「嫌いじゃない」
◇
◇
◇
また、
◇
距離が揃う。
◇
◇
さっきよりも、
◇
ほんの少しだけ自然に。
◇
◇
ユイ「……じゃあさ」
◇
◇
レン「ん?」
◇
◇
ユイ「今はそれでいい?」
◇
◇
レン「なにが」
◇
◇
ユイ「“違うけど、違いきってない”やつ」
◇
◇
レンは、
◇
少しだけ笑う。
◇
◇
レン「長いな」
◇
◇
ユイ「名前ないから」
◇
◇
レン「またそれか」
◇
◇
◇
ふたりで、
◇
同時に笑う。
◇
◇
夕焼けが、
◇
少しだけ濃くなる。
◇
◇
影が伸びる。
◇
◇
その影も、
◇
少しだけ離れて、
◇
でも、
◇
並んでいる。
◇
◇
レン「……なあ」
◇
◇
ユイ「ん」
◇
◇
レン「もしさ」
◇
◇
ユイ「うん」
◇
◇
レン「どっちかが一歩踏み出したら」
◇
◇
ユイ「……」
◇
◇
レン「この距離、終わるかな」
◇
◇
ユイは、
◇
すぐには答えない。
◇
◇
少しだけ、
◇
前を見たまま、
◇
考える。
◇
◇
ユイ「……終わるかもね」
◇
◇
レン「やっぱり」
◇
◇
ユイ「でも」
◇
◇
ユイ「別の距離になるだけかも」
◇
◇
レンは、
◇
その言葉に、
◇
少しだけ目を細める。
◇
◇
レン「それって」
◇
◇
ユイ「うん」
◇
◇
ユイ「今より分かりやすいやつ」
◇
◇
レン「……そっか」
◇
◇
ユイ「うん」
◇
◇
◇
少しだけ、
◇
歩く速度が落ちる。
◇
◇
踏み出さないための、
◇
無意識の調整。
◇
◇
レン(終わらせたくないのか)
◇
◇
ユイ(まだいらないのか)
◇
◇
言葉にはしない。
◇
◇
でも、
◇
同じことを、
◇
少しだけ思っている。
◇
◇
◇
分かれ道が見えてくる。
◇
◇
昨日と同じ場所。
◇
◇
自然と、
◇
足が止まる。
◇
◇
ユイ「……じゃあ」
◇
◇
レン「ん」
◇
◇
少しだけ、
◇
間が空く。
◇
◇
いつもより、
◇
ほんの少しだけ長い。
◇
◇
ユイ「また明日」
◇
◇
レン「おう」
◇
◇
ユイは、
◇
少しだけ歩き出す。
◇
◇
二歩、
◇
三歩。
◇
◇
そこで、
◇
一瞬だけ振り返る。
◇
◇
ユイ「……ねえ」
◇
◇
レン「ん?」
◇
◇
ユイ「今日の距離」
◇
◇
レン「うん」
◇
◇
ユイ「ちょっとだけ近かったね」
◇
◇
レンは、
◇
一瞬だけ驚いて、
◇
すぐに笑う。
◇
◇
レン「やっぱりか」
◇
◇
ユイ「調整中だから」
◇
◇
レン「明日は?」
◇
◇
ユイは、
◇
少しだけ考えるふりをして、
◇
◇
ユイ「……秘密」
◇
◇
そう言って、
◇
今度は振り返らずに歩いていく。
◇
◇
レンは、
◇
その背中を少しだけ見てから、
◇
逆の道へ歩き出す。
◇
◇
◇
夕焼けの中、
◇
ふたりの距離は、
◇
また一度、
◇
ほどける。
◇
◇
でも、
◇
消えたわけじゃない。
◇
◇
名前のないまま、
◇
明日へ持ち越される。
◇
◇
少しずつ、
◇
近づきながら、
◇
まだ、
◇
決まらないまま。




