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まだ名前のない距離 73 夕焼けに溶ける境界線と、踏み出さない一歩

放課後の外は、



少しだけ、



オレンジに傾いていた。




校門を出る。




アスファルトが、



昼よりも柔らかい色になる。




ふたりは、



自然と同じ歩幅で歩き出す。




レン「……今日さ」




ユイ「ん?」




レン「ちょっと近くない?」




ユイ「え」




ユイは、



一瞬だけ足を止めかけて、



やめる。




ユイ「気のせい」




レン「いや絶対昨日より——」




ユイ「調整中って言ったでしょ」




レン「便利な言葉だなそれ」




ユイ「でしょ」




少しだけ、



距離が詰まる。




でも、



肩は触れない。




レン(ほんとに微妙だな)




近いのに、



決定的に足りない。




でも、



遠くもない。




レン(……これでいいのかもな)





信号に差し掛かる。




赤。




立ち止まる。




横並び。




人が増える。




周りの会話が、



少しだけ耳に入る。




「付き合ってんの?」




どこかの誰かの声。




一瞬、



ふたりの間に、



妙な沈黙が落ちる。




レン「……」




ユイ「……」




目は合わせない。




でも、



同じことを考えてるのが分かる。




レン(違う)




ユイ(違う)




同時に、



そう思う。




同時に、



少しだけ、



引っかかる。




青に変わる。




歩き出す。




さっきより、



ほんの少しだけ、



間が空く。




レン「……今の」




ユイ「うん」




レン「違うよな」




ユイ「違うね」




即答。




でも、



その速さに、



少しだけ違和感。




レン「……即答だな」




ユイ「そっちこそ」




レン「まあ」




レン「名前ないしな」




ユイ「そればっか」




少しだけ、



笑う。




さっき空いた距離が、



ゆっくり戻る。





住宅街に入る。




人が減る。




静けさが、



少しだけ濃くなる。




ユイ「……ねえ」




レン「ん?」




ユイ「もしさ」




ユイ「今の質問」




レン「うん」




ユイ「誰もいないとこで聞かれたら」




レン「……」




少しだけ考える。




レン「同じこと言う」




ユイ「ほんと?」




レン「たぶん」




ユイは、



その“たぶん”に、



少しだけ視線を落とす。




ユイ「……そっか」




レン「なんだよ」




ユイ「別に」




ユイ「なんでもない」





また、



少しだけ沈黙。




でも、



気まずくはない。




言葉がなくても、



距離がある。




その距離が、



埋めすぎないでくれる。




レン「……なあ」




ユイ「ん」




レン「さっきのさ」




ユイ「うん」




レン「“違う”ってやつ」




ユイ「うん」




レン「ほんとに違うのか?」




ユイは、



少しだけ足を緩める。




完全には止まらない。




ユイ「……どう思う?」




レン「聞いてんの俺だろ」




ユイ「じゃあ答え」




レン「……」




少しだけ、



息を吐く。




レン「違う、とは思う」




ユイ「“とは”ね」




レン「でも」




レン「完全に違うって言い切るのも」




レン「なんか違う気がする」




ユイは、



その言葉を聞いて、



少しだけ笑う。




ユイ「それ」




ユイ「一番ずるい答え」




レン「自覚ある」




ユイ「でも」




ユイ「嫌いじゃない」





また、



距離が揃う。




さっきよりも、



ほんの少しだけ自然に。




ユイ「……じゃあさ」




レン「ん?」




ユイ「今はそれでいい?」




レン「なにが」




ユイ「“違うけど、違いきってない”やつ」




レンは、



少しだけ笑う。




レン「長いな」




ユイ「名前ないから」




レン「またそれか」





ふたりで、



同時に笑う。




夕焼けが、



少しだけ濃くなる。




影が伸びる。




その影も、



少しだけ離れて、



でも、



並んでいる。




レン「……なあ」




ユイ「ん」




レン「もしさ」




ユイ「うん」




レン「どっちかが一歩踏み出したら」




ユイ「……」




レン「この距離、終わるかな」




ユイは、



すぐには答えない。




少しだけ、



前を見たまま、



考える。




ユイ「……終わるかもね」




レン「やっぱり」




ユイ「でも」




ユイ「別の距離になるだけかも」




レンは、



その言葉に、



少しだけ目を細める。




レン「それって」




ユイ「うん」




ユイ「今より分かりやすいやつ」




レン「……そっか」




ユイ「うん」





少しだけ、



歩く速度が落ちる。




踏み出さないための、



無意識の調整。




レン(終わらせたくないのか)




ユイ(まだいらないのか)




言葉にはしない。




でも、



同じことを、



少しだけ思っている。





分かれ道が見えてくる。




昨日と同じ場所。




自然と、



足が止まる。




ユイ「……じゃあ」




レン「ん」




少しだけ、



間が空く。




いつもより、



ほんの少しだけ長い。




ユイ「また明日」




レン「おう」




ユイは、



少しだけ歩き出す。




二歩、



三歩。




そこで、



一瞬だけ振り返る。




ユイ「……ねえ」




レン「ん?」




ユイ「今日の距離」




レン「うん」




ユイ「ちょっとだけ近かったね」




レンは、



一瞬だけ驚いて、



すぐに笑う。




レン「やっぱりか」




ユイ「調整中だから」




レン「明日は?」




ユイは、



少しだけ考えるふりをして、




ユイ「……秘密」




そう言って、



今度は振り返らずに歩いていく。




レンは、



その背中を少しだけ見てから、



逆の道へ歩き出す。





夕焼けの中、



ふたりの距離は、



また一度、



ほどける。




でも、



消えたわけじゃない。




名前のないまま、



明日へ持ち越される。




少しずつ、



近づきながら、



まだ、



決まらないまま。

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