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まだ名前のない距離 72 ほどけないまま近づいていく、放課後前の静かな気配

午後の授業は、


◇


やけに長く感じた。


◇


◇


黒板の文字が増えていく。


◇


チョークの音が、


◇


やけに響く。


◇


◇


レンは、


◇


頬杖をつきながら前を見る。


◇


◇


視線は、


◇


黒板じゃなくて、


◇


少しだけ斜め前。


◇


◇


ユイの背中。


◇


◇


レン「……」


◇


◇


さっきの、


◇


“中間距離”って言葉が、


◇


頭の中で引っかかる。


◇


◇


レン(なんだよそれ)


◇


◇


レン(都合よすぎだろ)


◇


◇


でも、


◇


否定しきれない。


◇


◇


さっき机に置かれた、


◇


あの一瞬の距離。


◇


◇


触れてないのに、


◇


やけに残ってる。


◇


◇


レン(普通ってなんだよ)


◇


◇


考えようとして、


◇


途中でやめる。


◇


◇


どうせ答えは出ない。


◇


◇


◇


一方で、


◇


ユイも、


◇


前を向いたまま、


◇


少しだけ意識していた。


◇


◇


ユイ(今、見てるでしょ)


◇


◇


なんとなく分かる。


◇


◇


振り返らない。


◇


◇


でも、


◇


少しだけ姿勢を正す。


◇


◇


ユイ(なんで気にしてんの)


◇


◇


自分で、


◇


ちょっとだけ笑いそうになる。


◇


◇


ユイ(普通じゃん、これ)


◇


◇


そう思った瞬間、


◇


さっきの会話がよぎる。


◇


◇


“普通は無理”


◇


◇


ユイ(……無理か)


◇


◇


小さく息を吐く。


◇


◇


◇


チャイムが鳴る。


◇


◇


授業が終わる。


◇


◇


ざわざわと、


◇


教室が一気にほどける。


◇


◇


レンは立ち上がる。


◇


◇


軽く伸びをして、


◇


ユイの席の方を見る。


◇


◇


ユイも、


◇


ちょうど立ち上がったところ。


◇


◇


一瞬だけ、


◇


目が合う。


◇


◇


ユイ「……帰る?」


◇


◇


レン「そのつもり」


◇


◇


ユイ「じゃあ」


◇


◇


ユイは、


◇


カバンを持って、


◇


少しだけ近づく。


◇


◇


昨日より、


◇


ほんの少しだけ遠くて、


◇


でも、


◇


昼よりは近い。


◇


◇


レン「……それ?」


◇


◇


ユイ「うん」


◇


◇


ユイ「調整中」


◇


◇


レン「適当すぎるだろ」


◇


◇


ユイ「いいの」


◇


◇


ユイ「名前ないし」


◇


◇


またそれだ、と、


◇


レンは小さく笑う。


◇


◇


◇


ふたりは教室を出る。


◇


◇


廊下は、


◇


帰りの空気で少し騒がしい。


◇


◇


友達の声、


◇


笑い声、


◇


足音。


◇


◇


その中で、


◇


ふたりの距離だけが、


◇


少しだけ浮いている。


◇


◇


並んで歩く。


◇


◇


肩は触れない。


◇


でも、


◇


離れてもいない。


◇


◇


レン「……なあ」


◇


◇


ユイ「ん?」


◇


◇


レン「これさ」


◇


◇


ユイ「うん」


◇


◇


レン「誰かに見られたらどう思うんだろうな」


◇


◇


ユイ「え」


◇


◇


少しだけ考える。


◇


◇


ユイ「微妙じゃない?」


◇


◇


レン「微妙?」


◇


◇


ユイ「仲いいのか微妙な距離の人たち」


◇


◇


レン「一番説明めんどいな」


◇


◇


ユイ「でしょ」


◇


◇


◇


ふたりで笑う。


◇


◇


ユイ「でもさ」


◇


◇


レン「ん」


◇


◇


ユイ「それでいいかも」


◇


◇


レン「なにが」


◇


◇


ユイ「分かりにくいくらいで」


◇


◇


レンは少しだけ、


◇


その言葉を噛みしめる。


◇


◇


レン「……確かに」


◇


◇


レン「分かりやすいとさ」


◇


◇


ユイ「うん」


◇


◇


レン「なんか、決まっちゃうしな」


◇


◇


ユイ「それ」


◇


◇


ユイ「今はまだ嫌」


◇


◇


◇


少しだけ、


◇


足並みが揃う。


◇


◇


意識してないのに、


◇


同じタイミングで歩く。


◇


◇


◇


階段を降りる。


◇


◇


一段ずつ、


◇


距離も一緒に降りていくみたいに。


◇


◇


ユイ「……ねえ」


◇


◇


レン「ん?」


◇


◇


ユイ「もしさ」


◇


◇


ユイ「このまま続いたら」


◇


◇


レン「うん」


◇


◇


ユイ「どうなると思う?」


◇


◇


レンは、


◇


少しだけ間を置く。


◇


◇


レン「……知らん」


◇


◇


ユイ「なにそれ」


◇


◇


レン「だって」


◇


◇


レン「名前ないんだろ」


◇


◇


ユイ「まあね」


◇


◇


レン「じゃあ決まってない」


◇


◇


ユイは、


◇


その答えを聞いて、


◇


少しだけ目を細める。


◇


◇


ユイ「……それもいいか」


◇


◇


◇


昇降口に着く。


◇


◇


外の光が、


◇


少しだけ眩しい。


◇


◇


靴を履き替える。


◇


◇


自然と、


◇


また隣に立つ。


◇


◇


ユイ「じゃあ」


◇


◇


レン「ん」


◇


◇


ユイ「帰ろ」


◇


◇


レン「おう」


◇


◇


扉を開ける。


◇


◇


外の空気が流れ込む。


◇


◇


昨日と同じ道。


◇


でも、


◇


少し違う距離。


◇


◇


触れないまま、


◇


選び続ける距離。


◇


◇


それはまだ、


◇


名前を持たないまま、


◇


少しずつだけ、


◇


確かな形になり始めていた。

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