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まだ名前のない距離 72 ほどけないまま近づいていく、放課後前の静かな気配

午後の授業は、



やけに長く感じた。




黒板の文字が増えていく。



チョークの音が、



やけに響く。




レンは、



頬杖をつきながら前を見る。




視線は、



黒板じゃなくて、



少しだけ斜め前。




ユイの背中。




レン「……」




さっきの、



“中間距離”って言葉が、



頭の中で引っかかる。




レン(なんだよそれ)




レン(都合よすぎだろ)




でも、



否定しきれない。




さっき机に置かれた、



あの一瞬の距離。




触れてないのに、



やけに残ってる。




レン(普通ってなんだよ)




考えようとして、



途中でやめる。




どうせ答えは出ない。





一方で、



ユイも、



前を向いたまま、



少しだけ意識していた。




ユイ(今、見てるでしょ)




なんとなく分かる。




振り返らない。




でも、



少しだけ姿勢を正す。




ユイ(なんで気にしてんの)




自分で、



ちょっとだけ笑いそうになる。




ユイ(普通じゃん、これ)




そう思った瞬間、



さっきの会話がよぎる。




“普通は無理”




ユイ(……無理か)




小さく息を吐く。





チャイムが鳴る。




授業が終わる。




ざわざわと、



教室が一気にほどける。




レンは立ち上がる。




軽く伸びをして、



ユイの席の方を見る。




ユイも、



ちょうど立ち上がったところ。




一瞬だけ、



目が合う。




ユイ「……帰る?」




レン「そのつもり」




ユイ「じゃあ」




ユイは、



カバンを持って、



少しだけ近づく。




昨日より、



ほんの少しだけ遠くて、



でも、



昼よりは近い。




レン「……それ?」




ユイ「うん」




ユイ「調整中」




レン「適当すぎるだろ」




ユイ「いいの」




ユイ「名前ないし」




またそれだ、と、



レンは小さく笑う。





ふたりは教室を出る。




廊下は、



帰りの空気で少し騒がしい。




友達の声、



笑い声、



足音。




その中で、



ふたりの距離だけが、



少しだけ浮いている。




並んで歩く。




肩は触れない。



でも、



離れてもいない。




レン「……なあ」




ユイ「ん?」




レン「これさ」




ユイ「うん」




レン「誰かに見られたらどう思うんだろうな」




ユイ「え」




少しだけ考える。




ユイ「微妙じゃない?」




レン「微妙?」




ユイ「仲いいのか微妙な距離の人たち」




レン「一番説明めんどいな」




ユイ「でしょ」





ふたりで笑う。




ユイ「でもさ」




レン「ん」




ユイ「それでいいかも」




レン「なにが」




ユイ「分かりにくいくらいで」




レンは少しだけ、



その言葉を噛みしめる。




レン「……確かに」




レン「分かりやすいとさ」




ユイ「うん」




レン「なんか、決まっちゃうしな」




ユイ「それ」




ユイ「今はまだ嫌」





少しだけ、



足並みが揃う。




意識してないのに、



同じタイミングで歩く。





階段を降りる。




一段ずつ、



距離も一緒に降りていくみたいに。




ユイ「……ねえ」




レン「ん?」




ユイ「もしさ」




ユイ「このまま続いたら」




レン「うん」




ユイ「どうなると思う?」




レンは、



少しだけ間を置く。




レン「……知らん」




ユイ「なにそれ」




レン「だって」




レン「名前ないんだろ」




ユイ「まあね」




レン「じゃあ決まってない」




ユイは、



その答えを聞いて、



少しだけ目を細める。




ユイ「……それもいいか」





昇降口に着く。




外の光が、



少しだけ眩しい。




靴を履き替える。




自然と、



また隣に立つ。




ユイ「じゃあ」




レン「ん」




ユイ「帰ろ」




レン「おう」




扉を開ける。




外の空気が流れ込む。




昨日と同じ道。



でも、



少し違う距離。




触れないまま、



選び続ける距離。




それはまだ、



名前を持たないまま、



少しずつだけ、



確かな形になり始めていた。

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