まだ名前のない距離 71 触れないまま選んだ距離が、少しずつ輪郭を持ちはじめる昼
昼休みは、
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思ったよりも、
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あっさり始まった。
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周りの席が動いて、
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椅子の音が重なる。
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レンは机に突っ伏す。
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レン「……眠い」
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ユイ「絶対それ嘘でしょ」
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レン「半分本当」
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ユイ「半分は?」
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レン「……考えすぎ」
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ユイ「やっぱりじゃん」
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少しだけ笑う。
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ユイ「はい、パン」
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机の上に、
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コンビニの袋が置かれる。
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レン「サンキュ」
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レンは起き上がって、
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袋を開ける。
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ユイはその様子を、
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なんとなく見ている。
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レン「……なに」
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ユイ「別に」
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ユイ「ちゃんと食べるなーって」
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レン「食うだろ普通」
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ユイ「昨日は?」
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レン「……あー」
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一瞬だけ止まる。
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ユイ「ほら」
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レン「……昨日は例外」
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ユイ「なにそれ」
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少しだけ沈黙。
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でも、
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気まずさは、
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どこかやわらいでいる。
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レン「……なあ」
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ユイ「ん?」
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レン「さっきの続きだけど」
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ユイ「どれ」
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レン「帰りのやつ」
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ユイ「うん」
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レン「普通ってさ」
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レン「どこまで普通?」
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ユイ「え、なにそれ」
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ユイ「哲学?」
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レン「ちげぇよ」
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レン「例えば」
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少しだけ言葉を探す。
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レン「……距離、とか」
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ユイ「距離?」
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レン「うん」
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ユイは一瞬だけ、
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昨日のことを思い出す。
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ユイ「……あー」
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ユイ「そこね」
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少しだけ視線を逸らす。
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ユイ「普通はさ」
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ユイ「触らない距離じゃない?」
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レン「……だよな」
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ユイ「でも」
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レン「でも?」
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ユイ「昨日やっちゃったから」
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レン「言い方」
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ユイ「だってそうじゃん」
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ユイは少しだけ笑う。
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ユイ「戻すの、ちょっと変じゃない?」
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レン「……まあ」
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レン「急に離れるのもな」
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また少しだけ沈黙。
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ユイ「……じゃあさ」
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レン「ん」
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ユイ「その中間にしよ」
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レン「中間?」
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ユイ「触れないけど」
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ユイ「近いまま」
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レン「……なんだそれ」
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ユイ「名前のないやつ」
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レンは少しだけ笑う。
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レン「雑だな」
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ユイ「いいじゃん」
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ユイ「今それしかないし」
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レンはパンを一口かじる。
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少しだけ考えて、
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小さくうなずく。
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レン「……じゃあそれで」
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ユイ「決まりね」
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その瞬間、
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誰かの声が割り込む。
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友達「ユイー、一緒に食べよー」
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ユイ「んー、ごめん今ここ」
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友達「え、珍し」
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ちらっとレンを見る。
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友達「へー」
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意味ありげな笑い。
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レン「……なんだよ」
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ユイ「気にしないで」
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ユイ「こういうのすぐ察するから」
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レン「察すなよ」
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ユイ「無理」
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またふたりで小さく笑う。
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昼休みの終わりが近づく。
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ざわめきが少しずつ戻ってくる。
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ユイ「……ねえ」
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レン「ん」
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ユイ「今日さ」
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ユイ「ほんとに“普通”でいけると思う?」
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レンは少しだけ考える。
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レン「……無理じゃね」
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ユイ「だよね」
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ユイ「私も思った」
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ふたりは同時に、
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少しだけ息を吐く。
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ユイ「でもさ」
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レン「ん?」
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ユイ「無理って分かってる普通って」
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ユイ「ちょっとだけ楽しくない?」
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レン「……それは」
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レン「ちょっと分かる」
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チャイムが鳴る。
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次の時間が始まる。
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ユイは立ち上がって、
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少しだけ離れる。
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でも、
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ほんの一瞬だけ、
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レンの机に指先を置く。
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触れるか触れないかの、
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ぎりぎり。
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レン「……おい」
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ユイ「なに」
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レン「それ」
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ユイ「中間距離」
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悪びれもなく笑う。
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レン「ずるいだろ」
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ユイ「いいの」
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ユイ「名前ないから」
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そう言って、
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ユイは自分の席に戻る。
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触れていないのに、
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確かに残る感触。
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“普通”にしようとするほど、
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少しだけ逸れていく距離。
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でもそのズレが、
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ふたりを同じ方向に引いていた。
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名前のない距離は、
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少しだけ形を持ち始めていた。




