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83/85

まだ名前のない距離 71 触れないまま選んだ距離が、少しずつ輪郭を持ちはじめる昼

昼休みは、


◇


思ったよりも、


◇


あっさり始まった。


◇


◇


周りの席が動いて、


◇


椅子の音が重なる。


◇


◇


レンは机に突っ伏す。


◇


◇


レン「……眠い」


◇


◇


ユイ「絶対それ嘘でしょ」


◇


◇


レン「半分本当」


◇


◇


ユイ「半分は?」


◇


◇


レン「……考えすぎ」


◇


◇


ユイ「やっぱりじゃん」


◇


◇


少しだけ笑う。


◇


◇


ユイ「はい、パン」


◇


◇


机の上に、


◇


コンビニの袋が置かれる。


◇


◇


レン「サンキュ」


◇


◇


レンは起き上がって、


◇


袋を開ける。


◇


◇


ユイはその様子を、


◇


なんとなく見ている。


◇


◇


レン「……なに」


◇


◇


ユイ「別に」


◇


◇


ユイ「ちゃんと食べるなーって」


◇


◇


レン「食うだろ普通」


◇


◇


ユイ「昨日は?」


◇


◇


レン「……あー」


◇


◇


一瞬だけ止まる。


◇


◇


ユイ「ほら」


◇


◇


レン「……昨日は例外」


◇


◇


ユイ「なにそれ」


◇


◇


◇


少しだけ沈黙。


◇


◇


でも、


◇


気まずさは、


◇


どこかやわらいでいる。


◇


◇


レン「……なあ」


◇


◇


ユイ「ん?」


◇


◇


レン「さっきの続きだけど」


◇


◇


ユイ「どれ」


◇


◇


レン「帰りのやつ」


◇


◇


ユイ「うん」


◇


◇


レン「普通ってさ」


◇


◇


レン「どこまで普通?」


◇


◇


ユイ「え、なにそれ」


◇


◇


ユイ「哲学?」


◇


◇


レン「ちげぇよ」


◇


◇


レン「例えば」


◇


◇


少しだけ言葉を探す。


◇


◇


レン「……距離、とか」


◇


◇


ユイ「距離?」


◇


◇


レン「うん」


◇


◇


ユイは一瞬だけ、


◇


昨日のことを思い出す。


◇


◇


ユイ「……あー」


◇


◇


ユイ「そこね」


◇


◇


◇


少しだけ視線を逸らす。


◇


◇


ユイ「普通はさ」


◇


◇


ユイ「触らない距離じゃない?」


◇


◇


レン「……だよな」


◇


◇


ユイ「でも」


◇


◇


レン「でも?」


◇


◇


ユイ「昨日やっちゃったから」


◇


◇


レン「言い方」


◇


◇


ユイ「だってそうじゃん」


◇


◇


◇


ユイは少しだけ笑う。


◇


◇


ユイ「戻すの、ちょっと変じゃない?」


◇


◇


レン「……まあ」


◇


◇


レン「急に離れるのもな」


◇


◇


◇


また少しだけ沈黙。


◇


◇


ユイ「……じゃあさ」


◇


◇


レン「ん」


◇


◇


ユイ「その中間にしよ」


◇


◇


レン「中間?」


◇


◇


ユイ「触れないけど」


◇


◇


ユイ「近いまま」


◇


◇


レン「……なんだそれ」


◇


◇


ユイ「名前のないやつ」


◇


◇


◇


レンは少しだけ笑う。


◇


◇


レン「雑だな」


◇


◇


ユイ「いいじゃん」


◇


◇


ユイ「今それしかないし」


◇


◇


◇


レンはパンを一口かじる。


◇


◇


少しだけ考えて、


◇


小さくうなずく。


◇


◇


レン「……じゃあそれで」


◇


◇


ユイ「決まりね」


◇


◇


◇


その瞬間、


◇


誰かの声が割り込む。


◇


◇


友達「ユイー、一緒に食べよー」


◇


◇


ユイ「んー、ごめん今ここ」


◇


◇


友達「え、珍し」


◇


◇


ちらっとレンを見る。


◇


◇


友達「へー」


◇


◇


意味ありげな笑い。


◇


◇


レン「……なんだよ」


◇


◇


ユイ「気にしないで」


◇


◇


ユイ「こういうのすぐ察するから」


◇


◇


レン「察すなよ」


◇


◇


ユイ「無理」


◇


◇


◇


またふたりで小さく笑う。


◇


◇


◇


昼休みの終わりが近づく。


◇


◇


ざわめきが少しずつ戻ってくる。


◇


◇


ユイ「……ねえ」


◇


◇


レン「ん」


◇


◇


ユイ「今日さ」


◇


◇


ユイ「ほんとに“普通”でいけると思う?」


◇


◇


レンは少しだけ考える。


◇


◇


レン「……無理じゃね」


◇


◇


ユイ「だよね」


◇


◇


ユイ「私も思った」


◇


◇


◇


ふたりは同時に、


◇


少しだけ息を吐く。


◇


◇


ユイ「でもさ」


◇


◇


レン「ん?」


◇


◇


ユイ「無理って分かってる普通って」


◇


◇


ユイ「ちょっとだけ楽しくない?」


◇


◇


レン「……それは」


◇


◇


レン「ちょっと分かる」


◇


◇


◇


チャイムが鳴る。


◇


◇


次の時間が始まる。


◇


◇


ユイは立ち上がって、


◇


少しだけ離れる。


◇


◇


でも、


◇


ほんの一瞬だけ、


◇


レンの机に指先を置く。


◇


◇


触れるか触れないかの、


◇


ぎりぎり。


◇


◇


レン「……おい」


◇


◇


ユイ「なに」


◇


◇


レン「それ」


◇


◇


ユイ「中間距離」


◇


◇


◇


悪びれもなく笑う。


◇


◇


レン「ずるいだろ」


◇


◇


ユイ「いいの」


◇


◇


ユイ「名前ないから」


◇


◇


◇


そう言って、


◇


ユイは自分の席に戻る。


◇


◇


◇


触れていないのに、


◇


確かに残る感触。


◇


◇


“普通”にしようとするほど、


◇


少しだけ逸れていく距離。


◇


◇


でもそのズレが、


◇


ふたりを同じ方向に引いていた。


◇


◇


名前のない距離は、


◇


少しだけ形を持ち始めていた。

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