まだ名前のない距離 70 触れなかった距離が、逆に近く感じてしまう朝の続き
教室は、
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いつも通りのざわめきで、
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ふたりを迎えた。
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レンは席に座る。
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カバンを置いて、
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机に肘をつく。
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レン「……はぁ」
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ユイ「なにそのため息」
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すぐ隣から声。
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レン「いや別に」
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ユイ「別にじゃないでしょ」
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ユイ「顔に出てる」
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レン「出してねぇよ」
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ユイ「出てるって」
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少しだけ笑う。
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レン「……お前は普通だな」
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ユイ「何それ」
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ユイ「普通って約束したじゃん」
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レン「いや、そうだけどさ」
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レン「なんか、普通すぎて逆に変」
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ユイ「なにそれ」
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ユイ「めんどくさ」
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でも声は少しだけやわらかい。
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チャイムが鳴る。
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先生が入ってくる。
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日常が、
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強制的に流れ始める。
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授業中、
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レンは黒板を見ているふりをする。
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でも頭の中は、
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昨日のまま止まっていた。
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レン(……なんなんだよあれ)
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レン(手、繋いだだけだろ)
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レン(なのに)
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視線が、
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勝手に横へいく。
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ユイはノートを取っている。
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何もなかったみたいに、
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ちゃんとしている。
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レン(ほんとに気にしてないのかよ)
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その瞬間、
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ユイがふと顔を上げる。
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目が合う。
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一秒。
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ユイ「……なに」
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小さく口だけ動く。
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レン「いや」
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すぐ逸らす。
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ユイは少しだけ目を細める。
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ユイ(絶対なんかある)
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ユイ(わかりやす)
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でも、
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それ以上は何も言わない。
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授業が終わる。
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一気に教室がゆるむ。
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ユイ「ねえ」
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レン「ん」
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ユイ「さっきのなに」
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レン「なにが」
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ユイ「見てたじゃん」
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レン「見てねぇよ」
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ユイ「見てたって」
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レン「……たまたまだろ」
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ユイ「ふーん」
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少しだけ近づく。
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ユイ「じゃあさ」
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レン「ん?」
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ユイ「今、見てよ」
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レン「は?」
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ユイはそのまま、
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じっとレンを見る。
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逃げ場がない距離。
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レン「……いや無理」
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ユイ「なんで」
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レン「なんか無理」
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ユイ「意味わかんない」
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少しだけ沈黙。
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でも、
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距離はそのまま。
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ユイ「……昨日のせい?」
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レン「っ」
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一瞬だけ詰まる。
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レン「……別に」
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ユイ「嘘」
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ユイは少しだけ視線を落とす。
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ユイ「私もだから」
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レン「……え」
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ユイ「なんかさ」
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ユイ「変に意識する」
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レン「……だよな」
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小さく笑う。
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レン「やっぱおかしいよな」
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ユイ「おかしいっていうか」
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ユイ「おかしくされた」
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レン「人のせいにすんな」
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ユイ「レンのせいじゃん」
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レン「お前もだろ」
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ふたり同時に、
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少しだけ笑う。
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その笑いのあと、
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また少しだけ静かになる。
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ユイ「……ねえ」
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レン「ん」
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ユイ「今日さ」
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ユイ「帰り、どうする?」
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レンは少し考える。
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昨日と同じ言葉が、
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喉まで出かけて、
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止まる。
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レン「……普通でいいんじゃね」
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ユイ「普通ってなに」
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レン「一緒に帰るやつ」
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ユイ「それ普通なの?」
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レン「今まではな」
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ユイは少しだけ考える。
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ユイ「……じゃあ」
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ユイ「今日も普通ね」
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レン「……ああ」
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でも、
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その“普通”は、
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もう昨日までと同じじゃない。
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チャイムがまた鳴る。
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次の授業が始まる。
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ふたりは少しだけ距離を戻す。
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でも、
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完全には戻らない。
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触れていないのに、
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昨日より近い。
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名前のない距離は、
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まだ言葉を持たないまま、
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確かにそこにあり続けていた。




