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82/85

まだ名前のない距離 70 触れなかった距離が、逆に近く感じてしまう朝の続き

教室は、


◇


いつも通りのざわめきで、


◇


ふたりを迎えた。


◇


◇


レンは席に座る。


◇


カバンを置いて、


◇


机に肘をつく。


◇


◇


レン「……はぁ」


◇


◇


ユイ「なにそのため息」


◇


◇


すぐ隣から声。


◇


◇


レン「いや別に」


◇


◇


ユイ「別にじゃないでしょ」


◇


◇


ユイ「顔に出てる」


◇


◇


レン「出してねぇよ」


◇


◇


ユイ「出てるって」


◇


◇


少しだけ笑う。


◇


◇


レン「……お前は普通だな」


◇


◇


ユイ「何それ」


◇


◇


ユイ「普通って約束したじゃん」


◇


◇


レン「いや、そうだけどさ」


◇


◇


レン「なんか、普通すぎて逆に変」


◇


◇


◇


ユイ「なにそれ」


◇


◇


ユイ「めんどくさ」


◇


◇


でも声は少しだけやわらかい。


◇


◇


◇


チャイムが鳴る。


◇


◇


先生が入ってくる。


◇


◇


日常が、


◇


強制的に流れ始める。


◇


◇


◇


授業中、


◇


レンは黒板を見ているふりをする。


◇


◇


でも頭の中は、


◇


昨日のまま止まっていた。


◇


◇


レン(……なんなんだよあれ)


◇


◇


レン(手、繋いだだけだろ)


◇


◇


レン(なのに)


◇


◇


視線が、


◇


勝手に横へいく。


◇


◇


ユイはノートを取っている。


◇


◇


何もなかったみたいに、


◇


ちゃんとしている。


◇


◇


レン(ほんとに気にしてないのかよ)


◇


◇


◇


その瞬間、


◇


ユイがふと顔を上げる。


◇


◇


目が合う。


◇


◇


一秒。


◇


◇


ユイ「……なに」


◇


◇


小さく口だけ動く。


◇


◇


レン「いや」


◇


◇


すぐ逸らす。


◇


◇


◇


ユイは少しだけ目を細める。


◇


◇


ユイ(絶対なんかある)


◇


◇


ユイ(わかりやす)


◇


◇


でも、


◇


それ以上は何も言わない。


◇


◇


◇


授業が終わる。


◇


◇


一気に教室がゆるむ。


◇


◇


ユイ「ねえ」


◇


◇


レン「ん」


◇


◇


ユイ「さっきのなに」


◇


◇


レン「なにが」


◇


◇


ユイ「見てたじゃん」


◇


◇


レン「見てねぇよ」


◇


◇


ユイ「見てたって」


◇


◇


レン「……たまたまだろ」


◇


◇


◇


ユイ「ふーん」


◇


◇


少しだけ近づく。


◇


◇


ユイ「じゃあさ」


◇


◇


レン「ん?」


◇


◇


ユイ「今、見てよ」


◇


◇


レン「は?」


◇


◇


◇


ユイはそのまま、


◇


じっとレンを見る。


◇


◇


逃げ場がない距離。


◇


◇


レン「……いや無理」


◇


◇


ユイ「なんで」


◇


◇


レン「なんか無理」


◇


◇


ユイ「意味わかんない」


◇


◇


◇


少しだけ沈黙。


◇


◇


でも、


◇


距離はそのまま。


◇


◇


◇


ユイ「……昨日のせい?」


◇


◇


レン「っ」


◇


◇


一瞬だけ詰まる。


◇


◇


レン「……別に」


◇


◇


ユイ「嘘」


◇


◇


◇


ユイは少しだけ視線を落とす。


◇


◇


ユイ「私もだから」


◇


◇


レン「……え」


◇


◇


ユイ「なんかさ」


◇


◇


ユイ「変に意識する」


◇


◇


◇


レン「……だよな」


◇


◇


小さく笑う。


◇


◇


レン「やっぱおかしいよな」


◇


◇


ユイ「おかしいっていうか」


◇


◇


ユイ「おかしくされた」


◇


◇


レン「人のせいにすんな」


◇


◇


ユイ「レンのせいじゃん」


◇


◇


レン「お前もだろ」


◇


◇


◇


ふたり同時に、


◇


少しだけ笑う。


◇


◇


◇


その笑いのあと、


◇


また少しだけ静かになる。


◇


◇


ユイ「……ねえ」


◇


◇


レン「ん」


◇


◇


ユイ「今日さ」


◇


◇


ユイ「帰り、どうする?」


◇


◇


◇


レンは少し考える。


◇


◇


昨日と同じ言葉が、


◇


喉まで出かけて、


◇


止まる。


◇


◇


レン「……普通でいいんじゃね」


◇


◇


ユイ「普通ってなに」


◇


◇


レン「一緒に帰るやつ」


◇


◇


ユイ「それ普通なの?」


◇


◇


レン「今まではな」


◇


◇


◇


ユイは少しだけ考える。


◇


◇


ユイ「……じゃあ」


◇


◇


ユイ「今日も普通ね」


◇


◇


レン「……ああ」


◇


◇


◇


でも、


◇


その“普通”は、


◇


もう昨日までと同じじゃない。


◇


◇


◇


チャイムがまた鳴る。


◇


◇


次の授業が始まる。


◇


◇


ふたりは少しだけ距離を戻す。


◇


◇


でも、


◇


完全には戻らない。


◇


◇


◇


触れていないのに、


◇


昨日より近い。


◇


◇


名前のない距離は、


◇


まだ言葉を持たないまま、


◇


確かにそこにあり続けていた。

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