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まだ名前のない距離 68 ほどけたあとに残る温度だけが少し遅れてついてくる夜

夜の風は、



さっきよりも、



少しだけ冷たくなっていた。




レン「……」




歩き出したはずの足が、



一度だけ止まる。




レン「……変だな」




小さく、



誰にも届かない声。




レン「離れたのに」



レン「まだ残ってる」




ポケットに手を入れる。




そこにはもう、



繋いだ感触はないはずなのに。




それでも、



指先だけが少し落ち着かない。




レン「……はぁ」




ため息が白くなるほどではない夜。




そのまま歩き出す。





一方その頃、



ユイの足音もまた、



同じようにゆっくりだった。




ユイ「……なにあれ」




小さく笑って、



でもすぐに消える。




ユイ「手、あったかすぎでしょ」




誰に言うでもなく、



空に投げるみたいに。




ユイ「ずるいじゃん」




少しだけ、



目を伏せる。




ユイ「普通に帰れなくなるやつ」





街灯の下で、



影がゆっくり伸びていく。




ユイ「……明日」




立ち止まる。




ユイ「普通に来いって言ってたな」




少しだけ間。




ユイ「普通ってなに」





その問いに、



答える人はいない。





レンの家の前、



ユイの家の前、



それぞれの“いつもの場所”が近づいていく。




でも今日は、



いつもと少しだけ違う。




戻っているのに、



戻りきらない感覚。





レン「……明日」




レンは小さく呟く。




レン「普通に、か」




少しだけ笑う。




レン「無理言うなよ」




でも、



その声は嫌じゃなかった。





ユイの部屋の明かりがつく。




レンの部屋のカーテンが閉まる。




同じ夜なのに、



別々の静けさ。





ユイ「……おかしいな」




ベッドに座って、



天井を見上げる。




ユイ「ただ手繋いだだけなのに」




ユイ「なんでこんな残るの」





レンもまた、



同じように天井を見ている。




レン「……あいつ」




レン「笑い方、下手だったな」




少しだけ、



口元が緩む。




レン「でも、まぁ」




レン「悪くなかった」





時計の針が進む音だけが、



部屋に残る。





そして、



同じ頃。




ユイ「明日さ」




小さく声に出す。




ユイ「ちゃんと普通にできるかな」





レン「……できるだろ」




誰もいないのに、



そう答えるみたいに。





でもふたりとも、



わかっている。




“普通”は、



たぶん今日より少しだけ難しい。





それでも、



明日は来る。




同じように歩いて、



同じように会って、



同じように笑うための明日。





名前のないままの距離は、



消えずに、



ただ形だけを変えて、



ふたりの中に残っていた。

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