まだ名前のない距離 68 ほどけたあとに残る温度だけが少し遅れてついてくる夜
夜の風は、
◇
さっきよりも、
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少しだけ冷たくなっていた。
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◇
レン「……」
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歩き出したはずの足が、
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一度だけ止まる。
◇
◇
レン「……変だな」
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◇
小さく、
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誰にも届かない声。
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◇
レン「離れたのに」
◇
レン「まだ残ってる」
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◇
ポケットに手を入れる。
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◇
そこにはもう、
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繋いだ感触はないはずなのに。
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◇
それでも、
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指先だけが少し落ち着かない。
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◇
レン「……はぁ」
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◇
ため息が白くなるほどではない夜。
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◇
そのまま歩き出す。
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◇
◇
一方その頃、
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ユイの足音もまた、
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同じようにゆっくりだった。
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◇
ユイ「……なにあれ」
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◇
小さく笑って、
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でもすぐに消える。
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ユイ「手、あったかすぎでしょ」
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誰に言うでもなく、
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空に投げるみたいに。
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◇
ユイ「ずるいじゃん」
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◇
少しだけ、
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目を伏せる。
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◇
ユイ「普通に帰れなくなるやつ」
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◇
◇
街灯の下で、
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影がゆっくり伸びていく。
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◇
ユイ「……明日」
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◇
立ち止まる。
◇
◇
ユイ「普通に来いって言ってたな」
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少しだけ間。
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◇
ユイ「普通ってなに」
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◇
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その問いに、
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答える人はいない。
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◇
レンの家の前、
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ユイの家の前、
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それぞれの“いつもの場所”が近づいていく。
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◇
でも今日は、
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いつもと少しだけ違う。
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戻っているのに、
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戻りきらない感覚。
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◇
◇
レン「……明日」
◇
◇
レンは小さく呟く。
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◇
レン「普通に、か」
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◇
少しだけ笑う。
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◇
レン「無理言うなよ」
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でも、
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その声は嫌じゃなかった。
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ユイの部屋の明かりがつく。
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◇
レンの部屋のカーテンが閉まる。
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◇
同じ夜なのに、
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別々の静けさ。
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◇
◇
ユイ「……おかしいな」
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ベッドに座って、
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天井を見上げる。
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◇
ユイ「ただ手繋いだだけなのに」
◇
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ユイ「なんでこんな残るの」
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◇
◇
レンもまた、
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同じように天井を見ている。
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◇
レン「……あいつ」
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◇
レン「笑い方、下手だったな」
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少しだけ、
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口元が緩む。
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レン「でも、まぁ」
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レン「悪くなかった」
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時計の針が進む音だけが、
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部屋に残る。
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◇
◇
そして、
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同じ頃。
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◇
ユイ「明日さ」
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小さく声に出す。
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◇
ユイ「ちゃんと普通にできるかな」
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◇
◇
レン「……できるだろ」
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誰もいないのに、
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そう答えるみたいに。
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◇
◇
でもふたりとも、
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わかっている。
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◇
“普通”は、
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たぶん今日より少しだけ難しい。
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◇
◇
それでも、
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明日は来る。
◇
◇
同じように歩いて、
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同じように会って、
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同じように笑うための明日。
◇
◇
◇
名前のないままの距離は、
◇
消えずに、
◇
ただ形だけを変えて、
◇
ふたりの中に残っていた。




