まだ名前のない距離 65 触れたまま、言葉にしないほうが近くなる夜の続き
夜の道は、
◇
さっきよりも、
◇
少しだけ、
◇
やさしくなっていた。
◇
◇
ユイ「ねえ」
◇
レン「ん」
◇
ユイ「さっきの“了解”ってさ」
◇
レン「うん」
◇
ユイ「軽く言ったでしょ」
◇
レン「いや、ちゃんと考えて言ったけど」
◇
ユイ「ほんとに?」
◇
レン「ほんとに」
◇
◇
ユイ、少しだけ疑うように見上げる。
◇
◇
ユイ「だってさ」
◇
ユイ「絶対離さないでって言って」
◇
ユイ「でも離してって言って」
◇
ユイ「意味わかんないじゃん」
◇
レン「わかってるよ」
◇
ユイ「じゃあなんで“了解”なの」
◇
◇
レン、少しだけ考えて、
◇
静かに答える。
◇
◇
レン「その時のユイに合わせるってことだよ」
◇
ユイ「……なにそれ」
◇
レン「今は離さない」
◇
レン「でも、その時が来たら無理に繋がない」
◇
◇
ユイ、少しだけ言葉を失う。
◇
◇
ユイ「それさ」
◇
ユイ「優しいのか残酷なのか分かんない」
◇
レン「どっちでもいいんじゃないか」
◇
ユイ「よくない」
◇
ユイ「ちゃんと決めたい」
◇
◇
レン「決められるならな」
◇
ユイ「……決めたいの」
◇
レン「なんで」
◇
ユイ「安心したいから」
◇
◇
少しだけ、
◇
風が吹く。
◇
◇
レン「安心ってさ」
◇
ユイ「うん」
◇
レン「決めたら手に入るもんじゃないだろ」
◇
◇
ユイ、少しだけ視線を逸らす。
◇
◇
ユイ「そうだけど」
◇
ユイ「でも欲しいじゃん」
◇
レン「欲しいな」
◇
ユイ「でしょ」
◇
◇
レン、少しだけ笑う。
◇
◇
レン「じゃあさ」
◇
ユイ「うん」
◇
レン「今だけはあるってことでいいだろ」
◇
◇
ユイ、少しだけ立ち止まりそうになって、
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でも止まらない。
◇
◇
ユイ「今だけって」
◇
ユイ「ずるい言い方ばっかり」
◇
レン「でも本当だろ」
◇
ユイ「……うん」
◇
◇
ユイの手が、
◇
また少しだけ強くなる。
◇
◇
ユイ「今はある」
◇
レン「ある」
◇
ユイ「じゃあそれでいい」
◇
◇
レン「いいのか」
◇
ユイ「うん」
◇
ユイ「今はね」
◇
◇
少しだけ、
◇
ふたりの距離が近づく。
◇
◇
ユイ「ねえレン」
◇
レン「ん」
◇
ユイ「さっきさ」
◇
レン「うん」
◇
ユイ「どこでも行けるって言ったじゃん」
◇
レン「言ったな」
◇
ユイ「あれ」
◇
ユイ「嘘じゃないよね」
◇
レン「嘘つく理由あるか?」
◇
ユイ「ないけど」
◇
◇
ユイ、少しだけ笑って、
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少しだけ不安そうに続ける。
◇
◇
ユイ「でもさ」
◇
ユイ「ほんとに行けちゃったら」
◇
ユイ「戻れないよ?」
◇
レン「戻る気あるのか?」
◇
ユイ「……少しは」
◇
レン「じゃあ大丈夫だろ」
◇
ユイ「なにが」
◇
レン「戻りたくなったら戻ればいい」
◇
ユイ「そんな簡単じゃないよ」
◇
レン「簡単じゃないな」
◇
◇
少しだけ間。
◇
◇
レン「でも」
◇
ユイ「うん」
◇
レン「一人じゃないなら、ちょっとは簡単になる」
◇
◇
ユイ、ゆっくりと息を吐く。
◇
◇
ユイ「……ほんとさ」
◇
ユイ「そういうことばっかり言う」
◇
レン「嫌か?」
◇
ユイ「嫌じゃない」
◇
ユイ「むしろ困る」
◇
レン「なんで」
◇
ユイ「離れにくくなるから」
◇
◇
レン、少しだけ黙る。
◇
◇
レン「じゃあ離れる前提なんだな」
◇
ユイ「……未来の話ね」
◇
レン「今は?」
◇
◇
ユイ、少しだけ笑って、
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レンの手を引く。
◇
◇
ユイ「今は」
◇
ユイ「離れる理由ない」
◇
◇
レン「だな」
◇
◇
また歩き出すリズムが、
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ぴったり揃う。
◇
◇
ユイ「ねえ」
◇
レン「ん」
◇
ユイ「このままさ」
◇
レン「うん」
◇
ユイ「ほんとに朝まで歩いたらどうする?」
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レン「学校遅刻だな」
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ユイ「現実的」
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レン「大事だろ」
◇
ユイ「ロマンない」
◇
レン「あるだろ」
◇
ユイ「どこに」
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レン「一緒に遅刻するところ」
◇
◇
ユイ、吹き出す。
◇
◇
ユイ「それロマンなの?」
◇
レン「たぶんな」
◇
ユイ「基準おかしい」
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◇
でも、
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笑いながら、
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少しだけ寄りかかる。
◇
◇
ユイ「……でも」
◇
レン「ん」
◇
ユイ「それも悪くないかも」
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レン「だろ」
◇
◇
夜はまだ、
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終わらない。
◇
◇
ユイ「ねえレン」
◇
レン「ん」
◇
ユイ「もしさ」
◇
レン「うん」
◇
ユイ「この夜が終わったら」
◇
◇
レン「うん」
◇
ユイ「ちゃんと続くかな」
◇
◇
レン、少しだけ考えて、
◇
◇
レン「続けるだろ」
◇
ユイ「どうやって」
◇
レン「今みたいに」
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ユイ「今って」
◇
レン「決めないまま」
◇
◇
ユイ、静かに頷く。
◇
◇
ユイ「……そっか」
◇
◇
そして、
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ほんの少しだけ、
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声を落とす。
◇
◇
ユイ「じゃあさ」
◇
レン「ん」
◇
ユイ「明日も」
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ユイ「“今”のままでいよ」
◇
◇
レン、少しだけ笑う。
◇
◇
レン「難しいな」
◇
ユイ「でしょ」
◇
レン「でも」
◇
◇
手を、
◇
もう一度しっかり握る。
◇
◇
レン「やるか」
◇
◇
ユイ「うん」
◇
◇
その約束も、
◇
名前はない。
◇
でも、
◇
確かに交わされている。
◇
◇
夜の中で、
◇
ふたりだけが知っている形で。
◇
◇
変わっていくことも、
◇
変わらないことも、
◇
どちらも否定しないまま、
◇
ただ隣にいることを選び続ける。
◇
◇
まだ名前のない距離は、
◇
少しずつ、
◇
でも確実に、
◇
深くなっていく。




