まだ名前のない距離 60 触れたまま、言わなくていい本音が増えていく夜の続き
夜の道は、
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さっきよりも、
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ほんの少しだけ近く感じられた。
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街灯の光が、
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ゆっくりと背中に落ちる。
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レンの影と、
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ユイの影が、
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ときどき重なる。
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ユイ「ねえ」
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レン「ん」
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ユイ「今さ」
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レン「うん」
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ユイ「たぶん、前より近いよね」
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レン「……どうだろうな」
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ユイ「はぐらかした」
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レン「事実だろ」
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ユイ「そういうのじゃなくて」
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ユイ「ちゃんと“うん”って言ってほしい」
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レン、少しだけ間を置く。
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◇
レン「……うん」
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ユイ、満足そうに小さく息を吐く。
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◇
ユイ「ほら」
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レン「何が“ほら”だよ」
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ユイ「今のが欲しかった」
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レン「めんどくさいな」
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ユイ「また言った」
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レン「事実だろ」
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少しだけ笑いが混ざる。
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夜の空気が、
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ほんの少しだけ柔らかくなる。
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ユイ「ねえ」
◇
レン「ん」
◇
ユイ「もしさ」
◇
レン「うん」
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ユイ「このまま普通に歩いて帰ったら」
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レン「うん」
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ユイ「明日、また同じ感じになるのかな」
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レン、少しだけ視線を落とす。
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レン「同じっていうか」
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レン「少しずつ変わるんじゃないか」
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ユイ「少しずつ?」
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レン「いきなりは変わらない」
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レン「こういうのは」
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ユイ「……怖いね」
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レン「何が」
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ユイ「気づいたら戻れなくなってるの」
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レンは一瞬だけ足を止める。
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ユイも、それに合わせて止まる。
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レン「戻る必要あるか?」
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ユイ、少しだけ目を見開く。
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ユイ「それ、ずるい」
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レン「何が」
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ユイ「答えになってない」
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レン「答えだよ」
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沈黙。
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でもその沈黙は、
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さっきよりも優しい。
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ユイ「……じゃあさ」
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レン「うん」
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ユイ「戻れなくてもいいってこと?」
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レン、少しだけ息を吸う。
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レン「いいとか悪いとかじゃない」
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レン「ただ」
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レン「戻るって選択肢を、今はあんまり考えてない」
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ユイ、ゆっくりと視線を落とす。
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ユイ「……そっか」
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そして、小さく笑う。
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ユイ「ほんと、ずるい」
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レン「まだ言うか」
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ユイ「だって」
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ユイ「ちゃんと逃げ道残してるように見えて」
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ユイ「実はもう、ほとんど残ってない」
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レン「勝手に決めるな」
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ユイ「でも感じるもん」
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また歩き出す。
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今度は、
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さっきより自然に並んでいる。
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ユイ「ねえ」
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レン「ん」
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ユイ「手、さ」
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レン「……何」
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ユイ「今日、まだちゃんと触れてないよね」
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レンの歩幅が、
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ほんの少しだけ乱れる。
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レン「今さらだろ」
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ユイ「今さらとか言わないで」
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ユイ「そういうの、今さらじゃなくて今なんだよ」
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レン、少しだけ黙る。
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ユイは、
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その沈黙を急かさない。
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ただ横にいるだけ。
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やがてレンが、
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小さく息を吐く。
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レン「……冷たいぞ」
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ユイ「うん」
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ユイ「でも、たぶんちょうどいい」
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そっと、
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指先が触れる。
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今度は、離れない。
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ユイ「……ね」
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レン「ん」
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ユイ「これも途中?」
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レンは少しだけ空を見て、
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小さく答える。
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レン「ああ」
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レン「まだ途中だ」
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夜は続く。
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名前を持たないまま、
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でも確かに、
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ふたりの形をしていく。




