まだ名前のない距離 58 こぼれそうな言葉を、あえて拾わないままの夜
夜の空気は、
◇
さっきよりも、
◇
少しだけ深くなっていた。
◇
◇
街灯が、
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ふたりをやわらかく照らす。
◇
◇
ユイの肩は、
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もう完全にレンに預けられている。
◇
◇
ユイ「……ねえ」
◇
レン「ん」
◇
ユイ「静かだね」
◇
レン「そうだな」
◇
ユイ「さっきまで、あんなに話してたのに」
◇
レン「話しすぎたんだろ」
◇
ユイ「それもあるけど」
◇
ユイ「……今は別に、話さなくてもいい感じ」
◇
レン「……わかる」
◇
◇
言葉がなくても、
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離れない距離。
◇
◇
ユイの指が、
◇
また少しだけ動く。
◇
◇
絡めたまま、
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確かめるみたいに。
◇
◇
ユイ「……ねえ」
◇
レン「うん」
◇
ユイ「これさ」
◇
レン「うん」
◇
ユイ「いつもみたいに戻ると思う?」
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◇
レン、少しだけ考える。
◇
◇
レン「戻らないだろ」
◇
ユイ「……即答」
◇
レン「戻れるなら」
◇
レン「たぶん、もう戻ってる」
◇
ユイ「……そっか」
◇
◇
ユイ、少しだけ笑う。
◇
◇
ユイ「じゃあさ」
◇
レン「うん」
◇
ユイ「変わったってことだよね」
◇
レン「……ああ」
◇
ユイ「私たち」
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レン「そうだな」
◇
◇
ほんの少しだけ、
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言葉が重くなる。
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◇
ユイ「……怖くない?」
◇
レン「何が」
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ユイ「こういうの」
◇
レン「……」
◇
ユイ「戻れないのって」
◇
◇
レン、少しだけ視線を落とす。
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◇
レン「怖くないって言ったら嘘になる」
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ユイ「……やっぱり」
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レン「でも」
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ユイ「うん」
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レン「嫌じゃない」
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ユイ、少しだけ息を止める。
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◇
ユイ「……それ」
◇
レン「うん」
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ユイ「ずるい答え」
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レン「なんでだよ」
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ユイ「だって」
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ユイ「同じこと思ってたから」
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◇
少しだけ、
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ふたりで笑う。
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◇
でも、
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そのあとすぐに、
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また静かになる。
◇
◇
ユイ「……ねえ」
◇
レン「ん」
◇
ユイ「一個だけ、いい?」
◇
レン「いいよ」
◇
ユイ「その」
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ユイ「“名前ないまま”のやつ」
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レン「うん」
◇
ユイ「ルール、決めない?」
◇
レン「……ルール?」
◇
ユイ「うん」
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ユイ「曖昧なままでもいいけど」
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ユイ「ひとつくらい、あってもいいかなって」
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◇
レン、少しだけ考える。
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◇
レン「例えば?」
◇
ユイ「……例えば」
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◇
ユイ、少しだけ迷って、
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でもそのまま続ける。
◇
◇
ユイ「どっちかが、嫌になったら」
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ユイ「ちゃんと言う」
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◇
空気が、
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ほんの少しだけ張る。
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◇
レン「……」
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ユイ「ごまかさないで」
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ユイ「ちゃんと」
◇
◇
レン、ゆっくりうなずく。
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◇
レン「ああ」
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レン「それは、必要だな」
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ユイ「……うん」
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少しだけ安心したみたいに、
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ユイの力が抜ける。
◇
◇
レン「じゃあ、もう一個いいか」
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ユイ「なに」
◇
レン「今みたいに」
◇
ユイ「うん」
◇
レン「触れてるときは」
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レン「無理しない」
◇
ユイ「……無理?」
◇
レン「嫌なら、ちゃんと離す」
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レン「我慢しない」
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◇
ユイ、少しだけ目を瞬かせる。
◇
◇
ユイ「……それも」
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ユイ「いいね」
◇
レン「だろ」
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◇
ユイの指が、
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少しだけ緩んで、
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でもすぐにまた戻る。
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◇
ユイ「……今は、大丈夫」
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レン「……そっか」
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◇
その言葉は、
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確認であり、
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許可でもある。
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◇
ユイ「ねえ」
◇
レン「ん」
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ユイ「なんかさ」
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レン「うん」
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ユイ「名前つけない方が」
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ユイ「大事にできる気がする」
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レン「……」
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ユイ「決めちゃうと」
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ユイ「安心しすぎるかも」
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レン「ありえるな」
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レン、少しだけ笑う。
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◇
レン「じゃあしばらくは」
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レン「このままでいくか」
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ユイ「うん」
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ユイ「“このまま”」
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言葉にすると、
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少しだけくすぐったい。
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ユイ「……ねえ」
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レン「ん」
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ユイ「今日さ」
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レン「うん」
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ユイ「帰りたくないって言ったら」
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◇
ほんの少し、
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間。
◇
◇
レン「……どうする」
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ユイ「また質問で返した」
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レン「さっきも言っただろ」
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レン「答えは一緒だ」
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◇
ユイ、少しだけ笑って、
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目を閉じる。
◇
◇
ユイ「……じゃあ」
◇
レン「うん」
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ユイ「もう少しだけ」
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レン「……ああ」
◇
◇
時間が、
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ゆっくり伸びていく。
◇
◇
名前はまだない。
◇
◇
けれど、
◇
離れる理由も、
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もうどこにもなかった。




