まだ名前のない距離 57 名前を持たないまま、少しだけ踏み込んでしまう夜の入口
夕暮れは、
◇
気づかないうちに、
◇
夜に近づいていた。
◇
◇
公園の空気は、
◇
昼よりも静かで、
◇
どこかだけ、やわらかい。
◇
◇
ユイ「……暗くなってきたね」
◇
レン「そうだな」
◇
ユイ「帰る?」
◇
レン「……どうする」
◇
ユイ「質問で返した」
◇
レン「そっちが先に聞いた」
◇
ユイ「ずる」
◇
◇
少しだけ笑う。
◇
◇
でも、
◇
立ち上がる気配はまだない。
◇
◇
ユイ「……ねえ」
◇
レン「ん」
◇
ユイ「さっきさ」
◇
レン「うん」
◇
ユイ「“離す気ない”って言ったじゃん」
◇
レン「……言ったな」
◇
ユイ「今も?」
◇
◇
ほんの一瞬、
◇
間があく。
◇
◇
レン「今も」
◇
ユイ「……そっか」
◇
◇
ユイの肩が、
◇
ほんの少しだけ寄る。
◇
◇
触れる面積が、
◇
さっきより増える。
◇
◇
ユイ「……あのさ」
◇
レン「うん」
◇
ユイ「確認なんだけど」
◇
レン「なんだ」
◇
ユイ「これってさ」
◇
レン「うん」
◇
ユイ「どっちから始まったと思う?」
◇
レン「……急に難しいな」
◇
ユイ「大事じゃない?」
◇
レン「大事かもしれないけど」
◇
レン「正解ないだろ」
◇
ユイ「……それはそう」
◇
◇
少しだけ、
◇
考える沈黙。
◇
◇
ユイ「じゃあさ」
◇
レン「うん」
◇
ユイ「どっちが先に気づいたと思う?」
◇
レン「……」
◇
◇
レン、少しだけ息を吐く。
◇
◇
レン「ユイじゃないか」
◇
ユイ「え」
◇
レン「たぶん」
◇
ユイ「なんで」
◇
レン「俺は」
◇
レン「こうなるまで、ちゃんと考えてなかった」
◇
ユイ「……」
◇
レン「気づいたときには」
◇
レン「もう今みたいになってた」
◇
◇
ユイ、少しだけ黙る。
◇
◇
ユイ「……それ、ずるくない?」
◇
レン「なんでだよ」
◇
ユイ「だってさ」
◇
ユイ「こっちは途中でいっぱい考えてたのに」
◇
レン「……そうなのか」
◇
ユイ「そうだよ」
◇
ユイ「何回も“これどうなんだろ”って思って」
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ユイ「でも嫌じゃなくて」
◇
ユイ「むしろ、ちょっと嬉しくて」
◇
レン「……」
◇
ユイ「だから余計に」
◇
ユイ「わかんなくなってた」
◇
◇
レン、少しだけ視線を上げる。
◇
◇
レン「じゃあ」
◇
ユイ「うん」
◇
レン「先に気づいたのはユイで」
◇
レン「追いついたのが俺か」
◇
ユイ「……たぶん」
◇
◇
ほんの少しだけ、
◇
照れた空気。
◇
◇
レン「それなら」
◇
ユイ「うん」
◇
レン「ちょうどいいな」
◇
ユイ「何が」
◇
レン「どっちかだけじゃない」
◇
レン「ちゃんと、同じとこにいる」
◇
◇
ユイ、少しだけ息を止める。
◇
◇
ユイ「……それ」
◇
レン「うん」
◇
ユイ「結構いいこと言ってる」
◇
レン「さっきからそうだろ」
◇
ユイ「自覚あるんだ」
◇
レン「たまにはな」
◇
◇
ふたり、笑う。
◇
◇
でもそのあと、
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少しだけ静かになる。
◇
◇
ユイ「……ねえ」
◇
レン「ん」
◇
ユイ「じゃあさ」
◇
レン「うん」
◇
ユイ「これってさ」
◇
レン「うん」
◇
ユイ「もう、“ただの友達”ではないよね」
◇
◇
今度は、
◇
レンが黙る番。
◇
◇
レン「……まあ」
◇
ユイ「まあって」
◇
レン「違うな」
◇
ユイ「……」
◇
レン「さすがに、もう」
◇
◇
ユイの指が、
◇
少しだけ強くなる。
◇
◇
ユイ「……そっか」
◇
レン「うん」
◇
ユイ「じゃあ」
◇
レン「うん」
◇
ユイ「やっぱり名前いるんじゃない?」
◇
レン「またそこに戻るのか」
◇
ユイ「戻る」
◇
レン「……」
◇
◇
レン、少しだけ考える。
◇
◇
レン「じゃあ」
◇
ユイ「うん」
◇
レン「ひとつだけ条件」
◇
ユイ「なに」
◇
レン「今決めてもいいけど」
◇
レン「あとで変えてもいい」
◇
ユイ「……なにそれ」
◇
レン「固定しない」
◇
レン「今の気分でいい」
◇
ユイ「……」
◇
◇
ユイ、少しだけ考えて、
◇
すぐに小さく笑う。
◇
◇
ユイ「それ、レンっぽい」
◇
レン「そうか」
◇
ユイ「うん」
◇
ユイ「じゃあ、それでいい」
◇
レン「了解」
◇
◇
ほんの少しだけ、
◇
空気が張る。
◇
◇
ユイ「……じゃあ」
◇
レン「うん」
◇
ユイ「今の私たちって」
◇
レン「……」
◇
ユイ「なんて言う?」
◇
◇
短い沈黙。
◇
◇
レン「……」
◇
ユイ「……」
◇
◇
レン、ゆっくり息を吐く。
◇
◇
レン「……まだ名前のないまま、でいいんじゃないか」
◇
ユイ「え」
◇
レン「今だけのやつ」
◇
レン「ちゃんとあるけど」
◇
レン「まだ決めない状態」
◇
◇
ユイ、少しだけ目を丸くして、
◇
すぐに笑う。
◇
◇
ユイ「……なにそれ」
◇
レン「ダメか」
◇
ユイ「ダメじゃない」
◇
ユイ「むしろ」
◇
ユイ「それが一番しっくりくるかも」
◇
レン「だろ」
◇
◇
ユイの肩が、
◇
完全に寄りかかる。
◇
◇
ユイ「……ねえ」
◇
レン「ん」
◇
ユイ「これさ」
◇
レン「うん」
◇
ユイ「いつまで“名前ないまま”でいられるかな」
◇
レン「……さあな」
◇
ユイ「すぐ変わると思う?」
◇
レン「変わるかもしれないし」
◇
レン「変わらないかもしれない」
◇
ユイ「曖昧」
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レン「でも」
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ユイ「うん」
◇
レン「どっちでもいいだろ」
◇
◇
ユイ、少しだけ目を閉じる。
◇
◇
ユイ「……うん」
◇
ユイ「今は、それでいい」
◇
◇
夜が、
◇
静かに降りてくる。
◇
◇
ベンチの距離は、
◇
もう測れないくらい近い。
◇
◇
名前はまだない。
◇
◇
けれど、
◇
ふたりはもう、
◇
同じ場所に立っている。




