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まだ名前のない距離 57 名前を持たないまま、少しだけ踏み込んでしまう夜の入口

夕暮れは、



気づかないうちに、



夜に近づいていた。




公園の空気は、



昼よりも静かで、



どこかだけ、やわらかい。




ユイ「……暗くなってきたね」



レン「そうだな」



ユイ「帰る?」



レン「……どうする」



ユイ「質問で返した」



レン「そっちが先に聞いた」



ユイ「ずる」




少しだけ笑う。




でも、



立ち上がる気配はまだない。




ユイ「……ねえ」



レン「ん」



ユイ「さっきさ」



レン「うん」



ユイ「“離す気ない”って言ったじゃん」



レン「……言ったな」



ユイ「今も?」




ほんの一瞬、



間があく。




レン「今も」



ユイ「……そっか」




ユイの肩が、



ほんの少しだけ寄る。




触れる面積が、



さっきより増える。




ユイ「……あのさ」



レン「うん」



ユイ「確認なんだけど」



レン「なんだ」



ユイ「これってさ」



レン「うん」



ユイ「どっちから始まったと思う?」



レン「……急に難しいな」



ユイ「大事じゃない?」



レン「大事かもしれないけど」



レン「正解ないだろ」



ユイ「……それはそう」




少しだけ、



考える沈黙。




ユイ「じゃあさ」



レン「うん」



ユイ「どっちが先に気づいたと思う?」



レン「……」




レン、少しだけ息を吐く。




レン「ユイじゃないか」



ユイ「え」



レン「たぶん」



ユイ「なんで」



レン「俺は」



レン「こうなるまで、ちゃんと考えてなかった」



ユイ「……」



レン「気づいたときには」



レン「もう今みたいになってた」




ユイ、少しだけ黙る。




ユイ「……それ、ずるくない?」



レン「なんでだよ」



ユイ「だってさ」



ユイ「こっちは途中でいっぱい考えてたのに」



レン「……そうなのか」



ユイ「そうだよ」



ユイ「何回も“これどうなんだろ”って思って」



ユイ「でも嫌じゃなくて」



ユイ「むしろ、ちょっと嬉しくて」



レン「……」



ユイ「だから余計に」



ユイ「わかんなくなってた」




レン、少しだけ視線を上げる。




レン「じゃあ」



ユイ「うん」



レン「先に気づいたのはユイで」



レン「追いついたのが俺か」



ユイ「……たぶん」




ほんの少しだけ、



照れた空気。




レン「それなら」



ユイ「うん」



レン「ちょうどいいな」



ユイ「何が」



レン「どっちかだけじゃない」



レン「ちゃんと、同じとこにいる」




ユイ、少しだけ息を止める。




ユイ「……それ」



レン「うん」



ユイ「結構いいこと言ってる」



レン「さっきからそうだろ」



ユイ「自覚あるんだ」



レン「たまにはな」




ふたり、笑う。




でもそのあと、



少しだけ静かになる。




ユイ「……ねえ」



レン「ん」



ユイ「じゃあさ」



レン「うん」



ユイ「これってさ」



レン「うん」



ユイ「もう、“ただの友達”ではないよね」




今度は、



レンが黙る番。




レン「……まあ」



ユイ「まあって」



レン「違うな」



ユイ「……」



レン「さすがに、もう」




ユイの指が、



少しだけ強くなる。




ユイ「……そっか」



レン「うん」



ユイ「じゃあ」



レン「うん」



ユイ「やっぱり名前いるんじゃない?」



レン「またそこに戻るのか」



ユイ「戻る」



レン「……」




レン、少しだけ考える。




レン「じゃあ」



ユイ「うん」



レン「ひとつだけ条件」



ユイ「なに」



レン「今決めてもいいけど」



レン「あとで変えてもいい」



ユイ「……なにそれ」



レン「固定しない」



レン「今の気分でいい」



ユイ「……」




ユイ、少しだけ考えて、



すぐに小さく笑う。




ユイ「それ、レンっぽい」



レン「そうか」



ユイ「うん」



ユイ「じゃあ、それでいい」



レン「了解」




ほんの少しだけ、



空気が張る。




ユイ「……じゃあ」



レン「うん」



ユイ「今の私たちって」



レン「……」



ユイ「なんて言う?」




短い沈黙。




レン「……」



ユイ「……」




レン、ゆっくり息を吐く。




レン「……まだ名前のないまま、でいいんじゃないか」



ユイ「え」



レン「今だけのやつ」



レン「ちゃんとあるけど」



レン「まだ決めない状態」




ユイ、少しだけ目を丸くして、



すぐに笑う。




ユイ「……なにそれ」



レン「ダメか」



ユイ「ダメじゃない」



ユイ「むしろ」



ユイ「それが一番しっくりくるかも」



レン「だろ」




ユイの肩が、



完全に寄りかかる。




ユイ「……ねえ」



レン「ん」



ユイ「これさ」



レン「うん」



ユイ「いつまで“名前ないまま”でいられるかな」



レン「……さあな」



ユイ「すぐ変わると思う?」



レン「変わるかもしれないし」



レン「変わらないかもしれない」



ユイ「曖昧」



レン「でも」



ユイ「うん」



レン「どっちでもいいだろ」




ユイ、少しだけ目を閉じる。




ユイ「……うん」



ユイ「今は、それでいい」




夜が、



静かに降りてくる。




ベンチの距離は、



もう測れないくらい近い。




名前はまだない。




けれど、



ふたりはもう、



同じ場所に立っている。

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