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まだ名前のない距離 56 言葉にしないまま、確かめてしまう温度の理由

夕方の光は、



さっきよりも、



少しだけ色を濃くしていた。




歩く速度は、



自然と同じになる。




手は、



もう迷わず繋がっている。




ユイ「……ねえ」



レン「ん」



ユイ「これさ」



レン「うん」



ユイ「いつからこうなったんだろ」



レン「……どれ」



ユイ「この感じ」



レン「ざっくりしてるな」



ユイ「伝わるでしょ」



レン「……まあ、なんとなく」




少し考える。




レン「屋上じゃないか」



ユイ「やっぱり?」



レン「たぶんあそこだな」



ユイ「……そっか」




ユイの指が、



ほんの少しだけ強くなる。




ユイ「じゃあさ」



レン「うん」



ユイ「戻ったら戻る?」



レン「……戻らないだろ」



ユイ「だよね」




少し笑う。




ユイ「なんかさ」



レン「うん」



ユイ「怖くはないんだけど」



レン「うん」



ユイ「ちょっとだけ、変な感じ」



レン「変って?」



ユイ「前と同じじゃないのに」



ユイ「ちゃんと嫌じゃないっていうか」



レン「……ああ」




レン、少しだけ視線を落とす。




レン「それ、たぶん」



ユイ「うん」



レン「変わったってことだろ」



ユイ「……やっぱり?」



レン「いい意味でな」



ユイ「いい意味限定なんだ」



レン「悪い意味でこうはならない」



ユイ「……そっか」




少しだけ、沈黙。




でも、



さっきまでの沈黙とは違う。




ユイ「……ねえ、レン」



レン「ん」



ユイ「もしさ」



レン「うん」



ユイ「これ、名前つけるとしたら」



レン「……急だな」



ユイ「気になるじゃん」



レン「……」




レン、少しだけ困る。




レン「まだいいんじゃないか」



ユイ「なんで」



レン「今つけたら」



レン「たぶん、それに引っ張られる」



ユイ「……ああ」



レン「今のままのほうが」



レン「自由に変われるだろ」




ユイ、少しだけ目を細める。




ユイ「……それ、ずるい」



レン「なんでだよ」



ユイ「ちゃんとしたこと言ってるのに」



ユイ「逃げてる感じもする」



レン「……否定はしない」



ユイ「するんだ」



レン「でも」



ユイ「うん」



レン「今、離す気はない」




ほんの一瞬、



空気が止まる。




ユイ「……うん」




ユイの手が、



少しだけ握り返す。




ユイ「じゃあそれでいいや」



レン「いいのか」



ユイ「うん」



ユイ「名前ないほうがさ」



ユイ「特別っぽいし」



レン「発想が逆だな」



ユイ「いいの」




笑う。




道は、



少しだけ開ける。




小さな公園が見える。




ユイ「……あ」



レン「ん?」



ユイ「寄る?」



レン「さっき言ってたやつか」



ユイ「そう」



レン「いいな」




足を止める。




でも、



手は離れない。




ユイ「……ねえ」



レン「うん」



ユイ「ここでさ」



レン「うん」



ユイ「少しだけ、座ろ」



レン「了解」




ベンチに座る。




距離は、



歩いていたときより、



少しだけ近い。




ユイ「……なんかさ」



レン「うん」



ユイ「さっきまでより」



ユイ「落ち着くね」



レン「……それはある」



ユイ「なんでだろ」



レン「動いてないからじゃないか」



ユイ「そんな単純?」



レン「単純なこと多いだろ」



ユイ「……まあね」




少しだけ、



肩が触れる。




どちらも、



離さない。




ユイ「……ねえ」



レン「ん」



ユイ「さっきの続き」



レン「どれ」



ユイ「名前の話」



レン「まだやるのか」



ユイ「やる」



レン「……はい」



ユイ「もしさ」



レン「うん」



ユイ「誰かに聞かれたらどうする?」



レン「……何を」



ユイ「“ふたりどういう関係?”って」




レン、少しだけ黙る。




レン「……そのとき考える」



ユイ「またそれ」



レン「今決める必要ないだろ」



ユイ「……まあね」




ユイ、少しだけ笑う。




ユイ「でもさ」



レン「うん」



ユイ「そのとき、ちゃんと答えてね」



レン「……逃げると思ってる?」



ユイ「ちょっとだけ」



レン「ひどいな」



ユイ「だってさっき認めてたじゃん」



レン「……それはそう」




ふたり、笑う。




その笑いは、



もう朝とは全然違う。




ユイ「……ね」



レン「ん」



ユイ「まだ時間あるよね」



レン「あるな」



ユイ「じゃあさ」



レン「うん」



ユイ「もう少しだけ、このままいよ」



レン「……いいな」




沈みかけた光が、



ふたりを包む。




名前はまだない。




でも、



たしかにここにあるものは、



もう、



ただの“距離”じゃない。

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