まだ名前のない距離 55 ほどけたあとで、もう一度触れたくなる放課後
放課後の光は、
◇
昼よりも、
◇
少しだけやわらかかった。
◇
◇
チャイムの余韻が、
◇
教室の奥に残っている。
◇
◇
ユイ「……終わった」
◇
レン「終わったな」
◇
ユイ「今日の授業、何やったっけ」
◇
レン「覚えてないのかよ」
◇
ユイ「半分くらい」
◇
レン「半分は覚えてんだな」
◇
ユイ「もう半分はさ」
◇
レン「うん」
◇
ユイ「別のことで埋まってた」
◇
レン「……だろうな」
◇
◇
視線が、
◇
一瞬だけ重なる。
◇
◇
すぐに逸らす。
◇
でも、
◇
完全には逸れきらない。
◇
◇
ユイ「……行こっか」
◇
レン「おう」
◇
◇
立ち上がるタイミングが、
◇
ほぼ同時。
◇
◇
ユイ「合わせた?」
◇
レン「偶然」
◇
ユイ「ほんとに?」
◇
レン「たぶん」
◇
ユイ「曖昧」
◇
レン「そっちもだろ」
◇
ユイ「……否定できない」
◇
◇
笑う。
◇
◇
でも、
◇
朝よりも、
◇
少しだけ近い笑い方。
◇
◇
教室を出る。
◇
◇
人の流れに混ざる。
◇
◇
ユイ「……ねえ」
◇
レン「ん」
◇
ユイ「遠回りするんだよね」
◇
レン「そのつもり」
◇
ユイ「どっち行く?」
◇
レン「任せる」
◇
ユイ「丸投げきた」
◇
レン「今日言い出したのそっちだし」
◇
ユイ「責任重大だ」
◇
レン「期待してる」
◇
ユイ「プレッシャーかけるな」
◇
◇
昇降口。
◇
◇
靴を履き替える。
◇
◇
ユイ「……」
◇
レン「……」
◇
◇
さっき、
◇
ほどけた指先を、
◇
お互い、
◇
少しだけ意識している。
◇
◇
ユイ「……さ」
◇
レン「うん」
◇
ユイ「外出たらさ」
◇
レン「うん」
◇
ユイ「どうする?」
◇
レン「どうするって」
◇
ユイ「……その」
◇
レン「……ああ」
◇
◇
少しの沈黙。
◇
◇
レン「人多いとこはやめとくか」
◇
ユイ「……だね」
◇
レン「裏の道行く?」
◇
ユイ「それがいい」
◇
◇
扉を押す。
◇
◇
外の空気。
◇
少しだけ、
◇
夕方の匂い。
◇
◇
歩き出す。
◇
◇
最初は、
◇
ほんの少しだけ距離がある。
◇
◇
ユイ「……なんかさ」
◇
レン「うん」
◇
ユイ「逆に変に意識するね」
◇
レン「わかる」
◇
ユイ「さっきまで普通に繋いでたのに」
◇
レン「場所変わるとこうなる」
◇
ユイ「環境って怖い」
◇
レン「屋上強すぎたな」
◇
ユイ「ほんとそれ」
◇
◇
少し歩く。
◇
◇
人通りが減る。
◇
◇
ユイ「……今なら」
◇
レン「……ああ」
◇
◇
タイミングが、
◇
また、
◇
ぴったり重なる。
◇
◇
ユイの指が、
◇
少しだけ動く。
◇
◇
レンの手の甲に、
◇
触れるか触れないか。
◇
◇
ユイ「……いい?」
◇
レン「聞くのかよ」
◇
ユイ「一応」
◇
レン「……いいに決まってる」
◇
ユイ「……そっか」
◇
◇
今度は、
◇
ゆっくり、
◇
確かめるみたいに、
◇
指が重なる。
◇
◇
さっきより、
◇
少しだけ自然で、
◇
少しだけ意識的。
◇
◇
レン「……戻ってきたな」
◇
ユイ「うん」
◇
ユイ「でもさっきと違う」
◇
レン「どこが」
◇
ユイ「今のほうが」
◇
ユイ「ちゃんと選んでる感じする」
◇
レン「……それはある」
◇
◇
握る。
◇
◇
今度は、
◇
最初から、
◇
ほどけない前提みたいに。
◇
◇
ユイ「……ねえ」
◇
レン「ん」
◇
ユイ「遠く行くってさ」
◇
レン「うん」
◇
ユイ「どこまで行けると思う?」
◇
レン「時間的に?」
◇
ユイ「それもあるけど」
◇
レン「……気分的に?」
◇
ユイ「そう」
◇
◇
少しだけ考える。
◇
◇
レン「帰らなきゃいけないとこまでは」
◇
ユイ「……なにそれ」
◇
レン「限界あるってこと」
◇
ユイ「夢ない」
◇
レン「現実的」
◇
ユイ「でも」
◇
レン「うん」
◇
ユイ「その“限界まで”ってさ」
◇
ユイ「結構遠いよね」
◇
レン「……まあな」
◇
◇
足並みが揃う。
◇
◇
ユイ「じゃあさ」
◇
レン「うん」
◇
ユイ「今日は、そのギリギリまで行こ」
◇
レン「……了解」
◇
◇
少しだけ、
◇
握る力が強くなる。
◇
◇
ユイ「あとさ」
◇
レン「まだあるのか」
◇
ユイ「ある」
◇
レン「どうぞ」
◇
ユイ「途中でさ」
◇
レン「うん」
◇
ユイ「どっか寄ろ」
◇
レン「どこに」
◇
ユイ「決めてない」
◇
レン「また丸投げ」
◇
ユイ「一緒に決めるのがいいの」
◇
レン「……それはわかる」
◇
◇
笑う。
◇
◇
そのまま、
◇
歩き続ける。
◇
◇
夕方の光が、
◇
ふたりの影を、
◇
少しだけ長くする。
◇
◇
ユイ「……ねえ」
◇
レン「ん」
◇
ユイ「さっきより」
◇
レン「うん」
◇
ユイ「ちゃんと繋いでるね」
◇
レン「最初からそうだろ」
◇
ユイ「違うよ」
◇
レン「どこが」
◇
ユイ「さっきは」
◇
ユイ「ほどけないように、だった」
◇
レン「……今は?」
◇
ユイ「……離したくない、かな」
◇
◇
ほんの一瞬、
◇
沈黙。
◇
◇
レン「……同じだな」
◇
ユイ「……うん」
◇
◇
夕方は、
◇
まだ終わらない。
◇
◇
ふたりの距離も、
◇
まだ、
◇
名前を持たないまま、
◇
少しずつ形を変えていく。




