『秘密の温度』
昼休み。
いつも通りのはずなのに、やっぱりどこか落ち着かない。
ユイは普通に友達と話してるし、笑ってるし、
朝のあの“間”なんてなかったみたいに振る舞っている。
(……なんなんだよ、あれ)
気にするなって方が無理だ。
「レン、弁当食べないの?」
「……食べる」
声をかけられて、ようやく我に返る。
気づけば、箸を持ったまま止まっていた。
「また考えごと?」
「してねえよ」
「してる顔してる」
「どんな顔だよ」
「こう……ちょっとだけ、寂しそうな顔」
「は?」
思わず顔を上げる。
ユイはニヤッと笑っていた。
「冗談」
「お前な……」
からかわれてるだけだって分かってるのに、
なぜか否定しきれない自分がいる。
「で、なに考えてたの?」
「……言わねえ」
「えー、ケチ」
「お前に言うと面倒になる」
「ひど」
そう言いながらも、ユイは楽しそうだ。
少し身を乗り出してくる。
「ね、ヒントだけ」
「やだ」
「じゃあ当てる」
「やめろ」
「昨日のこと」
「……」
一発で当ててくるのやめろ。
「図星じゃん」
「違う」
「嘘」
「違う」
「じゃあ目見て言って」
「……無理」
「ほらね」
完全に遊ばれてる。
なのに――
嫌じゃない。
むしろ、この距離が少しだけ心地いいと思ってる自分がいる。
「レンさ」
「なんだよ」
少しだけ、声のトーンが落ちる。
「もしさ」
「……」
「本当に来なかったら、どうしてた?」
箸が止まる。
またその話か。
でも今度は、逃げられない感じがした。
「……別に」
「またそれ」
「学校来てなかったら、連絡くらいはするだろ」
「それだけ?」
「それ以上何すんだよ」
少し強めに言うと、
ユイは、ほんの一瞬だけ――寂しそうに笑った。
「そっか」
その一言が、妙に引っかかる。
「……なんだよ、その反応」
「別に?」
「絶対なんかあるだろ」
「ないよ」
「嘘つけ」
「ほんとだって」
軽く流すように言って、
ユイはまたいつもの笑顔に戻る。
「でもさ」
「?」
「レンが来てくれるなら、それでいいや」
「は?」
意味が分からない。
けど――
その言葉だけ、やけにまっすぐで。
「……なんで俺が行く前提なんだよ」
「来るでしょ?」
「……行くけど」
「ほらね」
またそれだ。
でも今度は、少し違った。
「絶対来るって、分かるから」
そう言って笑うユイは、
いつもより少しだけ――
“確信”みたいなものを持っていた。
◇
放課後。
帰り道。
並んで歩く距離は、昨日と同じ。
なのに――
「レン」
「なんだよ」
「ちょっと寄り道しない?」
「どこに」
「秘密」
「またそれかよ」
「いいじゃん」
そう言って、ユイは一歩前に出る。
振り返って、
「来ないの?」
と、いつもの調子で言う。
……だけどその目は、
ほんの少しだけ、期待しているように見えた。
「……行くって言ってんだろ」
「うん」
嬉しそうに笑う。
その笑顔を見た瞬間、
ふと、思ってしまう。
(……こいつ、昨日)
(本当に来ないつもりだったのか?)
答えは分からない。
でも――
もしそうだったとしたら。
俺は、どうしてたんだろうな。
◇
その日。
ユイが連れて行った“寄り道”は――
ただの寄り道なんかじゃなかった。
それが、
二人の関係を少しだけ変えることになるなんて、
この時のレンは、まだ知らない。




