『来なかったら、って言ったのに』
翌朝。
教室に入った瞬間、違和感があった。
……ユイがまだ来ていない。
「珍しいな」
ぼそっと呟く。
いつもなら、俺より先に席にいるのに。
机にカバンを置いて、窓の方を見る。
別に気にするようなことじゃない。
そう思った――はずなのに。
(来なかったら、か……)
昨日の言葉が、頭の奥で引っかかる。
ただの冗談。
ただのタイミングの話。
そう思いたいのに。
「……何考えてんだ、俺」
軽く頭を振った、その時だった。
ガラッ
教室のドアが開く。
「おはよ、レン」
いつも通りの声。
振り向くと――そこにユイがいた。
何事もなかったみたいな顔で。
「遅い」
「ちょっと準備してた」
「ふーん」
「なに、その反応」
笑いながら、自分の席に近づいてくる。
……昨日と同じ距離。
なのに今日は、少しだけ違って見えた。
「ユイ」
「なに?」
「昨日のさ」
「うん」
一瞬だけ、動きが止まる。
「……なんでもない」
「え、気になるんだけど」
「別に」
「うそつき」
即答される。
こいつ、ほんとに容赦ない。
ユイは机に座ると、頬杖をついて俺を見る。
「レンさ」
「なんだよ」
「昨日、ちょっと心配した?」
「してねえ」
「即答遅い」
「……してねえ」
言い直すと、ユイは小さく笑った。
「そっか」
それだけ言って、視線を窓の外に向ける。
その横顔が、少しだけ静かで。
いつもの軽さと、違って見えた。
「……お前さ」
「うん?」
「昨日のやつ、何だったんだよ」
少しだけ、間を置いて。
ユイは、窓の外を見たまま言った。
「秘密」
「は?」
「秘密って言ったら秘密」
「なんだそれ」
「気になるでしょ?」
「……」
気になるに決まってる。
でも、それ以上は言わない。
その代わり――ユイはこっちを見て、いつもの笑顔に戻った。
「ね、レン」
「なんだよ」
「今日も一緒に帰るでしょ?」
「……勝手に決めんな」
「来るでしょ?」
「……行くけど」
「ほらね」
また、即答。
そしてまた、少しだけ腹が立つ。
でも――
昨日よりは、少しだけ自然にそのやり取りを受け入れている自分がいた。
◇
(結局こいつに振り回されてるな)
そう思いながらも。
教室の空気は、いつもより少しだけ軽かった。
そしてレンはまだ知らない。
この“ちょっとした違和感”が、
ただの気まぐれじゃ終わらないことを。




