まだ名前のない距離 53 ほどけないまま、時間だけが進んでいく昼前
授業の声は、
◇
いつも通り、
◇
淡々と流れていた。
◇
◇
黒板の文字も、
◇
ノートの線も、
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何も変わらない。
◇
◇
なのに、
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ひとつだけ違う。
◇
◇
ユイ「……ねえ」
◇
レン「ん」
◇
ユイ「さっきからさ」
◇
レン「うん」
◇
ユイ「集中できてる?」
◇
レン「してるように見えるか?」
◇
ユイ「見えない」
◇
レン「だろうな」
◇
◇
ユイは、
◇
小さく笑う。
◇
◇
ユイ「だよね」
◇
レン「そっちは」
◇
ユイ「無理」
◇
レン「即答かよ」
◇
ユイ「だって」
◇
ユイ「無理なものは無理」
◇
◇
ペンを持つ手が、
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少しだけ止まる。
◇
◇
ユイ「……さっきのせい」
◇
レン「どれ」
◇
ユイ「全部」
◇
レン「雑だな」
◇
ユイ「いいの」
◇
◇
ほんの少し、
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視線が交わる。
◇
◇
すぐに逸らす。
◇
◇
ユイ「……レン」
◇
レン「ん」
◇
ユイ「今日さ」
◇
レン「うん」
◇
ユイ「どこ行くか、ほんとに決めてないの」
◇
レン「知ってる」
◇
ユイ「どうする?」
◇
レン「適当でいいだろ」
◇
ユイ「適当って」
◇
レン「歩いて決める」
◇
ユイ「……それ」
◇
ユイ「ちょっと好きかも」
◇
レン「だろ」
◇
◇
また、
◇
少しだけ笑う。
◇
◇
教室の空気は、
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相変わらずざわついているのに、
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ふたりの周りだけ、
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少し違う温度。
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◇
先生「——そこ、静かに」
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◇
一瞬で、
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現実に引き戻される。
◇
◇
ユイ「……怒られた」
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レン「お前のせい」
◇
ユイ「レンもでしょ」
◇
レン「巻き込まれた」
◇
ユイ「ひど」
◇
◇
でも、
◇
そのやり取りすら、
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どこか軽い。
◇
◇
時間は進む。
◇
◇
ノートは埋まる。
◇
◇
けれど、
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本当に進んでいるのは、
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別のほう。
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◇
昼休み。
◇
◇
チャイムが鳴った瞬間、
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空気が一気に崩れる。
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◇
クラスメイト「弁当食おーぜ」
◇
クラスメイト「購買行くやつー?」
◇
◇
日常の音。
◇
◇
ユイ「……ねえ」
◇
レン「ん」
◇
ユイ「屋上、行かない?」
◇
レン「珍しいな」
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ユイ「たまにはいいでしょ」
◇
レン「まあいいけど」
◇
◇
ふたりは、
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自然に立ち上がる。
◇
◇
誰も特別には見ていない。
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◇
でも、
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なぜか少しだけ、
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背中が意識される。
◇
◇
階段を上る。
◇
◇
ユイ「……なんかさ」
◇
レン「うん」
◇
ユイ「朝より、落ち着いてきた」
◇
レン「そうか?」
◇
ユイ「うん」
◇
ユイ「ちょっとだけね」
◇
◇
屋上のドアの前。
◇
◇
ユイが、
◇
一瞬だけ立ち止まる。
◇
◇
レン「どうした」
◇
ユイ「……いや」
◇
ユイ「なんでもない」
◇
レン「なんだよ」
◇
ユイ「ただ」
◇
ユイ「ちょっとだけ確認」
◇
レン「なにを」
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ユイ「ほんとに続いてるかどうか」
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◇
レンは、
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少しだけ目を細める。
◇
◇
レン「続いてるだろ」
◇
ユイ「……うん」
◇
◇
ゆっくり、
◇
ドアが開く。
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◇
外の光。
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風。
◇
◇
教室とは違う空気。
◇
◇
ユイ「……ねえ」
◇
レン「ん」
◇
ユイ「放課後さ」
◇
レン「うん」
◇
ユイ「ちゃんと、昨日の続きにしよ」
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レン「だからそう言ってるだろ」
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ユイ「うん」
◇
ユイ「でも」
◇
◇
ユイは、
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ほんの少しだけ近づく。
◇
◇
ユイ「昼の続きも、いい?」
◇
レン「……それは」
◇
ユイ「だめ?」
◇
レン「……だめじゃない」
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◇
一瞬、
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風が強く吹く。
◇
◇
その隙に、
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ほんの少しだけ、
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距離が縮まる。
◇
◇
ユイ「……ね」
◇
レン「ん」
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ユイ「さっきの我慢」
◇
レン「うん」
◇
ユイ「ちょっとだけ解除」
◇
レン「早いな」
◇
ユイ「いいの」
◇
ユイ「昼休み限定」
◇
◇
レンは、
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小さく息をつく。
◇
◇
レン「……ほんと、ずるいな」
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ユイ「知ってる」
◇
◇
そして、
◇
ほんの少しだけ。
◇
◇
今度は、
◇
隠さずに。
◇
◇
指先が、
◇
ゆっくりと重なる。
◇
◇
ユイ「……これくらいなら」
◇
レン「授業中より大胆だな」
◇
ユイ「バレないし」
◇
レン「そういう問題か」
◇
ユイ「そういう問題」
◇
◇
風の音。
◇
遠くの声。
◇
◇
でも、
◇
ふたりの間は、
◇
それよりずっと近い。
◇
◇
“続き”は、
◇
もう、
◇
止まらない。
◇
◇
そしてそれは、
◇
放課後へ向かって、
◇
少しずつ、
◇
確かに深くなっていく。




