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まだ名前のない距離 53 ほどけないまま、時間だけが進んでいく昼前

授業の声は、



いつも通り、



淡々と流れていた。




黒板の文字も、



ノートの線も、



何も変わらない。




なのに、



ひとつだけ違う。




ユイ「……ねえ」



レン「ん」



ユイ「さっきからさ」



レン「うん」



ユイ「集中できてる?」



レン「してるように見えるか?」



ユイ「見えない」



レン「だろうな」




ユイは、



小さく笑う。




ユイ「だよね」



レン「そっちは」



ユイ「無理」



レン「即答かよ」



ユイ「だって」



ユイ「無理なものは無理」




ペンを持つ手が、



少しだけ止まる。




ユイ「……さっきのせい」



レン「どれ」



ユイ「全部」



レン「雑だな」



ユイ「いいの」




ほんの少し、



視線が交わる。




すぐに逸らす。




ユイ「……レン」



レン「ん」



ユイ「今日さ」



レン「うん」



ユイ「どこ行くか、ほんとに決めてないの」



レン「知ってる」



ユイ「どうする?」



レン「適当でいいだろ」



ユイ「適当って」



レン「歩いて決める」



ユイ「……それ」



ユイ「ちょっと好きかも」



レン「だろ」




また、



少しだけ笑う。




教室の空気は、



相変わらずざわついているのに、



ふたりの周りだけ、



少し違う温度。




先生「——そこ、静かに」




一瞬で、



現実に引き戻される。




ユイ「……怒られた」



レン「お前のせい」



ユイ「レンもでしょ」



レン「巻き込まれた」



ユイ「ひど」




でも、



そのやり取りすら、



どこか軽い。




時間は進む。




ノートは埋まる。




けれど、



本当に進んでいるのは、



別のほう。




昼休み。




チャイムが鳴った瞬間、



空気が一気に崩れる。




クラスメイト「弁当食おーぜ」



クラスメイト「購買行くやつー?」




日常の音。




ユイ「……ねえ」



レン「ん」



ユイ「屋上、行かない?」



レン「珍しいな」



ユイ「たまにはいいでしょ」



レン「まあいいけど」




ふたりは、



自然に立ち上がる。




誰も特別には見ていない。




でも、



なぜか少しだけ、



背中が意識される。




階段を上る。




ユイ「……なんかさ」



レン「うん」



ユイ「朝より、落ち着いてきた」



レン「そうか?」



ユイ「うん」



ユイ「ちょっとだけね」




屋上のドアの前。




ユイが、



一瞬だけ立ち止まる。




レン「どうした」



ユイ「……いや」



ユイ「なんでもない」



レン「なんだよ」



ユイ「ただ」



ユイ「ちょっとだけ確認」



レン「なにを」



ユイ「ほんとに続いてるかどうか」




レンは、



少しだけ目を細める。




レン「続いてるだろ」



ユイ「……うん」




ゆっくり、



ドアが開く。




外の光。



風。




教室とは違う空気。




ユイ「……ねえ」



レン「ん」



ユイ「放課後さ」



レン「うん」



ユイ「ちゃんと、昨日の続きにしよ」



レン「だからそう言ってるだろ」



ユイ「うん」



ユイ「でも」




ユイは、



ほんの少しだけ近づく。




ユイ「昼の続きも、いい?」



レン「……それは」



ユイ「だめ?」



レン「……だめじゃない」




一瞬、



風が強く吹く。




その隙に、



ほんの少しだけ、



距離が縮まる。




ユイ「……ね」



レン「ん」



ユイ「さっきの我慢」



レン「うん」



ユイ「ちょっとだけ解除」



レン「早いな」



ユイ「いいの」



ユイ「昼休み限定」




レンは、



小さく息をつく。




レン「……ほんと、ずるいな」



ユイ「知ってる」




そして、



ほんの少しだけ。




今度は、



隠さずに。




指先が、



ゆっくりと重なる。




ユイ「……これくらいなら」



レン「授業中より大胆だな」



ユイ「バレないし」



レン「そういう問題か」



ユイ「そういう問題」




風の音。



遠くの声。




でも、



ふたりの間は、



それよりずっと近い。




“続き”は、



もう、



止まらない。




そしてそれは、



放課後へ向かって、



少しずつ、



確かに深くなっていく。

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