まだ名前のない距離 52 近すぎるまま、何も変わらない顔でいること
教室の空気は、
◇
朝の外よりも、
◇
少しだけざわついていた。
◇
◇
ユイ「……やば」
◇
レン「なにが」
◇
ユイ「このまま入るの?」
◇
レン「入るだろ」
◇
ユイ「手」
◇
レン「……ああ」
◇
ふたりは、
◇
同時に、
◇
繋いだままの手を見る。
◇
◇
教室のドアの前。
◇
あと一歩で、
◇
“いつもの日常”の中。
◇
◇
ユイ「……どうする?」
◇
レン「どうしたい」
◇
ユイ「……バレるよ?」
◇
レン「別にいいだろ」
◇
ユイ「よくないでしょ」
◇
レン「なんで」
◇
ユイ「なんか……その……」
◇
ユイ「恥ずかしい」
◇
レン「今さら?」
◇
ユイ「今さらだよ!」
◇
◇
レンは、
◇
少しだけ笑う。
◇
◇
レン「じゃあ離す?」
◇
ユイ「……それもなんかやだ」
◇
レン「わがままだな」
◇
ユイ「うるさい」
◇
◇
一瞬、
◇
沈黙。
◇
◇
ユイ「……ねえ」
◇
レン「ん」
◇
ユイ「入る直前だけ」
◇
レン「うん」
◇
ユイ「ちょっとだけ離して」
◇
レン「……了解」
◇
◇
ほんの少しだけ、
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指がほどける。
◇
◇
でも、
◇
完全には離れない。
◇
◇
指先だけが、
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名残みたいに触れている。
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◇
ユイ「……これずるい」
◇
レン「どっちが」
◇
ユイ「レン」
◇
レン「なんで」
◇
ユイ「離したのに離れてない感じする」
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レン「お前が離してないからだろ」
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ユイ「……あ」
◇
◇
ユイは、
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慌てて手を引っ込める。
◇
◇
ユイ「い、今のなし!」
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レン「はいはい」
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◇
でも、
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そのやり取りのあとも、
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空気は少しだけ甘いまま。
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◇
ガラッ。
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◇
ドアを開ける。
◇
◇
クラスメイト「おはよー」
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ユイ「おはよ」
◇
レン「おはよ」
◇
◇
いつもの声。
◇
いつもの返事。
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◇
なのに、
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どこかだけ違う。
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◇
席に向かって歩く。
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◇
レン「……なあ」
◇
ユイ「ん?」
◇
レン「さっきの続き」
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ユイ「どれ」
◇
レン「放課後」
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ユイ「ああ」
◇
◇
ユイは、
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少しだけ振り返る。
◇
◇
ユイ「ちゃんと覚えてるんだ」
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レン「覚えてるだろ普通」
◇
ユイ「ふーん」
◇
ユイ「じゃあさ」
◇
レン「うん」
◇
ユイ「ちょっとだけ遠く行かない?」
◇
レン「遠く?」
◇
ユイ「うん」
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ユイ「いつもの帰り道じゃなくて」
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レン「……いいけど」
◇
ユイ「ほんと?」
◇
レン「ああ」
◇
◇
ユイは、
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少しだけ嬉しそうに笑う。
◇
◇
ユイ「じゃあ決まり」
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レン「だからどこだよ」
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ユイ「まだ決めてないってば」
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レン「またそれか」
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ユイ「いいの」
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ユイ「今日はそういう日なの」
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レン「どういう日だよ」
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ユイ「なんか……」
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ユイ「昨日の続きみたいな日」
◇
◇
レンは、
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その言葉に、
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少しだけ目を細める。
◇
◇
レン「……じゃあ」
◇
ユイ「うん」
◇
レン「ちゃんと続きにしようぜ」
◇
ユイ「え」
◇
レン「中途半端なの、もったいないだろ」
◇
◇
ユイは、
◇
一瞬だけ黙って、
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それから小さく笑う。
◇
◇
ユイ「……ほんと、そういうとこ」
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レン「なに」
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ユイ「ずるい」
◇
レン「また言ってる」
◇
◇
チャイムが鳴る。
◇
◇
先生の声が、
◇
教室に広がる。
◇
◇
でも、
◇
ふたりの中では、
◇
まだ別の時間が流れている。
◇
◇
ノートを開きながら、
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ふと、
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ユイが小さく呟く。
◇
◇
ユイ「……ねえ」
◇
レン「ん」
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ユイ「さっきの」
◇
レン「うん」
◇
ユイ「放課後まで我慢ね」
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レン「なにを」
◇
ユイ「いろいろ」
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レン「曖昧だな」
◇
ユイ「いいの」
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ユイ「そのほうがドキドキするから」
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◇
レンは、
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少しだけ息をついて、
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それから、
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ほんの少しだけ笑う。
◇
◇
レン「……了解」
◇
◇
視線は前を向いたまま。
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授業は始まっている。
◇
◇
でも、
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机の下で、
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ほんの一瞬だけ。
◇
◇
指先が、
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そっと触れる。
◇
◇
ユイ「……っ」
◇
レン「……」
◇
◇
すぐに離れる。
◇
◇
けれど、
◇
その一瞬だけで、
◇
十分だった。
◇
◇
“続き”は、
◇
ちゃんと、
◇
まだここにある。
◇
◇
そしてそれは、
◇
放課後へと、
◇
静かに繋がっていく。




