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まだ名前のない距離 52 近すぎるまま、何も変わらない顔でいること

教室の空気は、



朝の外よりも、



少しだけざわついていた。




ユイ「……やば」



レン「なにが」



ユイ「このまま入るの?」



レン「入るだろ」



ユイ「手」



レン「……ああ」



ふたりは、



同時に、



繋いだままの手を見る。




教室のドアの前。



あと一歩で、



“いつもの日常”の中。




ユイ「……どうする?」



レン「どうしたい」



ユイ「……バレるよ?」



レン「別にいいだろ」



ユイ「よくないでしょ」



レン「なんで」



ユイ「なんか……その……」



ユイ「恥ずかしい」



レン「今さら?」



ユイ「今さらだよ!」




レンは、



少しだけ笑う。




レン「じゃあ離す?」



ユイ「……それもなんかやだ」



レン「わがままだな」



ユイ「うるさい」




一瞬、



沈黙。




ユイ「……ねえ」



レン「ん」



ユイ「入る直前だけ」



レン「うん」



ユイ「ちょっとだけ離して」



レン「……了解」




ほんの少しだけ、



指がほどける。




でも、



完全には離れない。




指先だけが、



名残みたいに触れている。




ユイ「……これずるい」



レン「どっちが」



ユイ「レン」



レン「なんで」



ユイ「離したのに離れてない感じする」



レン「お前が離してないからだろ」



ユイ「……あ」




ユイは、



慌てて手を引っ込める。




ユイ「い、今のなし!」



レン「はいはい」




でも、



そのやり取りのあとも、



空気は少しだけ甘いまま。




ガラッ。




ドアを開ける。




クラスメイト「おはよー」



ユイ「おはよ」



レン「おはよ」




いつもの声。



いつもの返事。




なのに、



どこかだけ違う。




席に向かって歩く。




レン「……なあ」



ユイ「ん?」



レン「さっきの続き」



ユイ「どれ」



レン「放課後」



ユイ「ああ」




ユイは、



少しだけ振り返る。




ユイ「ちゃんと覚えてるんだ」



レン「覚えてるだろ普通」



ユイ「ふーん」



ユイ「じゃあさ」



レン「うん」



ユイ「ちょっとだけ遠く行かない?」



レン「遠く?」



ユイ「うん」



ユイ「いつもの帰り道じゃなくて」



レン「……いいけど」



ユイ「ほんと?」



レン「ああ」




ユイは、



少しだけ嬉しそうに笑う。




ユイ「じゃあ決まり」



レン「だからどこだよ」



ユイ「まだ決めてないってば」



レン「またそれか」



ユイ「いいの」



ユイ「今日はそういう日なの」



レン「どういう日だよ」



ユイ「なんか……」



ユイ「昨日の続きみたいな日」




レンは、



その言葉に、



少しだけ目を細める。




レン「……じゃあ」



ユイ「うん」



レン「ちゃんと続きにしようぜ」



ユイ「え」



レン「中途半端なの、もったいないだろ」




ユイは、



一瞬だけ黙って、



それから小さく笑う。




ユイ「……ほんと、そういうとこ」



レン「なに」



ユイ「ずるい」



レン「また言ってる」




チャイムが鳴る。




先生の声が、



教室に広がる。




でも、



ふたりの中では、



まだ別の時間が流れている。




ノートを開きながら、



ふと、



ユイが小さく呟く。




ユイ「……ねえ」



レン「ん」



ユイ「さっきの」



レン「うん」



ユイ「放課後まで我慢ね」



レン「なにを」



ユイ「いろいろ」



レン「曖昧だな」



ユイ「いいの」



ユイ「そのほうがドキドキするから」




レンは、



少しだけ息をついて、



それから、



ほんの少しだけ笑う。




レン「……了解」




視線は前を向いたまま。



授業は始まっている。




でも、



机の下で、



ほんの一瞬だけ。




指先が、



そっと触れる。




ユイ「……っ」



レン「……」




すぐに離れる。




けれど、



その一瞬だけで、



十分だった。




“続き”は、



ちゃんと、



まだここにある。




そしてそれは、



放課後へと、



静かに繋がっていく。

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