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63/85

まだ名前のない距離 51 いつも通りのふりが、少しだけ難しい朝

朝の空気は、



夜とは違って、



やけに現実的だった。




でも、



心のどこかは、



まだ昨夜のまま。




ユイ「……おはよ」




レン「おはよ」




声は、



いつも通り。




……のはずなのに、



ほんの少しだけ、



ぎこちない。




ユイ「……寝れた?」




レン「まあ、普通に」




ユイ「そっか」




ユイも、



それ以上は聞かない。




でも、



聞かなくても、



同じことを思っているのは分かる。




“ちゃんと眠れたかどうか”じゃなくて、



“ちゃんと忘れられてないかどうか”。




レン「ユイは?」




ユイ「んー……」




ユイ「ちょっとだけ寝不足」




レン「……だろうな」




ユイ「なにそれ」




レン「顔に出てる」




ユイ「出てないし」




レンは、



少しだけ笑う。




レン「出てるよ」




ユイ「……ほんとに?」




レン「うん」




ユイは、



一瞬だけ視線を逸らす。




ユイ「……じゃあレンのせい」




レン「俺?」




ユイ「うん」




ユイ「変なことするから」




レン「変なことはしてない」




ユイ「してた」




レン「ちゃんとしたことしかしてない」




ユイ「それがずるいの」





一瞬だけ、



沈黙。




でもその沈黙は、



嫌なものじゃない。




むしろ、



ちょっとだけ甘い。




ユイ「……ねえ」




レン「ん」




ユイ「普通に話せてる?」




レン「多分」




ユイ「多分って」




レン「ちょっとだけ意識してる」




ユイ「……同じ」




ユイは、



小さく笑う。




ユイ「なんかさ」




レン「うん」




ユイ「全部、ちょっとだけ変じゃない?」




レン「……わかる」




レン「距離とか」




ユイ「そう」




ユイ「あと、手とか」




レン「……ああ」




ふたりは、



同時に、



一瞬だけ手元を見る。




昨日までは、



“意識して繋いでいた手”。




でも今は、



もう、



自然にそこにある。




ユイ「……離す?」




レン「なんで」




ユイ「いや、なんとなく」




レン「離さなくていいだろ」




ユイ「……だよね」




ユイは、



ほんの少しだけ、



握る力を強くする。




ユイ「なんか安心する」




レン「俺も」





歩き出す。




いつもの道。




いつもの朝。




でも、



少しだけ違う。




ユイ「ねえレン」




レン「ん」




ユイ「さ」




レン「うん」




ユイ「今日、一日どうする?」




レン「学校だけど」




ユイ「そうじゃなくて」




ユイ「そのあと」




レンは、



少しだけ考える。




レン「……特に決めてない」




ユイ「じゃあさ」




レン「うん」




ユイ「どっか寄る?」




レン「いいけど」




ユイ「ほんと?」




レン「断る理由ないし」




ユイ「……そっか」




ユイは、



少しだけ嬉しそうに笑う。




ユイ「じゃあ決まり」




レン「どこ行くんだよ」




ユイ「まだ考えてない」




レン「適当だな」




ユイ「いいの」




ユイ「一緒に考えるのがいいんだから」




レンは、



その言葉に、



少しだけ黙る。




レン「……そうだな」





また少し、



距離が近づく。




無意識に、



肩が触れる。




ユイ「……あ」




レン「ん」




ユイ「今の」




レン「当たったな」




ユイ「……うん」




でも、



どちらも離れない。




それどころか、



少しだけそのままでいる。




ユイ「……慣れるのかな、これ」




レン「どうだろうな」




ユイ「慣れたらさ」




レン「うん」




ユイ「ちょっと寂しいかも」




レン「なんで」




ユイ「今のこの感じ、好きだから」




レンは、



ほんの少しだけ笑う。




レン「じゃあ、慣れないようにするか」




ユイ「なにそれ」




ユイ「無理でしょ」




レン「じゃあ」




レン「慣れても好きなままでいればいい」




ユイは、



一瞬だけ驚いて、



それから、



優しく笑う。




ユイ「……それ、いいね」





朝の光は、



ゆっくりと、



ふたりを照らしていく。




特別なことは、



何も起きていない。




でも、



全部が少しずつ、



変わっている。




“昨日まで”には戻らない。




けれどそれは、



怖いことじゃない。




むしろ、



少しだけ嬉しい。




ふたりの距離は、



今日もまた、



自然に、



近いまま続いていく。

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