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まだ名前のない距離 50 越えないまま、揃いはじめる鼓動

夜の静けさは、



さっきよりも、



少しだけ深くなっていた。




けれど、



ふたりの間には、



もう迷いは多くない。




ユイ「……ねえ」




レン「ん」




ユイ「さっきのさ」




レン「うん」




ユイ「止めたの、ほんとにそれでよかったの?」




レンは、



ほんの少しだけ視線を落として、



考える。




レン「……よかったよ」




ユイ「即答じゃないんだ」




レン「正直だからな」




ユイ「ふふ」




ユイ「私も、ちょっとだけ思った」




レン「なにを」




ユイ「そのままでも、よかったかもって」




レンは、



ゆっくりと息を吸う。




レン「……同じだよ」




ユイ「やっぱり」




ユイは、



少しだけ嬉しそうに、



目を細める。




ユイ「でもさ」




レン「うん」




ユイ「止めた理由も、ちゃんとわかる」




レン「……そっか」




ユイ「雑にしたくなかったんでしょ」




レン「うん」




ユイ「大事にしたいってやつ」




レン「……まあな」




ユイは、



繋いでいる手を、



少しだけ揺らす。




ユイ「じゃあさ」




レン「うん」




ユイ「今も、大事?」




レン「当たり前だろ」




ユイ「今この瞬間も?」




レン「むしろ今が一番だよ」




ユイ「……ずるいなあ」




レン「なんで」




ユイ「ちゃんと嬉しいこと言うから」




レン「思ってることしか言ってない」





少しだけ、



沈黙が落ちる。




でもそれは、



さっきまでの“ためらい”じゃない。




“揃いかけている時間”。




ユイ「ねえ、レン」




レン「ん」




ユイ「顔、上げて」




レンは、



少しだけ驚きながら、



言われた通りにする。




視線が、



真っ直ぐに重なる。




逃げ場のない距離。




ユイ「……近いね」




レン「さっきからな」




ユイ「うん」




ユイ「でもさっきと違う」




レン「どう違う」




ユイ「覚悟、できてる感じ」




レンは、



少しだけ笑う。




レン「そっちも?」




ユイ「うん」




ユイ「逃げないよ」




レン「俺も」





また、



距離が、



わずかに縮まる。




今度は、



止める理由を、



探していない。




ユイ「……ねえ」




レン「ん」




ユイ「今ってさ」




レン「うん」




ユイ「“同時”に近い?」




レンは、



一瞬だけ考えて、



小さく頷く。




レン「かなり」




ユイ「そっか」




ユイは、



目を閉じる。




今度は、



迷いじゃない。




選んで閉じる目。




レンは、



その意味を、



ちゃんと受け取る。




レン「……ユイ」




ユイ「ん」




レン「行くぞ」




ユイ「うん」





触れる直前、



ほんの一瞬だけ、



呼吸が揃う。




それだけで、



もう、



答えは十分だった。




距離は、



ゼロになる。




けれどそれは、



“勢い”じゃない。




“選んだ結果”。




触れたあとも、



急がない。




確かめるように、



静かに、



そこにいる。




やがて、



ゆっくりと離れる。




ユイ「……今の」




レン「うん」




ユイ「ちゃんと、だったね」




レン「言っただろ」




ユイ「うん」




ユイは、



少しだけ照れたように笑う。




ユイ「思ってたより、すごい」




レン「なにが」




ユイ「戻れない感じ」




レン「……ああ」




レン「もう戻る気ないけどな」




ユイ「私も」





繋いだ手は、



もう自然すぎて、



離す理由がない。




ユイ「ねえ、レン」




レン「ん」




ユイ「これさ」




レン「うん」




ユイ「まだ“途中”だよね」




レン「もちろん」




ユイ「よかった」




レン「なんで」




ユイ「終わりじゃない方がいい」




レンは、



少しだけ笑って、



頷く。




レン「終わらせる気ないよ」




ユイ「……うん」





夜は、



変わらず静かで、



すべてを包んでいる。




でも今は、



少しだけ、



優しく感じる。




ふたりの距離は、



もう、



“戻れない”ところまで来ている。




けれどそれは、



怖さよりも、



確かさに近い。




“越えた”あとで、



やっと揃うものがある。




それを、



ふたりは、



ちゃんと選んでいる。

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