まだ名前のない距離 50 越えないまま、揃いはじめる鼓動
夜の静けさは、
◇
さっきよりも、
◇
少しだけ深くなっていた。
◇
◇
けれど、
◇
ふたりの間には、
◇
もう迷いは多くない。
◇
◇
ユイ「……ねえ」
◇
◇
レン「ん」
◇
◇
ユイ「さっきのさ」
◇
◇
レン「うん」
◇
◇
ユイ「止めたの、ほんとにそれでよかったの?」
◇
◇
レンは、
◇
ほんの少しだけ視線を落として、
◇
考える。
◇
◇
レン「……よかったよ」
◇
◇
ユイ「即答じゃないんだ」
◇
◇
レン「正直だからな」
◇
◇
ユイ「ふふ」
◇
◇
ユイ「私も、ちょっとだけ思った」
◇
◇
レン「なにを」
◇
◇
ユイ「そのままでも、よかったかもって」
◇
◇
レンは、
◇
ゆっくりと息を吸う。
◇
◇
レン「……同じだよ」
◇
◇
ユイ「やっぱり」
◇
◇
ユイは、
◇
少しだけ嬉しそうに、
◇
目を細める。
◇
◇
ユイ「でもさ」
◇
◇
レン「うん」
◇
◇
ユイ「止めた理由も、ちゃんとわかる」
◇
◇
レン「……そっか」
◇
◇
ユイ「雑にしたくなかったんでしょ」
◇
◇
レン「うん」
◇
◇
ユイ「大事にしたいってやつ」
◇
◇
レン「……まあな」
◇
◇
ユイは、
◇
繋いでいる手を、
◇
少しだけ揺らす。
◇
◇
ユイ「じゃあさ」
◇
◇
レン「うん」
◇
◇
ユイ「今も、大事?」
◇
◇
レン「当たり前だろ」
◇
◇
ユイ「今この瞬間も?」
◇
◇
レン「むしろ今が一番だよ」
◇
◇
ユイ「……ずるいなあ」
◇
◇
レン「なんで」
◇
◇
ユイ「ちゃんと嬉しいこと言うから」
◇
◇
レン「思ってることしか言ってない」
◇
◇
◇
少しだけ、
◇
沈黙が落ちる。
◇
◇
でもそれは、
◇
さっきまでの“ためらい”じゃない。
◇
◇
“揃いかけている時間”。
◇
◇
ユイ「ねえ、レン」
◇
◇
レン「ん」
◇
◇
ユイ「顔、上げて」
◇
◇
レンは、
◇
少しだけ驚きながら、
◇
言われた通りにする。
◇
◇
視線が、
◇
真っ直ぐに重なる。
◇
◇
逃げ場のない距離。
◇
◇
ユイ「……近いね」
◇
◇
レン「さっきからな」
◇
◇
ユイ「うん」
◇
◇
ユイ「でもさっきと違う」
◇
◇
レン「どう違う」
◇
◇
ユイ「覚悟、できてる感じ」
◇
◇
レンは、
◇
少しだけ笑う。
◇
◇
レン「そっちも?」
◇
◇
ユイ「うん」
◇
◇
ユイ「逃げないよ」
◇
◇
レン「俺も」
◇
◇
◇
また、
◇
距離が、
◇
わずかに縮まる。
◇
◇
今度は、
◇
止める理由を、
◇
探していない。
◇
◇
ユイ「……ねえ」
◇
◇
レン「ん」
◇
◇
ユイ「今ってさ」
◇
◇
レン「うん」
◇
◇
ユイ「“同時”に近い?」
◇
◇
レンは、
◇
一瞬だけ考えて、
◇
小さく頷く。
◇
◇
レン「かなり」
◇
◇
ユイ「そっか」
◇
◇
ユイは、
◇
目を閉じる。
◇
◇
今度は、
◇
迷いじゃない。
◇
◇
選んで閉じる目。
◇
◇
レンは、
◇
その意味を、
◇
ちゃんと受け取る。
◇
◇
レン「……ユイ」
◇
◇
ユイ「ん」
◇
◇
レン「行くぞ」
◇
◇
ユイ「うん」
◇
◇
◇
触れる直前、
◇
ほんの一瞬だけ、
◇
呼吸が揃う。
◇
◇
それだけで、
◇
もう、
◇
答えは十分だった。
◇
◇
距離は、
◇
ゼロになる。
◇
◇
けれどそれは、
◇
“勢い”じゃない。
◇
◇
“選んだ結果”。
◇
◇
触れたあとも、
◇
急がない。
◇
◇
確かめるように、
◇
静かに、
◇
そこにいる。
◇
◇
やがて、
◇
ゆっくりと離れる。
◇
◇
ユイ「……今の」
◇
◇
レン「うん」
◇
◇
ユイ「ちゃんと、だったね」
◇
◇
レン「言っただろ」
◇
◇
ユイ「うん」
◇
◇
ユイは、
◇
少しだけ照れたように笑う。
◇
◇
ユイ「思ってたより、すごい」
◇
◇
レン「なにが」
◇
◇
ユイ「戻れない感じ」
◇
◇
レン「……ああ」
◇
◇
レン「もう戻る気ないけどな」
◇
◇
ユイ「私も」
◇
◇
◇
繋いだ手は、
◇
もう自然すぎて、
◇
離す理由がない。
◇
◇
ユイ「ねえ、レン」
◇
◇
レン「ん」
◇
◇
ユイ「これさ」
◇
◇
レン「うん」
◇
◇
ユイ「まだ“途中”だよね」
◇
◇
レン「もちろん」
◇
◇
ユイ「よかった」
◇
◇
レン「なんで」
◇
◇
ユイ「終わりじゃない方がいい」
◇
◇
レンは、
◇
少しだけ笑って、
◇
頷く。
◇
◇
レン「終わらせる気ないよ」
◇
◇
ユイ「……うん」
◇
◇
◇
夜は、
◇
変わらず静かで、
◇
すべてを包んでいる。
◇
◇
でも今は、
◇
少しだけ、
◇
優しく感じる。
◇
◇
ふたりの距離は、
◇
もう、
◇
“戻れない”ところまで来ている。
◇
◇
けれどそれは、
◇
怖さよりも、
◇
確かさに近い。
◇
◇
“越えた”あとで、
◇
やっと揃うものがある。
◇
◇
それを、
◇
ふたりは、
◇
ちゃんと選んでいる。




