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まだ名前のない距離 49 触れたあとで、戻れなくなる温度

夜の空気は、



さっきよりも、



少しだけ軽くなっていた。




けれど、



ふたりの間には、



確かに“重さ”が残っている。




触れたことの、



意味。




ユイ「……ねえ」




レン「ん」




ユイ「さっきの」




レン「うん」




ユイ「なかったことには、しないよね」




レンは、



一瞬だけ驚いた顔をして、



それから小さく笑う。




レン「するわけないだろ」




ユイ「だよね」




ユイは、



少しだけ安心したように、



肩の力を抜く。




ユイ「なんかさ」




レン「うん」




ユイ「一回触れると、戻れないね」




レン「……ああ」




レン「思ってたより」




レン「ずっと、重い」




ユイ「うん」




ユイ「軽くないよね」




レン「軽くしたくないしな」




ユイは、



その言葉に、



ほんの少しだけ目を細める。




ユイ「……ちゃんとしてる」




レン「当たり前」





沈黙。




でも、



さっきまでの沈黙とは違う。




“もう知っている沈黙”。




ユイ「ねえ、レン」




レン「ん」




ユイ「さっきさ」




レン「うん」




ユイ「頬、だったじゃん」




レン「……そうだな」




ユイ「次ってさ」




レン「……ユイ」




ユイ「なに」




レン「急がないんじゃなかったのか」




ユイは、



くすっと笑う。




ユイ「急いでないよ」




ユイ「確認してるだけ」




レン「……何を」




ユイ「レンが、ちゃんと同じかどうか」




レンは、



その言葉に、



少しだけ息を止める。




レン「……同じだよ」




ユイ「ほんと?」




レン「嘘つく理由ないだろ」




ユイ「そっか」





ユイは、



繋いでいる手に、



ほんの少しだけ力を込める。




逃がさないように、



でも、



縛らないように。




ユイ「じゃあさ」




レン「うん」




ユイ「次も、“ちゃんと”でいい?」




レンは、



少しだけ笑って、



ゆっくり頷く。




レン「もちろん」




レン「そのためにいる」




ユイ「……なにそれ」




ユイ「ずるい」




レン「正直なだけ」





距離は、



また少し、



近づく。




今度は、



迷いが少ない。




でも、



雑でもない。




ユイ「ねえ」




レン「ん」




ユイ「さっきより、近いよ」




レン「わかってる」




ユイ「怖くない?」




レン「少しだけ」




ユイ「同じ」





その“同じ”が、



最後の距離を、



ゆっくりと溶かしていく。




レンは、



もう一度、



ユイの頬に触れる。




今度は、



さっきよりも、



少しだけ長く。




ユイは、



目を閉じる。




逃げない。




レンも、



目を逸らさない。




触れたまま、



ほんの少しだけ、



角度が変わる。




“次”に、



届く角度。




でも、



まだ、



越えない。




レンは、



そこで止める。




ゆっくりと離れる。




ユイ「……今の」




レン「うん」




ユイ「止めたね」




レン「止めた」




ユイ「どうして?」




レン「ちゃんと、だから」




ユイは、



一瞬だけ驚いて、



それから、



少しだけ笑う。




ユイ「……そっか」




ユイ「それ、好き」




レン「そうか」





夜は、



変わらず静かで、



すべてを見ている。




でも、



急かさない。




ユイ「ねえ、レン」




レン「ん」




ユイ「次はさ」




レン「うん」




ユイ「止めないでいいタイミング、教えて」




レンは、



少しだけ考えて、



それから答える。




レン「……多分」




レン「お互いが、同時に踏み出した時」




ユイ「……難しい」




レン「でも」




レン「今、近いと思う」




ユイは、



その言葉に、



小さく息を飲む。




ユイ「……うん」





繋いだ手は、



まだ離れない。




触れた頬の温度も、



消えない。




でも、



次に触れる場所は、



まだ守られている。




“越えない優しさ”と、



“越えたい気持ち”が、



同じだけ、



そこにある。

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