まだ名前のない距離 47 握ったあとで、戻れなくなるもの
夜の空気は、
◇
さっきよりも、
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少しだけやわらかくなっていた。
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◇
手は、
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もう離れていない。
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◇
指と指が、
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自然に重なっている。
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◇
さっきまでの“偶然”じゃなくて、
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はっきりとした“選択”。
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◇
ユイ「……ねえ」
◇
◇
レン「ん」
◇
◇
ユイ「これ」
◇
◇
レン「うん」
◇
◇
ユイ「普通に歩けなくなるやつじゃない?」
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◇
レンは、
◇
少しだけ笑う。
◇
◇
レン「もうなってる」
◇
◇
ユイ「だよね」
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◇
ユイ「さっきまでと全然違う」
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◇
レン「何が?」
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◇
ユイ「全部」
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◇
レンは、
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少しだけ視線を落として、
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繋いだ手を見る。
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◇
レン「……軽くはないな」
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◇
ユイ「うん」
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◇
ユイ「思ってたより重い」
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◇
レン「嫌?」
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◇
ユイは、
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少しだけ間を置いて、
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首を横に振る。
◇
◇
ユイ「……逆」
◇
◇
レン「逆?」
◇
◇
ユイ「ちゃんと重いのが、いい」
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◇
◇
その言葉で、
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ほんの少しだけ、
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握る力が強くなる。
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レン「逃げなくてよかった?」
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ユイ「……うん」
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◇
ユイ「ギリギリだったけど」
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◇
レン「俺も」
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◇
ユイ「絶対逃げると思ってた」
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◇
レン「信用ないな」
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◇
ユイ「あるよ」
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ユイ「でも、それ以上に」
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ユイ「怖がってるのも知ってる」
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レンは、
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少しだけ苦笑する。
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レン「見抜かれてるな」
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ユイ「だってさ」
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◇
ユイ「さっき、止まりかけたでしょ」
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◇
レン「……あれは」
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◇
ユイ「うん」
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◇
レン「ほんとに最後のラインだった」
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◇
ユイ「じゃあ」
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◇
レン「うん」
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◇
ユイ「今は?」
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◇
レンは、
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少しだけ考えてから、
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静かに答える。
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レン「越えた」
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ユイ「……そっか」
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◇
◇
その一言で、
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また少しだけ、
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距離の意味が変わる。
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もう“触れるかどうか”じゃない。
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“このまま進むかどうか”。
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◇
ユイ「ねえ、レン」
◇
◇
レン「ん」
◇
◇
ユイ「さっきさ」
◇
◇
レン「うん」
◇
◇
ユイ「止まったら終わるって言ったじゃん」
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◇
レン「ああ」
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◇
ユイ「今、止まったらどうなると思う?」
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◇
レンは、
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少しだけ歩く速度を落とす。
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◇
ユイの足も、
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自然にそれに合わせる。
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◇
レン「……終わらない気がする」
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◇
ユイ「なんで?」
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◇
レン「もう動いてなくても」
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◇
レン「続く状態に入ってる」
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◇
ユイは、
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その言葉を、
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少しだけゆっくり受け取る。
◇
◇
ユイ「……それ」
◇
◇
レン「うん」
◇
◇
ユイ「ずるくない?」
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◇
レン「どこが」
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◇
ユイ「逃げ道なくしてる」
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◇
レン「さっき自分で言ってただろ」
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◇
ユイ「うん」
◇
◇
ユイ「逃げ場なくなるって」
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◇
レン「だから」
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◇
ユイ「うん」
◇
◇
レン「もう、いいかなって」
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◇
◇
歩く速度が、
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さらにゆっくりになる。
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◇
そして、
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自然に、
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ふたりは足を止める。
◇
◇
今度は、
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どちらからでもなく。
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◇
ユイ「……止まったね」
◇
◇
レン「止まったな」
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◇
ユイ「終わってない」
◇
◇
レン「終わってない」
◇
◇
◇
沈黙。
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◇
でも、
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さっきまでとは違う。
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◇
何も失っていない沈黙。
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むしろ、
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少し増えている。
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ユイ「ねえ」
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◇
レン「うん」
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◇
ユイ「次はさ」
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レン「うん」
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◇
ユイ「手以外だったらどうする?」
◇
◇
レンは、
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一瞬だけ固まる。
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◇
レン「……急だな」
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ユイ「だって」
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ユイ「ここで止まるのも違う気がする」
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レン「……それは」
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レン「否定できない」
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◇
ユイは、
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ほんの少しだけ笑う。
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ユイ「でしょ」
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レン「でも」
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◇
ユイ「うん」
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◇
レン「順番、ちゃんとしたいタイプなんだけど」
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◇
ユイ「なにそれ」
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◇
レン「雑に進むの、怖い」
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◇
ユイは、
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少しだけ優しく、
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握る力を強くする。
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◇
ユイ「……じゃあ」
◇
◇
レン「うん」
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◇
ユイ「ちゃんとでいいよ」
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◇
レンは、
◇
その言葉に、
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少しだけ息を止める。
◇
◇
レン「それ」
◇
◇
ユイ「うん」
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◇
レン「一番効くやつ」
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◇
ユイ「知ってる」
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◇
◇
夜は、
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静かなまま。
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◇
でも、
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ふたりの中だけ、
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少しずつ、
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次の段階に進み始めていた。
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◇
握った手は、
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もう離れないまま、
◇
その先を、
◇
確かめようとしている。




