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まだ名前のない距離 47 握ったあとで、戻れなくなるもの

夜の空気は、



さっきよりも、



少しだけやわらかくなっていた。




手は、



もう離れていない。




指と指が、



自然に重なっている。




さっきまでの“偶然”じゃなくて、



はっきりとした“選択”。




ユイ「……ねえ」




レン「ん」




ユイ「これ」




レン「うん」




ユイ「普通に歩けなくなるやつじゃない?」




レンは、



少しだけ笑う。




レン「もうなってる」




ユイ「だよね」




ユイ「さっきまでと全然違う」




レン「何が?」




ユイ「全部」




レンは、



少しだけ視線を落として、



繋いだ手を見る。




レン「……軽くはないな」




ユイ「うん」




ユイ「思ってたより重い」




レン「嫌?」




ユイは、



少しだけ間を置いて、



首を横に振る。




ユイ「……逆」




レン「逆?」




ユイ「ちゃんと重いのが、いい」





その言葉で、



ほんの少しだけ、



握る力が強くなる。




レン「逃げなくてよかった?」




ユイ「……うん」




ユイ「ギリギリだったけど」




レン「俺も」




ユイ「絶対逃げると思ってた」




レン「信用ないな」




ユイ「あるよ」




ユイ「でも、それ以上に」




ユイ「怖がってるのも知ってる」




レンは、



少しだけ苦笑する。




レン「見抜かれてるな」




ユイ「だってさ」




ユイ「さっき、止まりかけたでしょ」




レン「……あれは」




ユイ「うん」




レン「ほんとに最後のラインだった」




ユイ「じゃあ」




レン「うん」




ユイ「今は?」




レンは、



少しだけ考えてから、



静かに答える。




レン「越えた」




ユイ「……そっか」





その一言で、



また少しだけ、



距離の意味が変わる。




もう“触れるかどうか”じゃない。




“このまま進むかどうか”。




ユイ「ねえ、レン」




レン「ん」




ユイ「さっきさ」




レン「うん」




ユイ「止まったら終わるって言ったじゃん」




レン「ああ」




ユイ「今、止まったらどうなると思う?」




レンは、



少しだけ歩く速度を落とす。




ユイの足も、



自然にそれに合わせる。




レン「……終わらない気がする」




ユイ「なんで?」




レン「もう動いてなくても」




レン「続く状態に入ってる」




ユイは、



その言葉を、



少しだけゆっくり受け取る。




ユイ「……それ」




レン「うん」




ユイ「ずるくない?」




レン「どこが」




ユイ「逃げ道なくしてる」




レン「さっき自分で言ってただろ」




ユイ「うん」




ユイ「逃げ場なくなるって」




レン「だから」




ユイ「うん」




レン「もう、いいかなって」





歩く速度が、



さらにゆっくりになる。




そして、



自然に、



ふたりは足を止める。




今度は、



どちらからでもなく。




ユイ「……止まったね」




レン「止まったな」




ユイ「終わってない」




レン「終わってない」





沈黙。




でも、



さっきまでとは違う。




何も失っていない沈黙。




むしろ、



少し増えている。




ユイ「ねえ」




レン「うん」




ユイ「次はさ」




レン「うん」




ユイ「手以外だったらどうする?」




レンは、



一瞬だけ固まる。




レン「……急だな」




ユイ「だって」




ユイ「ここで止まるのも違う気がする」




レン「……それは」




レン「否定できない」




ユイは、



ほんの少しだけ笑う。




ユイ「でしょ」




レン「でも」




ユイ「うん」




レン「順番、ちゃんとしたいタイプなんだけど」




ユイ「なにそれ」




レン「雑に進むの、怖い」




ユイは、



少しだけ優しく、



握る力を強くする。




ユイ「……じゃあ」




レン「うん」




ユイ「ちゃんとでいいよ」




レンは、



その言葉に、



少しだけ息を止める。




レン「それ」




ユイ「うん」




レン「一番効くやつ」




ユイ「知ってる」





夜は、



静かなまま。




でも、



ふたりの中だけ、



少しずつ、



次の段階に進み始めていた。




握った手は、



もう離れないまま、



その先を、



確かめようとしている。

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