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まだ名前のない距離 46 触れる直前で、引き返せなくなる

夜の空気は、



少しだけ冷たくなっていた。




それでも、



ふたりの間だけは、



温度が落ちない。




さっきよりも、



確実に近い。




レンは、



視線を前に戻す。




でも、



意識は完全に、



隣にある。




ユイの手。




あと少しで、



触れる距離。




ユイ「……ねえ」




レン「ん」




ユイ「今さ」




レン「うん」




ユイ「普通に歩いてるだけなのに」




ユイ「なんでこんな緊張してるの」




レンは、



少しだけ笑う。




レン「それ、俺に聞く?」




ユイ「だってそっちもしてるでしょ」




レン「してる」




ユイ「正直だね」




レン「バレてるし」




ユイは、



ほんの少しだけ肩の力を抜く。




ユイ「……じゃあさ」




レン「うん」




ユイ「これってさ」




ユイ「触れるのが怖いのか」




ユイ「触れないままなのが怖いのか」




レンは、



少しだけ黙る。




レン「……どっちもだな」




ユイ「やっぱり」




レン「そっちは?」




ユイは、



一瞬だけ視線を落として、



それから答える。




ユイ「……同じ」





その瞬間、



ふたりの歩幅が、



また少しだけ揃う。




意識してないのに、



合ってしまう。




レン「なあ」




ユイ「ん?」




レン「これさ」




ユイ「うん」




レン「どっちかが止まったら終わる気しない?」




ユイは、



少しだけ考えて、



小さく頷く。




ユイ「動いてるから保ってる感じある」




レン「だよな」




ユイ「止まったら」




レン「うん」




ユイ「たぶん、逃げ場なくなる」




レンは、



ほんの少しだけ息を吐く。




レン「じゃあ」




ユイ「うん」




レン「止まる?」




ユイは、



一瞬で顔を上げる。




ユイ「なんでそうなるの」




レン「試したくならない?」




ユイ「ならない」




レン「即答」




ユイ「今はまだ無理」




レン「“まだ”って言ったな」




ユイ「揚げ足とらないで」




レンは、



少しだけ笑う。




レン「でも」




ユイ「うん」




レン「時間の問題ってことだろ」




ユイは、



何も言わない。




その代わりに、



ほんの少しだけ、



手が揺れる。




また、



近づく。




今度は、



さっきよりも明確に。




レンの指先が、



ユイの手の甲に――



ほんのわずか、



触れかけて、



止まる。




ユイ「……今の」




レン「触れてない」




ユイ「触れてないけど」




レン「うん」




ユイ「逃げたよね」




レンは、



少しだけ間を置く。




レン「……否定はしない」




ユイ「珍しい」




レン「今は強がれない」




ユイは、



ふっと小さく笑う。




ユイ「じゃあさ」




レン「うん」




ユイ「次、来たら」




レン「うん」




ユイ「逃げない?」




レンは、



ゆっくりと答える。




レン「……保証はできない」




ユイ「弱いなあ」




レン「そっちもだろ」




ユイ「うん」




ユイ「同じくらい弱い」





その言葉のあと、



少しだけ沈黙。




でも、



今までの沈黙とは違う。




逃げ場を探す沈黙じゃない。




覚悟に近い、



静けさ。




レン「……来るな」




ユイ「うん」




また一歩。




今度は、



逃げ場がない。




指先と指先が、



ほんの一瞬、



かすかに触れる。




止まる。




離れない。




ユイ「……今のは」




レン「……アウトだな」




ユイ「だね」




でも、



どちらも、



手を引かない。




レン「終了?」




ユイは、



少しだけ笑って、



首を横に振る。




ユイ「……どうする?」




レンは、



そのまま、



指を少しだけ重ねる。




レン「決めてなかっただろ」




ユイ「うん」




レン「じゃあ」




レン「ここからは、ルールなし」




ユイは、



ほんの少しだけ息を吸って、



そのまま――



握り返す。




ユイ「……それ、一番ずるい」




レン「知ってる」





夜の道は、



変わらない。




でも、



ふたりの距離だけが、



もう戻らない場所まで来ていた。




触れないままじゃ、



いられなくなった距離で、



ふたりは、



まだ歩いている。

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