まだ名前のない距離 46 触れる直前で、引き返せなくなる
夜の空気は、
◇
少しだけ冷たくなっていた。
◇
◇
それでも、
◇
ふたりの間だけは、
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温度が落ちない。
◇
◇
さっきよりも、
◇
確実に近い。
◇
◇
レンは、
◇
視線を前に戻す。
◇
◇
でも、
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意識は完全に、
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隣にある。
◇
◇
ユイの手。
◇
◇
あと少しで、
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触れる距離。
◇
◇
ユイ「……ねえ」
◇
◇
レン「ん」
◇
◇
ユイ「今さ」
◇
◇
レン「うん」
◇
◇
ユイ「普通に歩いてるだけなのに」
◇
◇
ユイ「なんでこんな緊張してるの」
◇
◇
レンは、
◇
少しだけ笑う。
◇
◇
レン「それ、俺に聞く?」
◇
◇
ユイ「だってそっちもしてるでしょ」
◇
◇
レン「してる」
◇
◇
ユイ「正直だね」
◇
◇
レン「バレてるし」
◇
◇
ユイは、
◇
ほんの少しだけ肩の力を抜く。
◇
◇
ユイ「……じゃあさ」
◇
◇
レン「うん」
◇
◇
ユイ「これってさ」
◇
◇
ユイ「触れるのが怖いのか」
◇
◇
ユイ「触れないままなのが怖いのか」
◇
◇
レンは、
◇
少しだけ黙る。
◇
◇
レン「……どっちもだな」
◇
◇
ユイ「やっぱり」
◇
◇
レン「そっちは?」
◇
◇
ユイは、
◇
一瞬だけ視線を落として、
◇
それから答える。
◇
◇
ユイ「……同じ」
◇
◇
◇
その瞬間、
◇
ふたりの歩幅が、
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また少しだけ揃う。
◇
◇
意識してないのに、
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合ってしまう。
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◇
レン「なあ」
◇
◇
ユイ「ん?」
◇
◇
レン「これさ」
◇
◇
ユイ「うん」
◇
◇
レン「どっちかが止まったら終わる気しない?」
◇
◇
ユイは、
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少しだけ考えて、
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小さく頷く。
◇
◇
ユイ「動いてるから保ってる感じある」
◇
◇
レン「だよな」
◇
◇
ユイ「止まったら」
◇
◇
レン「うん」
◇
◇
ユイ「たぶん、逃げ場なくなる」
◇
◇
レンは、
◇
ほんの少しだけ息を吐く。
◇
◇
レン「じゃあ」
◇
◇
ユイ「うん」
◇
◇
レン「止まる?」
◇
◇
ユイは、
◇
一瞬で顔を上げる。
◇
◇
ユイ「なんでそうなるの」
◇
◇
レン「試したくならない?」
◇
◇
ユイ「ならない」
◇
◇
レン「即答」
◇
◇
ユイ「今はまだ無理」
◇
◇
レン「“まだ”って言ったな」
◇
◇
ユイ「揚げ足とらないで」
◇
◇
レンは、
◇
少しだけ笑う。
◇
◇
レン「でも」
◇
◇
ユイ「うん」
◇
◇
レン「時間の問題ってことだろ」
◇
◇
ユイは、
◇
何も言わない。
◇
◇
その代わりに、
◇
ほんの少しだけ、
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手が揺れる。
◇
◇
また、
◇
近づく。
◇
◇
今度は、
◇
さっきよりも明確に。
◇
◇
レンの指先が、
◇
ユイの手の甲に――
◇
ほんのわずか、
◇
触れかけて、
◇
止まる。
◇
◇
ユイ「……今の」
◇
◇
レン「触れてない」
◇
◇
ユイ「触れてないけど」
◇
◇
レン「うん」
◇
◇
ユイ「逃げたよね」
◇
◇
レンは、
◇
少しだけ間を置く。
◇
◇
レン「……否定はしない」
◇
◇
ユイ「珍しい」
◇
◇
レン「今は強がれない」
◇
◇
ユイは、
◇
ふっと小さく笑う。
◇
◇
ユイ「じゃあさ」
◇
◇
レン「うん」
◇
◇
ユイ「次、来たら」
◇
◇
レン「うん」
◇
◇
ユイ「逃げない?」
◇
◇
レンは、
◇
ゆっくりと答える。
◇
◇
レン「……保証はできない」
◇
◇
ユイ「弱いなあ」
◇
◇
レン「そっちもだろ」
◇
◇
ユイ「うん」
◇
◇
ユイ「同じくらい弱い」
◇
◇
◇
その言葉のあと、
◇
少しだけ沈黙。
◇
◇
でも、
◇
今までの沈黙とは違う。
◇
◇
逃げ場を探す沈黙じゃない。
◇
◇
覚悟に近い、
◇
静けさ。
◇
◇
レン「……来るな」
◇
◇
ユイ「うん」
◇
◇
また一歩。
◇
◇
今度は、
◇
逃げ場がない。
◇
◇
指先と指先が、
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ほんの一瞬、
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かすかに触れる。
◇
◇
止まる。
◇
◇
離れない。
◇
◇
ユイ「……今のは」
◇
◇
レン「……アウトだな」
◇
◇
ユイ「だね」
◇
◇
でも、
◇
どちらも、
◇
手を引かない。
◇
◇
レン「終了?」
◇
◇
ユイは、
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少しだけ笑って、
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首を横に振る。
◇
◇
ユイ「……どうする?」
◇
◇
レンは、
◇
そのまま、
◇
指を少しだけ重ねる。
◇
◇
レン「決めてなかっただろ」
◇
◇
ユイ「うん」
◇
◇
レン「じゃあ」
◇
◇
レン「ここからは、ルールなし」
◇
◇
ユイは、
◇
ほんの少しだけ息を吸って、
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そのまま――
◇
握り返す。
◇
◇
ユイ「……それ、一番ずるい」
◇
◇
レン「知ってる」
◇
◇
◇
夜の道は、
◇
変わらない。
◇
◇
でも、
◇
ふたりの距離だけが、
◇
もう戻らない場所まで来ていた。
◇
◇
触れないままじゃ、
◇
いられなくなった距離で、
◇
ふたりは、
◇
まだ歩いている。




