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57/85

まだ名前のない距離 45 触れないまま、踏み越えていくもの

夜の道は、



変わらないはずなのに、



ふたりの歩く位置だけが、



少しずつずれていく。




レンの言った“決まってる”が、



頭のどこかに残っている。




ユイは、



少しだけ横目でレンを見る。




ユイ「ねえ」




レン「ん?」




ユイ「さっきの“決まってる”ってやつ」




レン「ああ」




ユイ「ほんとに?」




レンは、



少しだけ間を置く。




レン「たぶん」




ユイ「たぶんなんだ」




レン「確定させるとつまんないだろ」




ユイ「それはそう」




ユイは、



少しだけ前を見る。




ユイ「でもさ」




レン「うん」




ユイ「決まってるなら、避けられないってこと?」




レンは、



わずかに肩をすくめる。




レン「避けようとしてる時点で、もう怪しくない?」




ユイ「……確かに」




レン「だからたぶん」




レン「どっちかが、気づかないふりやめた瞬間」




ユイは、



少しだけ息を止める。




ユイ「それが“アウト”?」




レン「そういうこと」




ユイは、



小さく笑う。




ユイ「それ、ルールじゃなくない?」




レン「だから言ったじゃん」




レン「駆け引きだって」




ユイ「ずるいなあ」




レン「どっちが?」




ユイ「両方」





少し風が吹く。




ユイの髪が、



ほんの一瞬、レンの腕に触れかけて、



触れないまま流れる。




その距離。




レンは、



無意識に歩幅をゆるめる。




ユイ「……今のさ」




レン「うん」




ユイ「触れてないよね」




レン「触れてない」




ユイ「でも」




レン「でも?」




ユイ「ちょっとアウト寄りだった」




レンは、



思わず笑う。




レン「それは判定ゆるすぎる」




ユイ「感覚の問題だから」




レン「審判が主観すぎる」




ユイ「いいでしょ、当事者なんだから」




レン「それ言われると反論できない」





また少し沈黙。




でも、



その沈黙は、



さっきよりも近い。




ユイは、



ほんの少しだけ手を揺らす。




歩くリズムの中で、



自然に。




レンの手との距離が、



ほんのわずかに縮まる。




触れそうで、



触れない。




レン「……それ」




ユイ「なに」




レン「わざと?」




ユイは、



一瞬だけ黙って、



それから答える。




ユイ「どう思う?」




レン「ずるい返し方だな」




ユイ「お互い様」




レンは、



少しだけ息を吐く。




レン「じゃあさ」




ユイ「うん」




レン「もしこれで触れたら」




ユイ「うん」




レン「アウトでいい?」




ユイは、



少しだけ考えて、



小さく頷く。




ユイ「いいよ」




レン「即終了?」




ユイ「どうする?」




レン「……それも決まってる?」




ユイは、



少しだけ笑う。




ユイ「まだ決めてない」




レン「じゃあ」




レン「決める前に、来るかもな」




ユイ「それ、一番困るやつ」




レン「だろうな」





ふたりの手が、



また少しだけ近づく。




ほんの数ミリ。




呼吸が合うたびに、



距離が揺れる。




ユイ「ねえ」




レン「ん?」




ユイ「これさ」




レン「うん」




ユイ「どっちが先に我慢できなくなると思う?」




レンは、



少しだけ笑って、



横目でユイを見る。




レン「それも」




レン「もう決まってるかもな」




ユイ「またそれ」




レン「ヒントは」




ユイ「うん」




レン「今、ちょっとだけ動いたほう」




ユイは、



一瞬だけ固まる。




そして、



すぐに歩き方を戻す。




ユイ「……知らない」




レン「わかりやす」




ユイ「うるさい」




レンは、



小さく笑う。




でもその直後、



レンの指先も、



ほんのわずかに動く。




今度は、



ユイが気づく。




ユイ「今のは?」




レン「風」




ユイ「無理ある」




レン「バレた?」




ユイ「完全に」





そして――



また一歩。




ほんの少しだけ、



距離が縮まる。




触れるか、



触れないか。




その境界線の上で、



ふたりは、



まだ歩いている。

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