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まだ名前のない距離 44 触れたあとに、戻れなくなる温度

夜の空気は、



少しだけ、



さっきよりも柔らかくなっていた。




さっき“アウト”になったはずの指先が、



まだ、



どこかに感覚だけ残っている。




消えない余韻。




ふたりは、



それを言葉にしないまま歩く。




レンは、



前を見たまま、



小さく息を吐く。




レン「……今のさ」




ユイ「うん」




レン「普通にアウトだったよね」




ユイ「自覚はある」




レン「あるんだ」




ユイ「でも」




レン「でも?」




ユイは、



少しだけ視線を横に向ける。




ユイ「嫌じゃなかったでしょ」




レンは、



一瞬だけ黙る。




レン「……まあね」




ユイ「ほら」




レン「それを言われると弱い」




ユイ「知ってる」




レン「いつから知ってるんだよ」




ユイ「今」




レン「適当すぎる」




ユイは、



小さく笑う。




ユイ「でも正直でしょ」




レン「正直なのはいいけどさ」




ユイ「うん」




レン「ルール、もう崩れてない?」




ユイは、



少しだけ間を置く。




ユイ「崩れてはない」




レン「ほんとに?」




ユイ「更新されてるだけ」




レン「それ言い換えじゃん」




ユイ「同じこと」




レンは、



軽く笑って、



肩をすくめる。




レン「都合よく進化してるな」




ユイ「進化は大事」




レン「誰の理論だよ」




ユイ「今作った」




レン「だろうな」




また少し沈黙。




でも今度は、



さっきみたいに重くない。




むしろ、



歩くリズムに混ざっている。




ユイが、



ふと立ち止まりかけて、



やめる。




レン「どうした?」




ユイ「いや」




ユイ「さっきのさ」




レン「うん」




ユイ「一瞬だったのに、長かった」




レンは、



少しだけ目を細める。




レン「時間、変だった?」




ユイ「うん」




ユイ「止まってた感じ」




レン「怖いこと言うなよ」




ユイ「怖くないでしょ」




レン「いや、わりと」




ユイは、



少しだけ笑って、



歩き出す。




ユイ「でもさ」




レン「ん?」




ユイ「止まってたの、嫌じゃなかった」




レンは、



少しだけ息を止める。




レン「……それ、ずるいな」




ユイ「何が」




レン「こっちが止めてた意味なくなる」




ユイ「意味はあったでしょ」




レン「あるけどさ」




ユイ「じゃあいいじゃん」




レン「雑」




ユイ「シンプル」




レンは、



小さく笑って、



少しだけユイの横に寄る。




ほんの数センチ。




まだ触れない距離。




でも、



さっきよりも確実に近い。




ユイは、



それに気づいている。




でも、



何も言わない。




代わりに、



ユイの歩幅が、



わずかに揃う。




レン「……なあ」




ユイ「うん」




レン「これさ」




ユイ「なに」




レン「もうルールっていうより」




ユイ「うん」




レン「ただの駆け引きじゃない?」




ユイは、



少しだけ間を置いて、



笑う。




ユイ「今さら気づいた?」




レン「気づいてたけど言わなかった」




ユイ「それ一番ずるい」




レン「お互い様」




ユイ「まあね」




また、夜の道。




同じはずの景色が、



もう少しだけ違って見える。




ユイ「ねえ」




レン「ん?」




ユイ「次の“アウト”ってさ」




レン「うん」




ユイ「どっちが先かな」




レンは、



少しだけ笑って、



前を向いたまま答える。




レン「たぶん」




レン「もう、決まってる」




ユイ「なにそれ」




レン「秘密」




ユイ「感じ悪」




レン「楽しいだろ」




ユイは、



小さく笑って、



それ以上は聞かない。




でも、



ふたりの距離は、



またほんの少しだけ、



近づいていた。

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