まだ名前のない距離 44 触れたあとに、戻れなくなる温度
夜の空気は、
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少しだけ、
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さっきよりも柔らかくなっていた。
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さっき“アウト”になったはずの指先が、
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まだ、
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どこかに感覚だけ残っている。
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消えない余韻。
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◇
ふたりは、
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それを言葉にしないまま歩く。
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◇
レンは、
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前を見たまま、
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小さく息を吐く。
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◇
レン「……今のさ」
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◇
ユイ「うん」
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◇
レン「普通にアウトだったよね」
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◇
ユイ「自覚はある」
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◇
レン「あるんだ」
◇
◇
ユイ「でも」
◇
◇
レン「でも?」
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◇
ユイは、
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少しだけ視線を横に向ける。
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◇
ユイ「嫌じゃなかったでしょ」
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◇
レンは、
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一瞬だけ黙る。
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レン「……まあね」
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ユイ「ほら」
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レン「それを言われると弱い」
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◇
ユイ「知ってる」
◇
◇
レン「いつから知ってるんだよ」
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◇
ユイ「今」
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◇
レン「適当すぎる」
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◇
ユイは、
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小さく笑う。
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ユイ「でも正直でしょ」
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◇
レン「正直なのはいいけどさ」
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ユイ「うん」
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◇
レン「ルール、もう崩れてない?」
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◇
ユイは、
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少しだけ間を置く。
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ユイ「崩れてはない」
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レン「ほんとに?」
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ユイ「更新されてるだけ」
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レン「それ言い換えじゃん」
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ユイ「同じこと」
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◇
レンは、
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軽く笑って、
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肩をすくめる。
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レン「都合よく進化してるな」
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ユイ「進化は大事」
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レン「誰の理論だよ」
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ユイ「今作った」
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レン「だろうな」
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また少し沈黙。
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でも今度は、
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さっきみたいに重くない。
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むしろ、
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歩くリズムに混ざっている。
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ユイが、
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ふと立ち止まりかけて、
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やめる。
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レン「どうした?」
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◇
ユイ「いや」
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◇
ユイ「さっきのさ」
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◇
レン「うん」
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ユイ「一瞬だったのに、長かった」
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レンは、
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少しだけ目を細める。
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レン「時間、変だった?」
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ユイ「うん」
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ユイ「止まってた感じ」
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レン「怖いこと言うなよ」
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ユイ「怖くないでしょ」
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レン「いや、わりと」
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◇
ユイは、
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少しだけ笑って、
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歩き出す。
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ユイ「でもさ」
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レン「ん?」
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ユイ「止まってたの、嫌じゃなかった」
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◇
レンは、
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少しだけ息を止める。
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レン「……それ、ずるいな」
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ユイ「何が」
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レン「こっちが止めてた意味なくなる」
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ユイ「意味はあったでしょ」
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レン「あるけどさ」
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ユイ「じゃあいいじゃん」
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レン「雑」
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ユイ「シンプル」
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レンは、
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小さく笑って、
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少しだけユイの横に寄る。
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ほんの数センチ。
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まだ触れない距離。
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でも、
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さっきよりも確実に近い。
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ユイは、
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それに気づいている。
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でも、
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何も言わない。
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代わりに、
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ユイの歩幅が、
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わずかに揃う。
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レン「……なあ」
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ユイ「うん」
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レン「これさ」
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ユイ「なに」
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レン「もうルールっていうより」
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ユイ「うん」
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レン「ただの駆け引きじゃない?」
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ユイは、
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少しだけ間を置いて、
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笑う。
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ユイ「今さら気づいた?」
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レン「気づいてたけど言わなかった」
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ユイ「それ一番ずるい」
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レン「お互い様」
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ユイ「まあね」
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また、夜の道。
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同じはずの景色が、
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もう少しだけ違って見える。
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ユイ「ねえ」
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レン「ん?」
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ユイ「次の“アウト”ってさ」
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レン「うん」
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ユイ「どっちが先かな」
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レンは、
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少しだけ笑って、
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前を向いたまま答える。
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レン「たぶん」
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レン「もう、決まってる」
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◇
ユイ「なにそれ」
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レン「秘密」
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ユイ「感じ悪」
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レン「楽しいだろ」
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ユイは、
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小さく笑って、
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それ以上は聞かない。
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◇
でも、
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ふたりの距離は、
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またほんの少しだけ、
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近づいていた。




