まだ名前のない距離 43 触れない指先が、選び始めるもの
夜は、
◇
さらに、
◇
静けさを深めていく。
◇
◇
さっきまで聞こえていた車の音も、
◇
どこか遠くに流れていく。
◇
◇
ふたりの間には、
◇
言葉よりも先に、
◇
空気が流れていた。
◇
◇
並んで歩く。
◇
◇
肩は、
◇
まだ触れている。
◇
◇
それなのに、
◇
さっきよりも、
◇
少しだけ意識してしまう。
◇
◇
ユイが、
◇
小さく息を吐く。
◇
◇
ユイ「……なんかさ」
◇
◇
レン「ん?」
◇
◇
ユイ「さっきより、近くない?」
◇
◇
レンは、
◇
一瞬だけ考えて、
◇
少しだけ笑う。
◇
◇
レン「気づいた?」
◇
◇
ユイ「気づくでしょ」
◇
◇
レン「無意識」
◇
◇
ユイ「絶対うそ」
◇
◇
レン「半分くらいは本当」
◇
◇
ユイは、
◇
少しだけ呆れたように笑う。
◇
◇
ユイ「そういうとこだよ」
◇
◇
レン「なにが」
◇
◇
ユイ「ちょっとずつ攻めてくるとこ」
◇
◇
レンは、
◇
ほんの少しだけ肩をすくめる。
◇
◇
レン「ちゃんと止めてくれるじゃん」
◇
◇
ユイ「止めてるからね」
◇
◇
レン「じゃあセーフ」
◇
◇
ユイ「アウト寄りのセーフ」
◇
◇
レン「細かいな」
◇
◇
ユイ「大事だから」
◇
◇
また、
◇
少しだけ沈黙。
◇
◇
でも、
◇
今度の沈黙は、
◇
どこかだけ、
◇
さっきよりも濃い。
◇
◇
レンの指先が、
◇
また、
◇
ほんの少し動く。
◇
◇
さっきよりも、
◇
わずかに近い距離。
◇
◇
ユイは、
◇
それに気づいている。
◇
◇
でも、
◇
すぐには止めない。
◇
◇
ユイ「……レン」
◇
◇
レン「うん」
◇
◇
ユイ「それ、試してる?」
◇
◇
レンは、
◇
少しだけ笑う。
◇
◇
レン「ちょっとだけ」
◇
◇
ユイ「正直だね」
◇
◇
レン「今のルール的にどう?」
◇
◇
ユイは、
◇
一瞬だけ視線を落として、
◇
その距離を測る。
◇
◇
触れる、
◇
直前。
◇
◇
ユイ「……まだ、セーフ」
◇
◇
レン「まじで?」
◇
◇
ユイ「でも」
◇
◇
レン「うん?」
◇
◇
ユイ「次いったらアウト」
◇
◇
レンは、
◇
小さく息を吐く。
◇
◇
レン「境界線、シビアだな」
◇
◇
ユイ「曖昧にしてるの、そっちでしょ」
◇
◇
レン「まあ」
◇
◇
レンの指が、
◇
ほんの少しだけ止まる。
◇
◇
そして、
◇
動かない。
◇
◇
ユイは、
◇
それを感じ取る。
◇
◇
ユイ「……止まるんだ」
◇
◇
レン「止まるよ」
◇
◇
ユイ「意外」
◇
◇
レン「さすがにね」
◇
◇
少しの間。
◇
◇
その“止まった距離”が、
◇
逆に、
◇
はっきりと存在を持つ。
◇
◇
ユイが、
◇
ふと呟く。
◇
◇
ユイ「ねえ」
◇
◇
レン「ん?」
◇
◇
ユイ「なんで止まったの?」
◇
◇
レンは、
◇
少しだけ視線を前に向けたまま、
◇
答える。
◇
◇
レン「嫌じゃないって言ったけどさ」
◇
◇
ユイ「うん」
◇
◇
レン「大丈夫かどうかは、別じゃん」
◇
◇
ユイは、
◇
その言葉に、
◇
ほんの少しだけ目を細める。
◇
◇
ユイ「……ちゃんとしてるね」
◇
◇
レン「してるつもり」
◇
◇
ユイは、
◇
少しだけ笑う。
◇
◇
ユイ「そういうとこ、ずるい」
◇
◇
レン「なんでだよ」
◇
◇
ユイ「安心するから」
◇
◇
レンは、
◇
一瞬だけ言葉を失う。
◇
◇
レン「……それ、いい意味?」
◇
◇
ユイ「いい意味」
◇
◇
また、
◇
沈黙。
◇
◇
でも、
◇
今度の沈黙は、
◇
どこか、
◇
はっきりと温度がある。
◇
◇
ユイが、
◇
ほんの少しだけ、
◇
自分の指先を動かす。
◇
◇
さっきとは逆に、
◇
ユイの方から、
◇
距離を詰める。
◇
◇
レンは、
◇
その動きに気づく。
◇
◇
でも、
◇
何も言わない。
◇
◇
ただ、
◇
そのまま受け入れる。
◇
◇
ユイ「……これは?」
◇
◇
レン「うん」
◇
◇
ユイ「セーフ?」
◇
◇
レンは、
◇
少しだけ笑う。
◇
◇
レン「俺が決めるの?」
◇
◇
ユイ「一応聞く」
◇
◇
レンは、
◇
ほんの少しだけ考えて、
◇
すぐに答える。
◇
◇
レン「……セーフ」
◇
◇
ユイ「甘くない?」
◇
◇
レン「さっきの仕返し」
◇
◇
ユイは、
◇
小さく笑う。
◇
◇
ユイ「じゃあ、これは?」
◇
◇
ほんの一瞬、
◇
指先が、
◇
かすかに触れる。
◇
◇
一瞬だけ。
◇
◇
すぐに離れる。
◇
◇
レンは、
◇
息を止める。
◇
◇
ユイは、
◇
何もなかったみたいに前を向く。
◇
◇
ユイ「……今のは?」
◇
◇
レンは、
◇
少しだけ遅れて、
◇
息を吐く。
◇
◇
レン「……アウト」
◇
◇
ユイ「でしょ」
◇
◇
レン「でも」
◇
◇
ユイ「うん?」
◇
◇
レンは、
◇
少しだけ笑う。
◇
◇
レン「悪くない」
◇
◇
ユイは、
◇
一瞬だけ黙って、
◇
そのあと、
◇
小さく笑う。
◇
◇
ユイ「……同じく」
◇
◇
また歩く。
◇
◇
さっきと同じ道なのに、
◇
もう、
◇
同じ距離じゃない。
◇
◇
ルールは、
◇
また、
◇
少しだけ変わった。
◇
◇
でも、
◇
それは壊れたんじゃない。
◇
◇
更新された。
◇
◇
触れたことで、
◇
終わるんじゃなくて、
◇
始まる。
◇
◇
名前のないまま、
◇
それでも、
◇
確実に形を持ち始める関係。
◇
◇
次に触れるとき、
◇
それはもう、
◇
“偶然”じゃなくなる。
◇
◇
そのことに、
◇
ふたりとも、
◇
まだ気づいていないふりをしていた。




