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まだ名前のない距離 43 触れない指先が、選び始めるもの

夜は、



さらに、



静けさを深めていく。




さっきまで聞こえていた車の音も、



どこか遠くに流れていく。




ふたりの間には、



言葉よりも先に、



空気が流れていた。




並んで歩く。




肩は、



まだ触れている。




それなのに、



さっきよりも、



少しだけ意識してしまう。




ユイが、



小さく息を吐く。




ユイ「……なんかさ」




レン「ん?」




ユイ「さっきより、近くない?」




レンは、



一瞬だけ考えて、



少しだけ笑う。




レン「気づいた?」




ユイ「気づくでしょ」




レン「無意識」




ユイ「絶対うそ」




レン「半分くらいは本当」




ユイは、



少しだけ呆れたように笑う。




ユイ「そういうとこだよ」




レン「なにが」




ユイ「ちょっとずつ攻めてくるとこ」




レンは、



ほんの少しだけ肩をすくめる。




レン「ちゃんと止めてくれるじゃん」




ユイ「止めてるからね」




レン「じゃあセーフ」




ユイ「アウト寄りのセーフ」




レン「細かいな」




ユイ「大事だから」




また、



少しだけ沈黙。




でも、



今度の沈黙は、



どこかだけ、



さっきよりも濃い。




レンの指先が、



また、



ほんの少し動く。




さっきよりも、



わずかに近い距離。




ユイは、



それに気づいている。




でも、



すぐには止めない。




ユイ「……レン」




レン「うん」




ユイ「それ、試してる?」




レンは、



少しだけ笑う。




レン「ちょっとだけ」




ユイ「正直だね」




レン「今のルール的にどう?」




ユイは、



一瞬だけ視線を落として、



その距離を測る。




触れる、



直前。




ユイ「……まだ、セーフ」




レン「まじで?」




ユイ「でも」




レン「うん?」




ユイ「次いったらアウト」




レンは、



小さく息を吐く。




レン「境界線、シビアだな」




ユイ「曖昧にしてるの、そっちでしょ」




レン「まあ」




レンの指が、



ほんの少しだけ止まる。




そして、



動かない。




ユイは、



それを感じ取る。




ユイ「……止まるんだ」




レン「止まるよ」




ユイ「意外」




レン「さすがにね」




少しの間。




その“止まった距離”が、



逆に、



はっきりと存在を持つ。




ユイが、



ふと呟く。




ユイ「ねえ」




レン「ん?」




ユイ「なんで止まったの?」




レンは、



少しだけ視線を前に向けたまま、



答える。




レン「嫌じゃないって言ったけどさ」




ユイ「うん」




レン「大丈夫かどうかは、別じゃん」




ユイは、



その言葉に、



ほんの少しだけ目を細める。




ユイ「……ちゃんとしてるね」




レン「してるつもり」




ユイは、



少しだけ笑う。




ユイ「そういうとこ、ずるい」




レン「なんでだよ」




ユイ「安心するから」




レンは、



一瞬だけ言葉を失う。




レン「……それ、いい意味?」




ユイ「いい意味」




また、



沈黙。




でも、



今度の沈黙は、



どこか、



はっきりと温度がある。




ユイが、



ほんの少しだけ、



自分の指先を動かす。




さっきとは逆に、



ユイの方から、



距離を詰める。




レンは、



その動きに気づく。




でも、



何も言わない。




ただ、



そのまま受け入れる。




ユイ「……これは?」




レン「うん」




ユイ「セーフ?」




レンは、



少しだけ笑う。




レン「俺が決めるの?」




ユイ「一応聞く」




レンは、



ほんの少しだけ考えて、



すぐに答える。




レン「……セーフ」




ユイ「甘くない?」




レン「さっきの仕返し」




ユイは、



小さく笑う。




ユイ「じゃあ、これは?」




ほんの一瞬、



指先が、



かすかに触れる。




一瞬だけ。




すぐに離れる。




レンは、



息を止める。




ユイは、



何もなかったみたいに前を向く。




ユイ「……今のは?」




レンは、



少しだけ遅れて、



息を吐く。




レン「……アウト」




ユイ「でしょ」




レン「でも」




ユイ「うん?」




レンは、



少しだけ笑う。




レン「悪くない」




ユイは、



一瞬だけ黙って、



そのあと、



小さく笑う。




ユイ「……同じく」




また歩く。




さっきと同じ道なのに、



もう、



同じ距離じゃない。




ルールは、



また、



少しだけ変わった。




でも、



それは壊れたんじゃない。




更新された。




触れたことで、



終わるんじゃなくて、



始まる。




名前のないまま、



それでも、



確実に形を持ち始める関係。




次に触れるとき、



それはもう、



“偶然”じゃなくなる。




そのことに、



ふたりとも、



まだ気づいていないふりをしていた。

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