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まだ名前のない距離 39 戻れない気配に、気づかないふりをして

夜道は、



変わらず静かだった。




けれど、



さっきまでとは、



少しだけ違う。




ふたりの間にある空気が、



わずかに変わっている。




レンが、



ぽつりと口を開く。




「なあ」




「ん?」




「さっきさ」




「“またしよう”って言ったじゃん」




ユイは、



少しだけ視線を前に向けたまま答える。




「言ったね」




「……あれさ」




レンは、



ほんの少しだけ迷う。




「どういう意味で言った?」




ユイは、



一瞬だけ黙る。




そして、



少しだけ笑う。




「なにそれ」




「逆にどういう意味に聞こえたの?」




レンは、



苦笑する。




「いや……なんか」




「軽く言ってるようで」




「そうでもない感じしたから」




ユイは、



少しだけ歩幅をゆるめる。




「……それ、正解かも」




レンは、



思わず横を見る。




「え」




ユイは、



前を見たまま続ける。




「軽い気持ちじゃないよ」




「でも」




「重くもしたくない」




レンは、



その言葉を受け止めるように、



ゆっくり頷く。




「……むずいな」




ユイは、



少しだけ笑う。




「でしょ」




「でもさ」




ユイが、



少しだけ声を落とす。




「レンはどう思ったの?」




レンは、



すぐには答えない。




ほんの少しだけ、



間を置く。




「……嬉しかった」




その一言は、



思っていたよりも素直だった。




ユイの足が、



ほんの少しだけ止まりかける。




「……そっか」




「うん」




また、



少しだけ沈黙。




でも、



今度は逃げない沈黙。




レンが、



ふっと息を吐く。




「なんかさ」




「今日でさ」




「ちょっと変わった気しない?」




ユイは、



すぐには答えない。




少しだけ考えてから、



口を開く。




「……する」




「戻れると思う?」




レンのその一言に、



ユイの視線がわずかに揺れる。




「……どうだろ」




「戻りたい?」




今度は、



ユイが問い返す。




レンは、



少しだけ笑う。




「いや」




「別に」




「じゃあ、いいじゃん」




ユイも、



小さく笑う。




そのやり取りが、



どこか軽くて、



でも確かだった。




レンが、



少しだけ声を落とす。




「でもさ」




「戻れないってさ」




「ちょっと怖くない?」




ユイは、



ほんの少しだけ、



息を吸う。




「……ちょっとね」




「でも」




「悪くない」




レンは、



その言葉に、



少しだけ驚く。




「強いな」




「そうでもないよ」




ユイは、



ほんの少しだけ笑う。




「ただ」




「レンとなら、いいかなって思っただけ」




その言葉に、



レンは一瞬だけ黙る。




何か言おうとして、



やめる。




代わりに、



小さく笑う。




「……それ、ずるい」




「なにが?」




「なんか全部持ってくじゃん」




ユイは、



少しだけ首をかしげる。




「意味分かんない」




「分かんなくていい」




ふたりで、



また少しだけ笑う。




そのあと、



ほんのわずかに、



距離が縮まる。




さっきよりも、



確実に。




触れてはいない。




でも、



もう、



いつでも触れられる距離。




レンが、



小さく呟く。




「なあ」




「ん?」




「これさ」




「名前、つける?」




ユイは、



少しだけ考える。




そして、



静かに首を振る。




「……まだいい」




「今は、このままでいい」




レンは、



その答えに、



ゆっくり頷く。




「……そっか」




夜は、



変わらず続いている。




けれど、



ふたりの距離は、



もう元には戻らない。




それでも、



どちらも、



それを選んでいる。




名前のないまま、



進んでいく関係。




その輪郭が、



ほんの少しだけ、



はっきりし始めていた。

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