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53/85

まだ名前のない距離 39 戻れない気配に、気づかないふりをして

夜道は、


◇


変わらず静かだった。


◇


◇


けれど、


◇


さっきまでとは、


◇


少しだけ違う。


◇


◇


ふたりの間にある空気が、


◇


わずかに変わっている。


◇


◇


レンが、


◇


ぽつりと口を開く。


◇


◇


「なあ」


◇


◇


「ん?」


◇


◇


「さっきさ」


◇


◇


「“またしよう”って言ったじゃん」


◇


◇


ユイは、


◇


少しだけ視線を前に向けたまま答える。


◇


◇


「言ったね」


◇


◇


「……あれさ」


◇


◇


レンは、


◇


ほんの少しだけ迷う。


◇


◇


「どういう意味で言った?」


◇


◇


ユイは、


◇


一瞬だけ黙る。


◇


◇


そして、


◇


少しだけ笑う。


◇


◇


「なにそれ」


◇


◇


「逆にどういう意味に聞こえたの?」


◇


◇


レンは、


◇


苦笑する。


◇


◇


「いや……なんか」


◇


◇


「軽く言ってるようで」


◇


◇


「そうでもない感じしたから」


◇


◇


ユイは、


◇


少しだけ歩幅をゆるめる。


◇


◇


「……それ、正解かも」


◇


◇


レンは、


◇


思わず横を見る。


◇


◇


「え」


◇


◇


ユイは、


◇


前を見たまま続ける。


◇


◇


「軽い気持ちじゃないよ」


◇


◇


「でも」


◇


◇


「重くもしたくない」


◇


◇


レンは、


◇


その言葉を受け止めるように、


◇


ゆっくり頷く。


◇


◇


「……むずいな」


◇


◇


ユイは、


◇


少しだけ笑う。


◇


◇


「でしょ」


◇


◇


「でもさ」


◇


◇


ユイが、


◇


少しだけ声を落とす。


◇


◇


「レンはどう思ったの?」


◇


◇


レンは、


◇


すぐには答えない。


◇


◇


ほんの少しだけ、


◇


間を置く。


◇


◇


「……嬉しかった」


◇


◇


その一言は、


◇


思っていたよりも素直だった。


◇


◇


ユイの足が、


◇


ほんの少しだけ止まりかける。


◇


◇


「……そっか」


◇


◇


「うん」


◇


◇


また、


◇


少しだけ沈黙。


◇


◇


でも、


◇


今度は逃げない沈黙。


◇


◇


レンが、


◇


ふっと息を吐く。


◇


◇


「なんかさ」


◇


◇


「今日でさ」


◇


◇


「ちょっと変わった気しない?」


◇


◇


ユイは、


◇


すぐには答えない。


◇


◇


少しだけ考えてから、


◇


口を開く。


◇


◇


「……する」


◇


◇


「戻れると思う?」


◇


◇


レンのその一言に、


◇


ユイの視線がわずかに揺れる。


◇


◇


「……どうだろ」


◇


◇


「戻りたい?」


◇


◇


今度は、


◇


ユイが問い返す。


◇


◇


レンは、


◇


少しだけ笑う。


◇


◇


「いや」


◇


◇


「別に」


◇


◇


「じゃあ、いいじゃん」


◇


◇


ユイも、


◇


小さく笑う。


◇


◇


そのやり取りが、


◇


どこか軽くて、


◇


でも確かだった。


◇


◇


レンが、


◇


少しだけ声を落とす。


◇


◇


「でもさ」


◇


◇


「戻れないってさ」


◇


◇


「ちょっと怖くない?」


◇


◇


ユイは、


◇


ほんの少しだけ、


◇


息を吸う。


◇


◇


「……ちょっとね」


◇


◇


「でも」


◇


◇


「悪くない」


◇


◇


レンは、


◇


その言葉に、


◇


少しだけ驚く。


◇


◇


「強いな」


◇


◇


「そうでもないよ」


◇


◇


ユイは、


◇


ほんの少しだけ笑う。


◇


◇


「ただ」


◇


◇


「レンとなら、いいかなって思っただけ」


◇


◇


その言葉に、


◇


レンは一瞬だけ黙る。


◇


◇


何か言おうとして、


◇


やめる。


◇


◇


代わりに、


◇


小さく笑う。


◇


◇


「……それ、ずるい」


◇


◇


「なにが?」


◇


◇


「なんか全部持ってくじゃん」


◇


◇


ユイは、


◇


少しだけ首をかしげる。


◇


◇


「意味分かんない」


◇


◇


「分かんなくていい」


◇


◇


ふたりで、


◇


また少しだけ笑う。


◇


◇


そのあと、


◇


ほんのわずかに、


◇


距離が縮まる。


◇


◇


さっきよりも、


◇


確実に。


◇


◇


触れてはいない。


◇


◇


でも、


◇


もう、


◇


いつでも触れられる距離。


◇


◇


レンが、


◇


小さく呟く。


◇


◇


「なあ」


◇


◇


「ん?」


◇


◇


「これさ」


◇


◇


「名前、つける?」


◇


◇


ユイは、


◇


少しだけ考える。


◇


◇


そして、


◇


静かに首を振る。


◇


◇


「……まだいい」


◇


◇


「今は、このままでいい」


◇


◇


レンは、


◇


その答えに、


◇


ゆっくり頷く。


◇


◇


「……そっか」


◇


◇


夜は、


◇


変わらず続いている。


◇


◇


けれど、


◇


ふたりの距離は、


◇


もう元には戻らない。


◇


◇


それでも、


◇


どちらも、


◇


それを選んでいる。


◇


◇


名前のないまま、


◇


進んでいく関係。


◇


◇


その輪郭が、


◇


ほんの少しだけ、


◇


はっきりし始めていた。

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