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まだ名前のない距離 37 言葉にしないまま、重なりはじめる気配

まだ名前のない距離 38 言葉にした途端、少しだけ変わる距離


夜の道を、



ふたりは並んで歩く。




さっきまでと同じはずの空気が、



ほんの少しだけ、



変わっていた。




沈黙は、



まだ心地いい。




けれど――



ユイが、



小さく口を開く。




「……ねえ」




レンは、



少しだけ驚いたように、



視線を向ける。




「ん?」




ユイは、



前を見たまま、



少しだけ迷う。




「今日さ」




「……なんか、長くなかった?」




レンは、



一瞬だけ考えて、



ふっと笑う。




「長いっていうか……」




「濃かった、って感じ?」




ユイは、



小さく頷く。




「……それ」




「なんか、分かる」




少しだけ、



空気がほどける。




言葉にしたことで、



何かが軽くなる。




レンは、



歩きながら、



ふと問いかける。




「ユイはさ」




「今日、楽しかった?」




ユイは、



少しだけ間を置く。




すぐには答えない。




でも、



その間は、



重くなかった。




「……うん」




「楽しかった」




そう言ってから、



ほんの少しだけ、



笑う。




「思ってたより、ずっと」




レンは、



その言葉に、



安心したように息を吐く。




「よかった」




「俺も、楽しかった」




ユイは、



ちらっとだけ、



横を見る。




レンは、



まっすぐ前を見ている。




その横顔が、



少しだけやわらかい。




「ねえ」




ユイが、



もう一度呼ぶ。




「ん?」




「さっきのさ」




「……気にしてる?」




レンは、



ほんの少しだけ、



足を緩める。




「……さっきって?」




分かっているくせに、



そう返す。




ユイは、



小さく息を吐く。




「……分かってるでしょ」




少しだけ、



照れた声。




レンは、



視線を逸らしながら、



苦笑する。




「……まあ、うん」




「ちょっとは」




ユイは、



少しだけ肩をすくめる。




「……そっか」




一瞬だけ、



また沈黙が落ちる。




でも、



今度の沈黙は、



さっきとは少し違う。




言葉のあとに残る、



やわらかい余白。




レンが、



ぽつりと続ける。




「でもさ」




「嫌じゃなかった」




ユイは、



足を止めそうになる。




けれど、



そのまま歩き続ける。




「……私も」




小さな声。




それでも、



はっきりと届く。




レンは、



少しだけ笑う。




「そっか」




それ以上は、



何も言わない。




でも、



それだけで、



十分だった。




ユイは、



少しだけ顔を上げる。




夜の空気が、



さっきよりも、



やさしく感じる。




「ねえ、レン」




「ん?」




「またさ」




「こうやって、歩こうよ」




レンは、



一瞬だけ驚いて、



すぐに頷く。




「……いいよ」




「いつでも」




ユイは、



少しだけ笑う。




「“いつでも”はちょっと大げさ」




レンも、



つられて笑う。




「じゃあ、また今度」




「うん、今度」




そのやり取りが、



どこか自然で、



どこか特別だった。




言葉にしたことで、



距離は、



少しだけ変わる。




近づきすぎるわけでもなく、



遠ざかるわけでもなく。




ただ、



確かに、



一歩進んだ距離。




夜は、



まだ続いていく。




そして、



ふたりの会話もまた、



ゆっくりと、



途切れずに続いていく。

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