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まだ名前のない距離 35 触れたあとに残る、言葉にならないもの

夜は、



もうすっかり、



街を包み込んでいた。




灯りだけが、



静かに道をつくる。




ふたりは、



その中を歩いている。




並んだまま、



変わらないようで、



少しだけ変わった距離。




指先は、



触れていない。




けれど、



さっき触れた記憶が、



まだ残っている。




離れているはずなのに、



どこか繋がっている感覚。




ユイは、



その違和感のなさに、



小さく息をつく。




慣れてしまった、



わけじゃない。




でも、



拒む理由も、



もうどこにもなかった。




歩くリズムは、



変わらない。




それでも、



さっきより少しだけ、



互いを意識している。




言葉はない。




けれど、



沈黙は重くない。




むしろ、



ちょうどいい温度で、



ふたりの間に広がっている。




レンは、



ふと空を見上げる。




何かを探すような仕草。




ユイも、



つられるように視線を上げる。




同じものを見ているわけじゃない。




でも、



同じ方向を向いている。




それだけで、



十分だった。




「さ」




レンが、



小さく声を出す。




続きは、



まだ言わない。




言葉にしなくても、



たぶん伝わると知っているから。




ユイは、



その一音を受け取って、



わずかに笑う。




「うん」




それだけで、



歩幅がまた揃う。




ほんの少し、



風が吹く。




髪が揺れて、



距離も揺れる。




その流れの中で、



またほんのわずかに、



近づく。




今度は、



触れない。




でも、



触れなくてもいい距離。




知ってしまったから。




触れたときの、



あの温度を。




それがあるだけで、



もう十分だと思えるくらいに。




街灯が、



ひとつ、



またひとつと過ぎていく。




影は、



揺れながら、



ときどき重なる。




重なって、



離れて、



また並ぶ。




まるで、



今のふたりみたいに。




ユイは、



何も言わない。




レンも、



何も聞かない。




それでも、



ふたりの間には、



確かに何かが増えている。




名前をつけるには、



まだ早い。




形にするには、



少しだけ繊細すぎる。




だから、



そのままにしておく。




壊さないように。




急がないように。




ただ、



隣にいることだけを、



確かめながら。




夜の奥へ、



さらに深く。




ふたりは、



同じ速さで、



進んでいく。

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