まだ名前のない距離 35 触れたあとに残る、言葉にならないもの
夜は、
◇
もうすっかり、
◇
街を包み込んでいた。
◇
◇
灯りだけが、
◇
静かに道をつくる。
◇
◇
ふたりは、
◇
その中を歩いている。
◇
◇
並んだまま、
◇
変わらないようで、
◇
少しだけ変わった距離。
◇
◇
指先は、
◇
触れていない。
◇
◇
けれど、
◇
さっき触れた記憶が、
◇
まだ残っている。
◇
◇
離れているはずなのに、
◇
どこか繋がっている感覚。
◇
◇
ユイは、
◇
その違和感のなさに、
◇
小さく息をつく。
◇
◇
慣れてしまった、
◇
わけじゃない。
◇
◇
でも、
◇
拒む理由も、
◇
もうどこにもなかった。
◇
◇
歩くリズムは、
◇
変わらない。
◇
◇
それでも、
◇
さっきより少しだけ、
◇
互いを意識している。
◇
◇
言葉はない。
◇
◇
けれど、
◇
沈黙は重くない。
◇
◇
むしろ、
◇
ちょうどいい温度で、
◇
ふたりの間に広がっている。
◇
◇
レンは、
◇
ふと空を見上げる。
◇
◇
何かを探すような仕草。
◇
◇
ユイも、
◇
つられるように視線を上げる。
◇
◇
同じものを見ているわけじゃない。
◇
◇
でも、
◇
同じ方向を向いている。
◇
◇
それだけで、
◇
十分だった。
◇
◇
「さ」
◇
◇
レンが、
◇
小さく声を出す。
◇
◇
続きは、
◇
まだ言わない。
◇
◇
言葉にしなくても、
◇
たぶん伝わると知っているから。
◇
◇
ユイは、
◇
その一音を受け取って、
◇
わずかに笑う。
◇
◇
「うん」
◇
◇
それだけで、
◇
歩幅がまた揃う。
◇
◇
ほんの少し、
◇
風が吹く。
◇
◇
髪が揺れて、
◇
距離も揺れる。
◇
◇
その流れの中で、
◇
またほんのわずかに、
◇
近づく。
◇
◇
今度は、
◇
触れない。
◇
◇
でも、
◇
触れなくてもいい距離。
◇
◇
知ってしまったから。
◇
◇
触れたときの、
◇
あの温度を。
◇
◇
それがあるだけで、
◇
もう十分だと思えるくらいに。
◇
◇
街灯が、
◇
ひとつ、
◇
またひとつと過ぎていく。
◇
◇
影は、
◇
揺れながら、
◇
ときどき重なる。
◇
◇
重なって、
◇
離れて、
◇
また並ぶ。
◇
◇
まるで、
◇
今のふたりみたいに。
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◇
ユイは、
◇
何も言わない。
◇
◇
レンも、
◇
何も聞かない。
◇
◇
それでも、
◇
ふたりの間には、
◇
確かに何かが増えている。
◇
◇
名前をつけるには、
◇
まだ早い。
◇
◇
形にするには、
◇
少しだけ繊細すぎる。
◇
◇
だから、
◇
そのままにしておく。
◇
◇
壊さないように。
◇
◇
急がないように。
◇
◇
ただ、
◇
隣にいることだけを、
◇
確かめながら。
◇
◇
夜の奥へ、
◇
さらに深く。
◇
◇
ふたりは、
◇
同じ速さで、
◇
進んでいく。




