まだ名前のない距離 34 触れないまま、重なっていく温度
夜は、
◇
さらに深く、
◇
静けさを重ねていく。
◇
◇
街の音が、
◇
少しずつ遠くなる。
◇
◇
ふたりの世界だけが、
◇
わずかに輪郭を持ちはじめる。
◇
◇
並んで歩く。
◇
変わらない距離。
◇
けれど、
◇
さっきよりも確かに近い。
◇
◇
足音は、
◇
もう完全に揃っていた。
◇
◇
意識しなくても、
◇
離れないリズム。
◇
◇
ユイは、
◇
ほんの少しだけ視線を落とす。
◇
◇
隣にある手。
◇
触れていない、
◇
でも遠くもない位置。
◇
◇
その距離に、
◇
もう違和感はなかった。
◇
◇
「ね」
◇
◇
また、小さな声。
◇
今度は、
◇
少しだけ迷いが少ない。
◇
◇
レンは、
◇
前を見たまま応える。
◇
「ん」
◇
◇
ユイは、
◇
一瞬だけ息を整える。
◇
◇
言葉を選ぶというより、
◇
気持ちの形を確かめるみたいに。
◇
◇
「こういうのってさ」
◇
◇
ゆっくりと、
◇
夜に馴染ませるように。
◇
◇
「急がなくていいんだよね」
◇
◇
問いかけのようで、
◇
確かめるような声。
◇
◇
レンは、
◇
少しだけ間を置く。
◇
◇
すぐに答えられることなのに、
◇
あえて急がない。
◇
◇
「うん」
◇
◇
短く、
◇
静かな肯定。
◇
◇
「急がなくていい」
◇
◇
その言葉は、
◇
どこかで
◇
自分自身にも向けられていた。
◇
◇
ユイは、
◇
小さく息を吐く。
◇
◇
胸の奥にあった、
◇
見えない緊張が、
◇
ゆっくりとほどけていく。
◇
◇
歩きながら、
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ほんの少しだけ、
◇
手が揺れる。
◇
◇
今度は、
◇
さっきよりも自然に。
◇
◇
距離が、
◇
ほんのわずか縮まる。
◇
◇
触れるかどうか、
◇
もう考えていない動き。
◇
◇
その瞬間、
◇
指先が、
◇
一瞬だけ触れる。
◇
◇
ほんのかすかな接触。
◇
◇
でも、
◇
確かにあった温度。
◇
◇
ユイは、
◇
驚かない。
◇
◇
引きもしない。
◇
◇
ただ、
◇
そのまま歩き続ける。
◇
◇
レンも、
◇
何も言わない。
◇
◇
視線も、
◇
歩幅も、
◇
変えないまま。
◇
◇
けれど、
◇
さっきまでとは違う。
◇
◇
触れてしまったことで、
◇
戻らない何かが、
◇
静かに生まれていた。
◇
◇
それでも、
◇
握らない。
◇
◇
繋がない。
◇
◇
ただ、
◇
離れもしない。
◇
◇
その曖昧なまま、
◇
ふたりは進んでいく。
◇
◇
街灯の下、
◇
影がふたつ並ぶ。
◇
◇
今度は、
◇
ほんの少しだけ重なっていた。
◇
◇
完全じゃない、
◇
でも確かに近い形。
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◇
ユイは、
◇
また小さく笑う。
◇
◇
今度は、
◇
ほんの少しだけ声を含んで。
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◇
「今のさ」
◇
◇
レンは、
◇
わずかに視線を向ける。
◇
「うん」
◇
◇
ユイは、
◇
前を見たまま言う。
◇
◇
「嫌じゃなかった」
◇
◇
それは、
◇
確認でも、
◇
報告でもなく。
◇
◇
ただの事実みたいな言葉。
◇
◇
レンは、
◇
ほんの少しだけ息を吐く。
◇
◇
「俺も」
◇
◇
それだけ。
◇
◇
それで、
◇
全部伝わる。
◇
◇
それ以上、
◇
踏み込まない。
◇
◇
でも、
◇
もう戻らない。
◇
◇
その中間に、
◇
確かなものがある。
◇
◇
名前はない。
◇
形もない。
◇
◇
けれど、
◇
触れてしまった温度だけは、
◇
消えずに残る。
◇
◇
夜の奥へ、
◇
ふたりは歩いていく。
◇
◇
変わりながら、
◇
静かに、
◇
確かに、
◇
同じ方向へ。




