まだ名前のない距離 33 言葉にしないまま、確かめていくもの
夜は、さらに奥へと沈んでいく。
◇
街灯の光が、
さっきよりも少しだけ遠く感じる。
◇
◇
並んで歩く。
◇
変わらないはずの距離。
◇
けれど、
◇
その内側だけが、
ゆっくりと動いていた。
◇
◇
足音が重なる。
◇
一歩、
◇
また一歩。
◇
◇
揃えようとしていないのに、
◇
自然と合っていくリズム。
◇
◇
ユイは、ふと気づく。
◇
さっきまでよりも、
◇
隣の気配が近い。
◇
◇
触れてはいない。
◇
でも、
◇
触れられる距離。
◇
◇
その“手前”で、
◇
互いに止まっている。
◇
◇
「ね」
◇
今度は、小さな声。
◇
夜に溶けるような響き。
◇
◇
レンは、少しだけ視線を落とす。
◇
「ん」
◇
◇
ユイは、すぐには続けない。
◇
言葉にするには、
◇
少しだけ勇気がいる距離。
◇
◇
「さっきのさ」
◇
◇
ゆっくりと、
◇
確かめるように。
◇
◇
「変わるって話」
◇
◇
レンは、何も言わない。
◇
でも、
◇
聞いていることはわかる。
◇
◇
「全部変わるわけじゃないよね」
◇
◇
その言葉は、
◇
問いかけの形をしているのに、
◇
どこかで答えを知っている響きだった。
◇
◇
レンは、少しだけ息を吐く。
◇
◇
「たぶん」
◇
◇
短い言葉。
◇
でも、
◇
その中に迷いはなかった。
◇
◇
「変わるのは、全部じゃない」
◇
◇
視線は前のまま。
◇
歩く速さもそのまま。
◇
◇
「残るものもあるし」
◇
◇
一瞬だけ間を置く。
◇
◇
「残したいって思うものは、たぶん消えない」
◇
◇
ユイは、その言葉をゆっくり受け取る。
◇
◇
胸の奥で、
◇
小さく何かがほどける。
◇
◇
「そっか」
◇
◇
今度は、
◇
さっきよりも柔らかい返事。
◇
◇
ユイは、ほんの少しだけ手を揺らす。
◇
歩く流れの中で、
◇
自然に。
◇
◇
その動きが、
◇
ほんのわずかにレンの手元に近づく。
◇
◇
触れるか、
◇
触れないか。
◇
◇
その境界で、
◇
時間が少しだけ伸びる。
◇
◇
レンは気づいている。
◇
でも、
◇
あえて何もしない。
◇
◇
引き寄せるでも、
◇
避けるでもなく。
◇
◇
ただ、
◇
その距離をそのままにする。
◇
◇
ユイもまた、
◇
それ以上は踏み込まない。
◇
◇
けれど、
◇
引くこともしなかった。
◇
◇
ふたりの手の間に、
◇
見えない線が引かれる。
◇
◇
越えられる距離。
◇
でも、
◇
今はまだ越えない距離。
◇
◇
その曖昧さが、
◇
なぜか心地よかった。
◇
◇
街灯の下を通り過ぎるたび、
◇
ふたりの影が、
◇
少しずつ形を変える。
◇
◇
重なりそうで、
◇
重ならない。
◇
◇
でも、
◇
完全に離れることもない。
◇
◇
ユイは、小さく笑う。
◇
声には出さないまま。
◇
◇
「なんかさ」
◇
◇
レンは、横目で少しだけ見る。
◇
「ん?」
◇
◇
ユイは前を見たまま続ける。
◇
◇
「今くらいが、ちょうどいいのかもね」
◇
◇
その言葉は、
◇
どこかで確かめた答えみたいだった。
◇
◇
レンは、すぐには返さない。
◇
◇
でも、
◇
ほんのわずかに歩幅を合わせる。
◇
◇
さっきよりも、
◇
自然に。
◇
◇
「そうかも」
◇
◇
短い返事。
◇
でも、
◇
それで十分だった。
◇
◇
それ以上、
◇
何も決めなくていい。
◇
◇
名前も、
◇
形も、
◇
まだいらない。
◇
◇
ただ、
◇
この距離を、
◇
このまま歩いていく。
◇
◇
変わりながら、
◇
変わらないまま。
◇
◇
夜の中で、
◇
静かに、
◇
曖昧なまま、
◇
でも確かに、
◇
ふたりの間に残っていくものがあった。




