まだ名前のない距離 32 名前を与えないまま、深まっていくもの
夜は、さらに静けさを増していく。
◇
遠くの音だけが、
輪郭を失ったまま漂っていた。
◇
◇
並んで歩く。
◇
さっきと同じ速さ。
◇
同じ距離。
◇
けれど、
◇
その“同じ”が、
少しずつ違う意味を持ちはじめていた。
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◇
ユイは、ふと足元を見る。
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規則的に並ぶ白線。
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そこを、同じリズムで越えていく。
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◇
ひとつ、
◇
ふたつ、
◇
みっつ。
◇
◇
そのたびに、
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何かが揃っていく気がした。
◇
◇
「ねえ」
◇
今度は、さっきよりも自然な呼びかけ。
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◇
レンは、少しだけ顔を向ける。
◇
「ん?」
◇
◇
ユイは、少しだけ考える。
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でも、
◇
さっきみたいに立ち止まらない。
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◇
「変わるってさ」
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◇
言葉を探すように、
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少しだけ間を置く。
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◇
「怖くないの?」
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◇
レンは、すぐには答えない。
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◇
夜の空気を一度吸って、
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ゆっくり吐く。
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◇
「怖いよ」
◇
◇
あっさりとした答え。
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◇
ユイは少しだけ驚いて、
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でも、そのまま続きを待つ。
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◇
「でも」
◇
◇
レンは前を見たまま続ける。
◇
◇
「変わらないままのほうが、たぶん」
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◇
ほんの少しだけ言葉を選んで、
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◇
「あとで、もっと怖くなる気がする」
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◇
静かな声だった。
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◇
ユイは、その言葉をすぐには飲み込めない。
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◇
でも、
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拒むこともなかった。
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◇
「そっか」
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◇
短く返す。
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◇
それ以上、何かを言う代わりに、
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少しだけ歩幅を変える。
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◇
ほんのわずかに、
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レンに近づく。
◇
◇
触れない距離のまま、
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でも、前よりも近い。
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◇
レンは、その変化に気づいているのかいないのか、
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何も言わない。
◇
◇
ただ、
◇
歩く速度をそのまま保つ。
◇
◇
合わせるでも、
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離れるでもなく。
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◇
そのまま、受け入れるように。
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◇
ふたりの影が、
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街灯の下で一瞬だけ重なる。
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◇
すぐに離れて、
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また並ぶ。
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◇
でも、
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重なった事実だけが残る。
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◇
ユイは、小さく息を吐く。
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◇
「ね」
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◇
レンは、今度はすぐに返す。
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「なに」
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◇
ユイは少しだけ迷って、
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それでも、今度は言う。
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◇
「今のままでもいいけどさ」
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◇
一瞬だけ、視線を横に向ける。
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◇
「少し変わっても、いいかもね」
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◇
レンは、何も言わない。
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◇
ただ、
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ほんの少しだけ歩幅が揃う。
◇
◇
さっきよりも、
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自然に。
◇
◇
ユイは前を向き直す。
◇
◇
それ以上の言葉は、いらなかった。
◇
◇
ふたりは、そのまま歩き続ける。
◇
◇
名前をつけないまま、
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形だけが少しずつ変わっていく距離を、
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壊さないように、
◇
でも止めないように。
◇
◇
夜の中で、
◇
静かに、
◇
確かに、
◇
深まっていった。




