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46/85

まだ名前のない距離 32 名前を与えないまま、深まっていくもの

夜は、さらに静けさを増していく。


◇


遠くの音だけが、

輪郭を失ったまま漂っていた。


◇


◇


並んで歩く。


◇


さっきと同じ速さ。


◇


同じ距離。


◇


けれど、


◇


その“同じ”が、

少しずつ違う意味を持ちはじめていた。


◇


◇


ユイは、ふと足元を見る。


◇


規則的に並ぶ白線。


◇


そこを、同じリズムで越えていく。


◇


◇


ひとつ、


◇


ふたつ、


◇


みっつ。


◇


◇


そのたびに、


◇


何かが揃っていく気がした。


◇


◇


「ねえ」


◇


今度は、さっきよりも自然な呼びかけ。


◇


◇


レンは、少しだけ顔を向ける。


◇


「ん?」


◇


◇


ユイは、少しだけ考える。


◇


でも、


◇


さっきみたいに立ち止まらない。


◇


◇


「変わるってさ」


◇


◇


言葉を探すように、


◇


少しだけ間を置く。


◇


◇


「怖くないの?」


◇


◇


レンは、すぐには答えない。


◇


◇


夜の空気を一度吸って、


◇


ゆっくり吐く。


◇


◇


「怖いよ」


◇


◇


あっさりとした答え。


◇


◇


ユイは少しだけ驚いて、


◇


でも、そのまま続きを待つ。


◇


◇


「でも」


◇


◇


レンは前を見たまま続ける。


◇


◇


「変わらないままのほうが、たぶん」


◇


◇


ほんの少しだけ言葉を選んで、


◇


◇


「あとで、もっと怖くなる気がする」


◇


◇


静かな声だった。


◇


◇


ユイは、その言葉をすぐには飲み込めない。


◇


◇


でも、


◇


拒むこともなかった。


◇


◇


「そっか」


◇


◇


短く返す。


◇


◇


それ以上、何かを言う代わりに、


◇


少しだけ歩幅を変える。


◇


◇


ほんのわずかに、


◇


レンに近づく。


◇


◇


触れない距離のまま、


◇


でも、前よりも近い。


◇


◇


レンは、その変化に気づいているのかいないのか、


◇


何も言わない。


◇


◇


ただ、


◇


歩く速度をそのまま保つ。


◇


◇


合わせるでも、


◇


離れるでもなく。


◇


◇


そのまま、受け入れるように。


◇


◇


ふたりの影が、


◇


街灯の下で一瞬だけ重なる。


◇


◇


すぐに離れて、


◇


また並ぶ。


◇


◇


でも、


◇


重なった事実だけが残る。


◇


◇


ユイは、小さく息を吐く。


◇


◇


「ね」


◇


◇


レンは、今度はすぐに返す。


◇


「なに」


◇


◇


ユイは少しだけ迷って、


◇


それでも、今度は言う。


◇


◇


「今のままでもいいけどさ」


◇


◇


一瞬だけ、視線を横に向ける。


◇


◇


「少し変わっても、いいかもね」


◇


◇


レンは、何も言わない。


◇


◇


ただ、


◇


ほんの少しだけ歩幅が揃う。


◇


◇


さっきよりも、


◇


自然に。


◇


◇


ユイは前を向き直す。


◇


◇


それ以上の言葉は、いらなかった。


◇


◇


ふたりは、そのまま歩き続ける。


◇


◇


名前をつけないまま、


◇


形だけが少しずつ変わっていく距離を、


◇


壊さないように、


◇


でも止めないように。


◇


◇


夜の中で、


◇


静かに、


◇


確かに、


◇


深まっていった。

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