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まだ名前のない距離 32 名前を与えないまま、深まっていくもの

夜は、さらに静けさを増していく。



遠くの音だけが、

輪郭を失ったまま漂っていた。




並んで歩く。



さっきと同じ速さ。



同じ距離。



けれど、



その“同じ”が、

少しずつ違う意味を持ちはじめていた。




ユイは、ふと足元を見る。



規則的に並ぶ白線。



そこを、同じリズムで越えていく。




ひとつ、



ふたつ、



みっつ。




そのたびに、



何かが揃っていく気がした。




「ねえ」



今度は、さっきよりも自然な呼びかけ。




レンは、少しだけ顔を向ける。



「ん?」




ユイは、少しだけ考える。



でも、



さっきみたいに立ち止まらない。




「変わるってさ」




言葉を探すように、



少しだけ間を置く。




「怖くないの?」




レンは、すぐには答えない。




夜の空気を一度吸って、



ゆっくり吐く。




「怖いよ」




あっさりとした答え。




ユイは少しだけ驚いて、



でも、そのまま続きを待つ。




「でも」




レンは前を見たまま続ける。




「変わらないままのほうが、たぶん」




ほんの少しだけ言葉を選んで、




「あとで、もっと怖くなる気がする」




静かな声だった。




ユイは、その言葉をすぐには飲み込めない。




でも、



拒むこともなかった。




「そっか」




短く返す。




それ以上、何かを言う代わりに、



少しだけ歩幅を変える。




ほんのわずかに、



レンに近づく。




触れない距離のまま、



でも、前よりも近い。




レンは、その変化に気づいているのかいないのか、



何も言わない。




ただ、



歩く速度をそのまま保つ。




合わせるでも、



離れるでもなく。




そのまま、受け入れるように。




ふたりの影が、



街灯の下で一瞬だけ重なる。




すぐに離れて、



また並ぶ。




でも、



重なった事実だけが残る。




ユイは、小さく息を吐く。




「ね」




レンは、今度はすぐに返す。



「なに」




ユイは少しだけ迷って、



それでも、今度は言う。




「今のままでもいいけどさ」




一瞬だけ、視線を横に向ける。




「少し変わっても、いいかもね」




レンは、何も言わない。




ただ、



ほんの少しだけ歩幅が揃う。




さっきよりも、



自然に。




ユイは前を向き直す。




それ以上の言葉は、いらなかった。




ふたりは、そのまま歩き続ける。




名前をつけないまま、



形だけが少しずつ変わっていく距離を、



壊さないように、



でも止めないように。




夜の中で、



静かに、



確かに、



深まっていった。

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