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まだ名前のない距離 31 近づくでも離れるでもない、同じ速度で

夜の風は、さっきよりも少しだけ冷たくなっていた。



街の音も、ほんの少し遠くなる。



ふたりの間にあるものだけが、

はっきりと残っているみたいだった。




並んで歩く。



さっきと同じ距離。



でも、同じじゃない。




ユイは、自分の手を見る。



何も触れていないはずなのに、

どこかに感触が残っている気がした。




「ねえ」



今度は、少しだけ柔らかい声。




レンは視線を向ける。



「ん?」




ユイは少しだけ迷って、



それでも、さっきよりは迷わずに言う。




「さっきのさ」




レンは、すぐには反応しない。



ただ、聞いている。




「残っててもいいってやつ」




ユイは前を見たまま続ける。



「それってさ」




少しだけ息を吸う。




「変わってもいいってこと?」




レンは一瞬だけ考える。



考えるというより、

言葉にする形を選んでいる感じだった。




「たぶん」




短い答え。




ユイは少しだけ笑う。




「また曖昧」




レンも、少しだけ肩をすくめる。




「はっきりしたら、終わりそうじゃない?」




その言い方は軽いのに、



どこかだけ、少しだけ真剣だった。




ユイは、その言葉をそのまま受け取る。



否定も、肯定もせずに。




「終わるの、やだ?」




自然に出た問いだった。




レンは、少しだけ空を見る。



街灯の光で、星はほとんど見えない。




「どうだろ」




間を置いて、



少しだけ続ける。




「今は、まだ」




それ以上は言わない。




ユイも、それ以上は聞かない。




ふたりの間に、また沈黙が落ちる。




でも今度は、



少しだけ温度がある。




歩幅が、自然に揃う。



どちらが合わせたのかは分からない。




ただ、ずれないまま進んでいく。




信号のない小さな横断歩道に差しかかる。




レンが、ほんの少しだけ歩く速度を落とす。




ユイも、それに気づいて、同じように緩める。




その一瞬、



距離がほんの少しだけ縮まる。




触れそうで、触れない。




でも、さっきよりも近い。




ユイは前を見たまま、小さく言う。




「さ」




レンは視線だけで返す。




「なに」




ユイは、少しだけ笑って、




「なんでもない」




その“なんでもない”は、



本当に何でもないわけじゃなかった。




でも、今はそれでよかった。




ふたりはまた歩き出す。




同じ速さで。



同じ夜の中を。




まだ名前のない距離は、



さっきよりも少しだけ形を変えて、



それでも壊れることなく、



ふたりの間に残り続けていた。

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