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まだ名前のない距離 31 近づくでも離れるでもない、同じ速度で

夜の風は、さっきよりも少しだけ冷たくなっていた。


◇


街の音も、ほんの少し遠くなる。


◇


ふたりの間にあるものだけが、

はっきりと残っているみたいだった。


◇


◇


並んで歩く。


◇


さっきと同じ距離。


◇


でも、同じじゃない。


◇


◇


ユイは、自分の手を見る。


◇


何も触れていないはずなのに、

どこかに感触が残っている気がした。


◇


◇


「ねえ」


◇


今度は、少しだけ柔らかい声。


◇


◇


レンは視線を向ける。


◇


「ん?」


◇


◇


ユイは少しだけ迷って、


◇


それでも、さっきよりは迷わずに言う。


◇


◇


「さっきのさ」


◇


◇


レンは、すぐには反応しない。


◇


ただ、聞いている。


◇


◇


「残っててもいいってやつ」


◇


◇


ユイは前を見たまま続ける。


◇


「それってさ」


◇


◇


少しだけ息を吸う。


◇


◇


「変わってもいいってこと?」


◇


◇


レンは一瞬だけ考える。


◇


考えるというより、

言葉にする形を選んでいる感じだった。


◇


◇


「たぶん」


◇


◇


短い答え。


◇


◇


ユイは少しだけ笑う。


◇


◇


「また曖昧」


◇


◇


レンも、少しだけ肩をすくめる。


◇


◇


「はっきりしたら、終わりそうじゃない?」


◇


◇


その言い方は軽いのに、


◇


どこかだけ、少しだけ真剣だった。


◇


◇


ユイは、その言葉をそのまま受け取る。


◇


否定も、肯定もせずに。


◇


◇


「終わるの、やだ?」


◇


◇


自然に出た問いだった。


◇


◇


レンは、少しだけ空を見る。


◇


街灯の光で、星はほとんど見えない。


◇


◇


「どうだろ」


◇


◇


間を置いて、


◇


少しだけ続ける。


◇


◇


「今は、まだ」


◇


◇


それ以上は言わない。


◇


◇


ユイも、それ以上は聞かない。


◇


◇


ふたりの間に、また沈黙が落ちる。


◇


◇


でも今度は、


◇


少しだけ温度がある。


◇


◇


歩幅が、自然に揃う。


◇


どちらが合わせたのかは分からない。


◇


◇


ただ、ずれないまま進んでいく。


◇


◇


信号のない小さな横断歩道に差しかかる。


◇


◇


レンが、ほんの少しだけ歩く速度を落とす。


◇


◇


ユイも、それに気づいて、同じように緩める。


◇


◇


その一瞬、


◇


距離がほんの少しだけ縮まる。


◇


◇


触れそうで、触れない。


◇


◇


でも、さっきよりも近い。


◇


◇


ユイは前を見たまま、小さく言う。


◇


◇


「さ」


◇


◇


レンは視線だけで返す。


◇


◇


「なに」


◇


◇


ユイは、少しだけ笑って、


◇


◇


「なんでもない」


◇


◇


その“なんでもない”は、


◇


本当に何でもないわけじゃなかった。


◇


◇


でも、今はそれでよかった。


◇


◇


ふたりはまた歩き出す。


◇


◇


同じ速さで。


◇


同じ夜の中を。


◇


◇


まだ名前のない距離は、


◇


さっきよりも少しだけ形を変えて、


◇


それでも壊れることなく、


◇


ふたりの間に残り続けていた。

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