まだ名前のない距離 29 触れないまま、確かに残るもの
夜の街は、もう完全に静けさへと傾いていた。
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歩道の明かりだけが、規則的にふたりを追い越していく。
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手はもう触れていない。
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それでも、さっきより遠いわけでもなかった。
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むしろ、
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離れたことで、かえって近くなったような気さえする。
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ユイは何気なく、空を見上げる。
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星はほとんど見えない。
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それでも、上には何かがあるとわかる空。
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「ねえ」
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呼びかけは、風に溶けるくらい小さい。
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レンはすぐには振り向かない。
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そのまま歩きながら、答える。
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「なに」
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ユイは少しだけ間をあける。
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言葉にする必要があるのかどうか、まだ決めていない顔で。
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「さっきのさ」
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「うん」
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レンはそれだけでわかっているように返す。
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ユイは小さく息を吸って、
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「なんか、まだここにある感じする」
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それは説明じゃなくて、感覚だった。
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レンは少しだけ視線を落とす。
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「消えてないってこと?」
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ユイはすぐに頷かない。
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でも否定もしない。
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「わかんない」
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「でも、なくなってない」
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その言い方は、不完全なのに正確だった。
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レンは軽く笑う。
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「じゃあ、それでいいんじゃない」
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ユイは少しだけ驚いた顔をしてから、
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「それ、適当じゃない?」
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レンは肩をすくめる。
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「適当くらいがちょうどいい時もある」
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その言葉に、ユイは少しだけ黙る。
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そして、
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小さく笑った。
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「それは、ずるい」
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でも、その声はもう責めていなかった。
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ふたりはまた歩き出す。
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同じ速さで。
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同じ方向へ。
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名前のないままの距離は、
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消えることも、確定することもなく、
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ただ静かにそこに残り続けている。




