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まだ名前のない距離 27 交わらないまま、確かになっていくもの

街灯が、

ひとつずつ夜をほどいていく。



夕方だった世界は、

もう完全に夜の手前に立っていた。



空の色は、

さっきまでよりも深く沈んでいるのに、



ふたりの間だけは、

なぜか少しだけ明るいままだった。




並んで歩く。



さっきと同じようでいて、

どこか違う歩幅。



ほんの少しだけ、

合わせるでもなく、外れるでもなく、



“ずれていないずれ方”。




ユイはふと、

ポケットに手を入れる。



特に意味はない動き。



でもその仕草のあと、

少しだけ視線を横に向ける。




レンの手は、

さっきと同じ位置にあった。



触れそうで、

触れない距離。




「ねえ」



ユイが呼ぶ声は、

さっきよりもさらに静かで。




レンはすぐには返事をしない。



返事を急がないのが、

もう自然になっていた。




「もしさ」



ユイは続ける。




「このままずっと、こうだったら」




言い切らないまま、

少しだけ言葉が途切れる。




夜の風が、

ふたりの間をすり抜けていく。




レンは空を見上げてから、

小さく息を吐く。




「こうって?」




わざと確かめるように。




ユイは少しだけ困った顔をして、

それから小さく笑った。




「今みたいなやつ」




それだけで、

十分だった。




レンは少しだけ間を置いて、




「悪くないな」




そう言う。




その言葉は、

軽いようでいて、



どこかちゃんと重さがあった。




ユイはそれを聞いて、

前を向いたまま小さく頷く。




「だよね」




それきり、

また少しだけ沈黙が落ちる。




でもその沈黙は、

もう空白じゃなかった。




埋まっていないのに、

満たされているような時間。




信号が青に変わる。




ふたりは同時に、

少しだけ歩幅を揃える。




意識したわけじゃない。



でも、

偶然とも思えなかった。




横断歩道の白い線を踏みながら、



レンの指先が、

ほんの少しだけ動く。




今度は、

かすめるだけじゃなくて。




ほんの一瞬、



確かに、



触れた。




ユイは止まらない。



振り向きもしない。




ただ、



そのままの速度で言う。




「……今の」




レンは小さく笑う。




「わざとじゃない」




「ほんとに?」




少しだけ疑う声。



でも、

責めてはいない。




レンは答えずに、

もう一度だけ手を動かす。




今度は、

逃げない距離。




指と指が、

自然に並ぶ。




触れるかどうかの境界が、



もう意味を失いかけていた。




ユイは小さく息を吸って、



それから、

ほんの少しだけ速度を落とす。




手は、離さないまま。





街の音が、

少しだけ遠くなる。




車の音も、

人の声も、



ふたりの外側に流れていく。




その中心にだけ、



言葉にならない確かさが残る。




レンは前を見たまま言う。




「名前、つける?」




軽いようでいて、

軽くない問い。




ユイはすぐには答えない。



少しだけ考えて、



それから小さく笑う。




「まだいい」




そして続ける。




「たぶん今は」




「名前がない方が、ちゃんと残る気がする」




レンはその言葉に、

少しだけ目を細める。




「そっか」




それだけで、

また進める気がした。




夜の街は、

完全に灯りを持ちはじめている。




その中で、



ふたりの“まだ名前のない距離”は、



触れたことで終わることなく、



むしろ静かに、

形を増やしていく。




離れない理由も、



近づく理由も、



まだ言葉にはならないまま。




それでも確かに、



ふたりは同じ方向に歩いていた。

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