まだ名前のない距離 27 交わらないまま、確かになっていくもの
街灯が、
ひとつずつ夜をほどいていく。
◇
夕方だった世界は、
もう完全に夜の手前に立っていた。
◇
空の色は、
さっきまでよりも深く沈んでいるのに、
◇
ふたりの間だけは、
なぜか少しだけ明るいままだった。
◇
◇
並んで歩く。
◇
さっきと同じようでいて、
どこか違う歩幅。
◇
ほんの少しだけ、
合わせるでもなく、外れるでもなく、
◇
“ずれていないずれ方”。
◇
◇
ユイはふと、
ポケットに手を入れる。
◇
特に意味はない動き。
◇
でもその仕草のあと、
少しだけ視線を横に向ける。
◇
◇
レンの手は、
さっきと同じ位置にあった。
◇
触れそうで、
触れない距離。
◇
◇
「ねえ」
◇
ユイが呼ぶ声は、
さっきよりもさらに静かで。
◇
◇
レンはすぐには返事をしない。
◇
返事を急がないのが、
もう自然になっていた。
◇
◇
「もしさ」
◇
ユイは続ける。
◇
◇
「このままずっと、こうだったら」
◇
◇
言い切らないまま、
少しだけ言葉が途切れる。
◇
◇
夜の風が、
ふたりの間をすり抜けていく。
◇
◇
レンは空を見上げてから、
小さく息を吐く。
◇
◇
「こうって?」
◇
◇
わざと確かめるように。
◇
◇
ユイは少しだけ困った顔をして、
それから小さく笑った。
◇
◇
「今みたいなやつ」
◇
◇
それだけで、
十分だった。
◇
◇
レンは少しだけ間を置いて、
◇
◇
「悪くないな」
◇
◇
そう言う。
◇
◇
その言葉は、
軽いようでいて、
◇
どこかちゃんと重さがあった。
◇
◇
ユイはそれを聞いて、
前を向いたまま小さく頷く。
◇
◇
「だよね」
◇
◇
それきり、
また少しだけ沈黙が落ちる。
◇
◇
でもその沈黙は、
もう空白じゃなかった。
◇
◇
埋まっていないのに、
満たされているような時間。
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◇
信号が青に変わる。
◇
◇
ふたりは同時に、
少しだけ歩幅を揃える。
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◇
意識したわけじゃない。
◇
でも、
偶然とも思えなかった。
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◇
横断歩道の白い線を踏みながら、
◇
レンの指先が、
ほんの少しだけ動く。
◇
◇
今度は、
かすめるだけじゃなくて。
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◇
ほんの一瞬、
◇
確かに、
◇
触れた。
◇
◇
ユイは止まらない。
◇
振り向きもしない。
◇
◇
ただ、
◇
そのままの速度で言う。
◇
◇
「……今の」
◇
◇
レンは小さく笑う。
◇
◇
「わざとじゃない」
◇
◇
「ほんとに?」
◇
◇
少しだけ疑う声。
◇
でも、
責めてはいない。
◇
◇
レンは答えずに、
もう一度だけ手を動かす。
◇
◇
今度は、
逃げない距離。
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◇
指と指が、
自然に並ぶ。
◇
◇
触れるかどうかの境界が、
◇
もう意味を失いかけていた。
◇
◇
ユイは小さく息を吸って、
◇
それから、
ほんの少しだけ速度を落とす。
◇
◇
手は、離さないまま。
◇
◇
◇
街の音が、
少しだけ遠くなる。
◇
◇
車の音も、
人の声も、
◇
ふたりの外側に流れていく。
◇
◇
その中心にだけ、
◇
言葉にならない確かさが残る。
◇
◇
レンは前を見たまま言う。
◇
◇
「名前、つける?」
◇
◇
軽いようでいて、
軽くない問い。
◇
◇
ユイはすぐには答えない。
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少しだけ考えて、
◇
それから小さく笑う。
◇
◇
「まだいい」
◇
◇
そして続ける。
◇
◇
「たぶん今は」
◇
◇
「名前がない方が、ちゃんと残る気がする」
◇
◇
レンはその言葉に、
少しだけ目を細める。
◇
◇
「そっか」
◇
◇
それだけで、
また進める気がした。
◇
◇
夜の街は、
完全に灯りを持ちはじめている。
◇
◇
その中で、
◇
ふたりの“まだ名前のない距離”は、
◇
触れたことで終わることなく、
◇
むしろ静かに、
形を増やしていく。
◇
◇
離れない理由も、
◇
近づく理由も、
◇
まだ言葉にはならないまま。
◇
◇
それでも確かに、
◇
ふたりは同じ方向に歩いていた。




