まだ名前のない距離 26 名前をつけないまま、進んでいく
夕方の光は、
ゆっくりと街の色を変えていく。
◇
さっきまで白かったはずの景色が、
少しだけ橙に溶けていく。
◇
ふたりの影も、
さっきより長く伸びていた。
◇
◇
並んで歩く。
◇
変わらないはずのその形が、
◇
少しずつ、
“ただの並び”じゃなくなっていく。
◇
◇
言葉は少ないまま。
◇
でも、
◇
不思議と足りないとは思わなかった。
◇
◇
ユイが、
何かを確かめるみたいに
ほんの少しだけ視線を落とす。
◇
その先にあるのは、
◇
並んでいる足元。
◇
揃いきっていないのに、
◇
どこか似てきている歩幅。
◇
◇
「さっきさ」
◇
また、
ユイが口を開く。
◇
今度は、
少しだけ自然に。
◇
◇
「触れたとき」
◇
言葉が、
途中で少しだけ揺れる。
◇
◇
レンは何も言わず、
続きを待つ。
◇
◇
「……変な感じ、しなかった?」
◇
◇
問いかけなのに、
◇
どこか、
答えを知っているような声。
◇
◇
レンは少しだけ考える。
◇
ほんの一瞬だけ。
◇
◇
「した」
◇
短く答える。
◇
◇
ユイは、
少しだけ笑う。
◇
◇
「だよね」
◇
それだけで、
十分だったみたいに。
◇
◇
「嫌、とかじゃなくて」
◇
続ける声は、
さっきよりも少しだけ正直で。
◇
◇
「なんていうか」
◇
言葉を探す間。
◇
◇
「ちゃんと感じちゃった、みたいな」
◇
◇
その言葉に、
◇
レンは少しだけ目を細める。
◇
◇
「……わかる」
◇
◇
同じ温度の返事。
◇
◇
それ以上、
説明はいらなかった。
◇
◇
また少しだけ沈黙。
◇
でも、
◇
さっきとは違う。
◇
◇
“共有したあとの静けさ”。
◇
◇
ユイは、
ふっと息を吐いて、
◇
ほんの少しだけ肩の力を抜く。
◇
◇
「そっか」
◇
◇
それは確認で、
◇
同時に、
受け入れでもあった。
◇
◇
歩きながら、
◇
ふたりの距離がまた少しだけ揺れる。
◇
◇
近づいて、
◇
離れて、
◇
また近づく。
◇
◇
その繰り返しが、
◇
不思議と自然になっていく。
◇
◇
レンは、
少しだけ手を動かす。
◇
◇
触れようとしたわけじゃない。
◇
でも、
◇
意識していないとも言いきれない。
◇
◇
指先が、
◇
ほんの一瞬だけ
ユイの手の近くをかすめる。
◇
◇
触れてはいない。
◇
けれど、
◇
“さっきより近い”。
◇
◇
ユイは何も言わない。
◇
振り向きもしない。
◇
◇
でも、
◇
歩く速度がほんの少しだけ緩む。
◇
◇
それが、
答えみたいだった。
◇
◇
「……さ」
◇
今度はレンが口を開く。
◇
◇
「このままさ」
◇
◇
言いかけて、
◇
少しだけ笑う。
◇
◇
「どこまで行けるんだろうな」
◇
◇
場所の話じゃない。
◇
◇
ユイは少しだけ考えて、
◇
前を向いたまま答える。
◇
◇
「さあね」
◇
◇
でも、
◇
その声はどこか柔らかくて。
◇
◇
「でも」
◇
ほんの少しだけ間を置く。
◇
◇
「途中でやめる理由も、今はないかも」
◇
◇
レンは、
小さく笑う。
◇
◇
「ああ」
◇
◇
それで十分だった。
◇
◇
夕方の色が、
さらに深くなる。
◇
◇
街の灯りが、
少しずつ点き始める。
◇
◇
その中で、
◇
ふたりの距離は、
◇
まだ名前を持たないまま、
◇
少しずつ、
確かな形に近づいていく。
◇
◇
触れないままでも、
◇
重なっていくものがあると、
◇
ふたりとも、
もう知っていた。




