まだ名前のない距離 25 触れないままで、重なっていくもの
交差点を渡りきって、
人の流れが少しだけほどける。
◇
さっきまでと同じ街のはずなのに、
◇
ふたりの周りだけ、
少し違う場所みたいに感じた。
◇
◇
並んで歩く。
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肩が触れるほどじゃない。
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でも、
離れているとも言いきれない。
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その曖昧さが、
今は心地いい。
◇
◇
レンは、
何か話そうとして、やめる。
◇
言葉にした瞬間、
◇
この空気が
少し変わってしまう気がした。
◇
◇
ユイも、
同じように何かを考えている顔をしている。
◇
でも、
口には出さない。
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◇
沈黙は続く。
◇
けれど、
◇
さっきまでの“探るような沈黙”じゃない。
◇
ただ一緒にいるための、
自然な静けさ。
◇
◇
「さ」
◇
不意に、ユイが声を出す。
◇
レンが少しだけ顔を向ける。
◇
◇
「どこまで行く?」
◇
同じ質問。
◇
でも、
さっきとは少しだけ意味が違う。
◇
◇
レンは少しだけ考えて、
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「もう少し、このまま」
◇
そう答える。
◇
◇
場所じゃなくて、
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時間の話。
◇
◇
ユイは、
ほんの少しだけ目を細めて、
◇
「うん」
◇
短くうなずく。
◇
◇
それだけで、
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“続けること”が決まる。
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◇
歩幅が、また少し揃う。
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合わせようとしたわけじゃないのに、
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自然と同じリズムになる。
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◇
レンは、
横目でほんの少しだけユイを見る。
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風で揺れた髪が、
一瞬だけ頬にかかる。
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◇
その何気ない仕草に、
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さっき触れた感覚が、
またよみがえる。
◇
◇
「……あのさ」
◇
今度は、
迷いながらじゃない。
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◇
ユイが、少しだけこちらを見る。
◇
◇
「さっきの、さ」
◇
また同じ言葉。
◇
でも、
今度は少しだけ違う意味を持つ。
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◇
「ちゃんと覚えとくって言ったけど」
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◇
一瞬だけ、間を置く。
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◇
「たぶん、あれ」
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言葉を選ぶように、ゆっくり続ける。
◇
◇
「忘れないやつだと思う」
◇
◇
ユイは、少しだけ驚いた顔をして、
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すぐに、ふっと笑う。
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◇
「なにそれ」
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軽く返す声。
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でも、
◇
どこか嬉しそうで。
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◇
「大げさ」
◇
そう言いながらも、
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否定はしない。
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◇
レンは、少しだけ肩をすくめる。
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「そうかも」
◇
◇
でも、
◇
それ以上は引かない。
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◇
ユイは前を向き直して、
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ほんの少しだけ歩く速度を落とす。
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◇
また、距離が近づく。
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今度は、
ほんのわずかに。
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◇
触れるか、触れないか。
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その境目。
◇
◇
「……でもさ」
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ユイが、小さくつぶやく。
◇
◇
「忘れないなら」
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ほんの少しだけ、声がやわらぐ。
◇
◇
「急がなくていいかもね」
◇
◇
レンは、その言葉を聞いて、
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ゆっくりとうなずく。
◇
◇
「ああ」
◇
◇
今すぐじゃなくていい。
◇
でも、
◇
なかったことにもならない。
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◇
その距離が、
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少しずつ形になっていく。
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◇
夕方の光が、
少しだけ色を変え始める。
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◇
影が、
並んで伸びる。
◇
◇
触れていないのに、
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影だけが、
少しだけ重なっていた。
◇
◇
ふたりはそれに気づかないまま、
◇
同じ速さで、
同じ方向へ歩いていく。
◇
◇
まだ名前のないままの距離が、
◇
確かに、少しずつ近づいていた。




