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まだ名前のない距離 24 触れた意味を、言葉にする前に

青に変わった信号を渡りながら、



ふたりの間に、

さっきまでなかった“何か”が残っていた。



手は、もう離れている。



けれど、



離れたはずの距離が、

どこか曖昧になっている。




レンは、

少しだけ自分の指先を見る。



触れた時間は、

ほんの一瞬だったはずなのに、



妙に、はっきりと残っている。




ユイは何も言わない。



でも、



歩く速度が、

ほんの少しだけゆっくりになる。




合わせているのか、



ただ、同じになっているのか。




その違いを、

まだ確かめる勇気はない。




「……さっきの」



レンが、ぽつりと口を開く。



言うつもりはなかった。



でも、



何もなかったことにするには、

少しだけ大きすぎた。




ユイは前を向いたまま、



「うん」



短く返す。




それだけで、



逃げ道はなくなる。




「嫌じゃ、なかった?」




聞いたあとで、

少しだけ後悔する。



もっと別の聞き方も、

あったかもしれない。




でも、



今のレンには、

それしか出てこなかった。




ユイは、

少しだけ考えるように間を置いてから、



「……ううん」



小さく首を振る。




そのまま続ける。



「びっくりは、したけど」




正直な言葉。



飾っていない分だけ、



余計に、まっすぐ届く。




「でも」



ほんの少しだけ、



声が柔らかくなる。



「嫌じゃなかった」




レンの中で、

何かがゆっくりとほどける。




「そっか」



それ以上は、

うまく言えない。




でも、



それで十分な気もした。




しばらく、また無言になる。



さっきまでの沈黙とは違う、



少しだけ温度のある静けさ。




「ね」



今度は、レンが呼ぶ。




ユイが、少しだけ顔を向ける。




「さっきの」



同じ言葉を、

もう一度だけ使う。




「もう一回、って言ったら」




言い終わる前に、



ユイの視線が、

ほんの少しだけ揺れる。




「……どうする?」




問いかけなのに、



どこか、

確かめるみたいな響き。




ユイはすぐには答えない。



歩きながら、



ほんの少しだけ前を見る。




そして、



ゆっくりと息を吐いてから、



「今は」



言葉を選ぶように、



慎重に続ける。




「まだ、いい」




拒否ではない。



でも、



受け入れでもない。




その“間”が、



今のふたりには、

ちょうどいい距離だった。




レンは、

小さくうなずく。



「……わかった」




無理に進まない。



でも、



止まるわけでもない。




さっき触れたことが、



消えるわけじゃないから。




ユイは、

少しだけだけ笑う。




「でもさ」



軽く続ける。



「さっきのは」




ほんの少しだけ、

いたずらっぽく。




「ちゃんと覚えといて」




レンは一瞬だけ驚いて、



すぐに小さく笑う。



「忘れられるわけない」




その言葉に、



ユイの表情が、

少しだけやわらぐ。




また風が吹く。



さっきよりも、少しだけ穏やかな風。




今度は、



どちらの指先も動かない。




でも、



触れなくてもわかる距離が、



確かに、そこにあった。

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