まだ名前のない距離 24 触れた意味を、言葉にする前に
青に変わった信号を渡りながら、
◇
ふたりの間に、
さっきまでなかった“何か”が残っていた。
◇
手は、もう離れている。
◇
けれど、
◇
離れたはずの距離が、
どこか曖昧になっている。
◇
◇
レンは、
少しだけ自分の指先を見る。
◇
触れた時間は、
ほんの一瞬だったはずなのに、
◇
妙に、はっきりと残っている。
◇
◇
ユイは何も言わない。
◇
でも、
◇
歩く速度が、
ほんの少しだけゆっくりになる。
◇
◇
合わせているのか、
◇
ただ、同じになっているのか。
◇
◇
その違いを、
まだ確かめる勇気はない。
◇
◇
「……さっきの」
◇
レンが、ぽつりと口を開く。
◇
言うつもりはなかった。
◇
でも、
◇
何もなかったことにするには、
少しだけ大きすぎた。
◇
◇
ユイは前を向いたまま、
◇
「うん」
◇
短く返す。
◇
◇
それだけで、
◇
逃げ道はなくなる。
◇
◇
「嫌じゃ、なかった?」
◇
◇
聞いたあとで、
少しだけ後悔する。
◇
もっと別の聞き方も、
あったかもしれない。
◇
◇
でも、
◇
今のレンには、
それしか出てこなかった。
◇
◇
ユイは、
少しだけ考えるように間を置いてから、
◇
「……ううん」
◇
小さく首を振る。
◇
◇
そのまま続ける。
◇
「びっくりは、したけど」
◇
◇
正直な言葉。
◇
飾っていない分だけ、
◇
余計に、まっすぐ届く。
◇
◇
「でも」
◇
ほんの少しだけ、
◇
声が柔らかくなる。
◇
「嫌じゃなかった」
◇
◇
レンの中で、
何かがゆっくりとほどける。
◇
◇
「そっか」
◇
それ以上は、
うまく言えない。
◇
◇
でも、
◇
それで十分な気もした。
◇
◇
しばらく、また無言になる。
◇
さっきまでの沈黙とは違う、
◇
少しだけ温度のある静けさ。
◇
◇
「ね」
◇
今度は、レンが呼ぶ。
◇
◇
ユイが、少しだけ顔を向ける。
◇
◇
「さっきの」
◇
同じ言葉を、
もう一度だけ使う。
◇
◇
「もう一回、って言ったら」
◇
◇
言い終わる前に、
◇
ユイの視線が、
ほんの少しだけ揺れる。
◇
◇
「……どうする?」
◇
◇
問いかけなのに、
◇
どこか、
確かめるみたいな響き。
◇
◇
ユイはすぐには答えない。
◇
歩きながら、
◇
ほんの少しだけ前を見る。
◇
◇
そして、
◇
ゆっくりと息を吐いてから、
◇
「今は」
◇
言葉を選ぶように、
◇
慎重に続ける。
◇
◇
「まだ、いい」
◇
◇
拒否ではない。
◇
でも、
◇
受け入れでもない。
◇
◇
その“間”が、
◇
今のふたりには、
ちょうどいい距離だった。
◇
◇
レンは、
小さくうなずく。
◇
「……わかった」
◇
◇
無理に進まない。
◇
でも、
◇
止まるわけでもない。
◇
◇
さっき触れたことが、
◇
消えるわけじゃないから。
◇
◇
ユイは、
少しだけだけ笑う。
◇
◇
「でもさ」
◇
軽く続ける。
◇
「さっきのは」
◇
◇
ほんの少しだけ、
いたずらっぽく。
◇
◇
「ちゃんと覚えといて」
◇
◇
レンは一瞬だけ驚いて、
◇
すぐに小さく笑う。
◇
「忘れられるわけない」
◇
◇
その言葉に、
◇
ユイの表情が、
少しだけやわらぐ。
◇
◇
また風が吹く。
◇
さっきよりも、少しだけ穏やかな風。
◇
◇
今度は、
◇
どちらの指先も動かない。
◇
◇
でも、
◇
触れなくてもわかる距離が、
◇
確かに、そこにあった。




