まだ名前のない距離 18 言葉にする前の、確かな予感
教室の空気は、
いつもと同じはずなのに、
◇
どこかだけ、
少し違って感じた。
◇
レンは席に座りながら、
何気なく窓の外を見る。
◇
視界の端に、
見慣れた後ろ姿。
◇
ユイが、
友達と話している。
◇
笑っている声は聞こえない。
でも、
楽しそうだということだけは、
不思議とはっきり分かった。
◇
「……普通だな」
◇
ぽつりと、呟く。
◇
昨日のことがあっても、
何かが急に変わるわけじゃない。
◇
距離も、
空気も、
◇
見た目には、何も。
◇
それでも、
◇
“違う”と感じてしまうのは、
◇
たぶん、
自分の中の問題だった。
◇
◇
一方で、
ユイもまた、
ふとした瞬間に視線を動かしていた。
◇
教室の奥。
◇
レンの姿が、見える位置。
◇
目が合うわけでもなく、
ただ、そこにいることを
確認するだけ。
◇
それだけで、
少しだけ、
落ち着く。
◇
「……何それ」
◇
自分でも理由が分からなくて、
小さく笑った。
◇
◇
チャイムが鳴る。
◇
いつも通りの授業。
◇
いつも通り、
ノートを取って、
◇
いつも通り、
時間が過ぎていく。
◇
なのに、
◇
ふとした拍子に、
◇
思い出すのは、
◇
昨日の、
あのやり取り。
◇
「またね」
◇
それだけの言葉が、
◇
こんなにも、
残るなんて。
◇
◇
昼休み。
◇
教室のざわめきの中で、
◇
レンは、
机に肘をつきながら、
少しだけ考える。
◇
今、話しかけるべきか。
◇
それとも、
まだやめておくか。
◇
急がなくていい。
◇
そう思っていたはずなのに、
◇
“話したい”という気持ちは、
確実にそこにあった。
◇
◇
同じ頃、
ユイもまた、
同じようなことを考えていた。
◇
行けば、
きっと普通に話せる。
◇
でも、
◇
“普通”が少しだけ変わってしまった今、
その一歩が、
少しだけ遠い。
◇
◇
視線が、
ほんの一瞬だけ重なる。
◇
すぐに逸れる。
◇
それでも、
◇
お互いに、
気づいていた。
◇
◇
“今なら、話せる”
◇
その感覚だけが、
言葉にする前から、
確かに存在している。
◇
◇
まだ踏み出していない。
◇
でも、
◇
止まっているわけでもない。
◇
◇
ほんの少しの勇気と、
ほんの少しのきっかけ。
◇
それさえあれば、
◇
この距離は、
またひとつ、
形を変える。
◇
◇
言葉になる前の気持ちが、
◇
静かに、
二人の間に満ちていく。
◇
◇
次に動くのは、
どちらか。
◇
それとも――
同時に。




