まだ名前のない距離 15 指先に残る熱 消せない一言
「嬉しかった」
◇
その文字は、
◇
思っていたよりも、
長く残った。
◇
ユイは、
しばらく画面を見つめたまま、
◇
指を動かせずにいた。
◇
◇
冗談じゃない。
◇
ごまかしもない。
◇
ただの、
◇
まっすぐな言葉。
◇
◇
「……ずるいな」
◇
小さく呟く。
◇
◇
自分が聞いたくせに、
◇
こんな答えをされるなんて、
思っていなかった。
◇
◇
でも。
◇
◇
嫌じゃない。
◇
むしろ、
◇
少しだけ――
◇
嬉しい。
◇
◇
胸の奥に、
じんわりと広がるものを感じながら、
◇
ユイは、
ゆっくりと打ち込む。
◇
◇
「そっか」
◇
◇
短い返事。
◇
◇
それだけなのに、
◇
何度も見直してしまう。
◇
◇
もっと何か、
◇
言ったほうがいい気もする。
◇
◇
でも、
◇
今はこれ以上、
◇
踏み込んだら壊れそうで。
◇
◇
送信。
◇
◇
◇
レンのスマホが、
また震える。
◇
◇
「……そっか、か」
◇
◇
少しだけ笑う。
◇
◇
期待していたわけじゃない。
◇
でも、
◇
もう少し何か来るかもって、
◇
どこかで思っていた。
◇
◇
「欲張りすぎだろ」
◇
◇
自分に言い聞かせる。
◇
◇
それでも。
◇
◇
さっきの「嬉しかった」は、
◇
間違ってなかったと、
思えていた。
◇
◇
スマホを閉じかけて、
◇
手が止まる。
◇
◇
このまま終わるのか。
◇
◇
それとも――
◇
◇
「……いや」
◇
◇
また開く。
◇
◇
指が、
◇
今度は迷わず動いた。
◇
◇
「また話そ」
◇
◇
送信。
◇
◇
◇
ユイの画面に、
すぐに届く。
◇
◇
その一文を見た瞬間、
◇
少しだけ、
呼吸が軽くなる。
◇
◇
終わらなかった。
◇
◇
それだけで、
◇
こんなにも安心するなんて。
◇
◇
「……うん」
◇
小さく頷く。
◇
◇
そして、
◇
今度は迷わず打つ。
◇
◇
「またね」
◇
◇
送信。
◇
◇
◇
会話は、
そこで途切れる。
◇
◇
でも、
◇
さっきまでとは違う。
◇
◇
終わりじゃない、
◇
続きがある前提の「またね」。
◇
◇
スマホの画面が消えても、
◇
指先には、
◇
まだ少しだけ、
◇
熱が残っていた。
◇
◇
名前はまだない。
◇
でも、
◇
その距離は、
◇
もう簡単には、
◇
離れない気がしていた。




