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来なかった日の約束

教室の扉が閉まる音が、やけに長く響いた気がした。


静かになった空間の中で、さっきまでのやり取りが何度も頭の中を反芻する。


――来なかったら、迎えに来てよね。


「……なんだよ、それ」


誰もいない教室で、思わず呟く。


冗談のはずだ。

いつもの軽口の延長。

あいつはそういうやつだ。


なのに。


「……来なかったら、って」


その言葉だけ、やけに引っかかる。


俺はゆっくりと席に座り直した。

まだ温もりが残っている気がして、すぐに立ち上がる。


「気のせいだろ……」


そう言い聞かせても、落ち着かない。


結局、その日はいつもより遅く学校を出た。


――翌日。


「……」


教室に入った瞬間、違和感に気づく。


いつもなら。


「おはよ、ミナ」


何でもない顔で、あいつがいるはずなのに。


「……いない」


水瀬ユイの席は、空っぽだった。


机の上はきれいに片付いていて、まるで最初から誰もいなかったみたいに整っている。


「……遅刻か」


昨日、自分が言った言葉が頭に浮かぶ。


――遅刻かどうか気にするだけだろ。


「……」


笑えない。


授業が始まっても、終わっても、ユイは来なかった。


先生は「体調不良らしい」とだけ言った。


それだけで済む話のはずなのに。


「……なんでだよ」


ノートに書いた文字が、やけに雑になる。


時計の針の音がうるさい。


窓の外の景色が、妙に遠く感じる。


全部、いつも通りなのに。


一つだけ、足りない。


放課後。


気づけば、俺は昨日と同じように席に残っていた。


「……帰るか」


そう言いながら、足は動かない。


――来なかったら、迎えに来てよね。


「……あーもう」


頭をかきながら、カバンを掴む。


「冗談でも言うなよ、ああいうの……」


でも。


「……行けばいいんだろ」


小さく呟いて、教室を出た。


ユイの家は、学校から少し歩いた住宅街の奥にある。


何度か一緒に帰ったことがあるから、場所は知っている。


「……ほんとに来るとはな」


自分で自分に呆れながら、インターホンの前に立つ。


一瞬だけ迷ってから、ボタンを押した。


ピンポーン。


数秒の沈黙。


そのあと、


「……はい」


少しだけ弱い声が、スピーカー越しに聞こえた。


「……ミナだけど」


間が空く。


そして、


「……え?」


明らかに驚いた声。


「迎えに来た」


「……は?」


今度は間抜けな声。


「来なかったら来いって言っただろ」


しばらく沈黙。


そのあと、ドタドタと足音がして、ガチャッと扉が開いた。


「……ほんとに来たの?」


少しだけ顔色の悪いユイが、目を丸くして立っている。


「お前が言ったんだろ」


「いや、あれ冗談っていうか……」


「知るか」


即答すると、ユイは少しだけ黙って、それから。


「……バカ」


小さく笑った。


「なに笑ってんだよ」


「だってさ」


ユイは少しだけ視線を逸らして、


「ミナ、ちゃんと迎えに来るんだなって思って」


「……」


返す言葉が出ない。


「昨日さ」


ユイがぽつりと続ける。


「来なかったらどうする?って聞いたとき」


「……ああ」


「ちょっとだけ、不安だったんだよね」


「……」


「ほんとにどうでもいいって思われてたら、やだなって」


その言葉に、胸の奥が少しだけ痛くなる。


「……バカか」


「なにそれ」


「どうでもいいわけないだろ」


気づけば、口から出ていた。


ユイが、少しだけ目を見開く。


「……じゃあさ」


「ん?」


「私がいないと、困る?」


「……」


一瞬、言葉に詰まる。


でも、昨日みたいに誤魔化す気にはなれなかった。


「……困る」


小さく、でもはっきりと言う。


ユイは数秒黙って、それから。


「……そっか」


嬉しそうに、笑った。


「じゃあさ」


「明日もちゃんと来るから」


「来いよ」


「うん」


少しだけ照れたように頷くユイ。


「でもさ」


「なんだよ」


「また来なかったら、迎えに来てくれる?」


「……来ねえよ」


「えー」


「……その代わり」


「?」


「来ない理由、ちゃんと説明しろ」


ユイは一瞬きょとんとして、それから。


「……なにそれ、ちょっと嬉しいんだけど」


「意味わかんねえ」


「ミナなりの優しさでしょ?」


「違う」


即答。


でも。


「……まあ、いいや」


ユイは笑って、


「約束ね」


そう言って、小さく手を差し出した。


「……子供かよ」


文句を言いながら、その手を軽く叩く。


パチン、と乾いた音が鳴る。


夕焼けが、二人を同じ色に染めていた。


昨日と同じはずの時間なのに、少しだけ違って見えた。

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