まだ名前のない距離 13
気づかないふりの、その先で
◇
夜は、思っていたより静かだった。
◇
部屋の時計の音だけが、
やけに響く。
◇
◇
ユイはベッドに座ったまま、
スマホを手の中で転がしていた。
◇
開いては閉じて、
また開いて。
◇
同じ画面を、
何度も行き来する。
◇
◇
「……もういいや」
◇
そう呟いて、
天井を見る。
◇
◇
でも。
◇
指は、また画面に触れていた。
◇
◇
トーク画面。
◇
レンの名前。
◇
◇
今度は、
ほんの少しだけ、
◇
キーボードに指を乗せる。
◇
◇
「さっきは——」
◇
そこまで打って、
◇
止まる。
◇
◇
「違うな」
◇
全部消す。
◇
◇
◇
一方で。
◇
レンは自分の部屋の椅子に座りながら、
スマホを机の上に置いていた。
◇
◇
視線は、そこから外れているのに。
◇
気配だけは、
ずっとそこにある。
◇
◇
「……来るわけないか」
◇
小さく呟く。
◇
◇
理由なんて、
いくらでもある。
◇
送る必要も、
送られる理由も。
◇
◇
それでも。
◇
◇
「……いや」
◇
レンはスマホを手に取る。
◇
◇
画面を開く。
◇
トーク一覧。
◇
◇
ユイの名前は、
少し上の方にある。
◇
◇
指が伸びて、
◇
でも、触れる直前で止まる。
◇
◇
「……なんて送るんだよ」
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◇
同じ言葉を、
違う場所で呟いている。
◇
◇
◇
そのとき。
◇
ユイの指が、
ほんの少しだけ動いた。
◇
◇
「おつかれ」
◇
短い一言。
◇
◇
送信ボタンの上で、
また止まる。
◇
◇
「……今さらすぎるか」
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◇
画面の中の文字が、
やけに他人行儀に見える。
◇
◇
でも。
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消そうとして、
◇
やめた。
◇
◇
そのまま、
◇
ゆっくりと、押す。
◇
◇
◇
送信。
◇
◇
◇
同じ瞬間。
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レンのスマホが震えた。
◇
◇
一瞬だけ、
呼吸が止まる。
◇
◇
視線が、
自然と画面に落ちる。
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◇
通知。
◇
ユイ。
◇
◇
「……マジか」
◇
◇
少しだけ笑う。
◇
◇
開く。
◇
◇
たった一言。
◇
「おつかれ」
◇
◇
それだけなのに。
◇
◇
さっきまでの距離が、
少しだけ近づいた気がした。
◇
◇
レンは、少しだけ考えて、
◇
すぐに打ち込む。
◇
◇
「そっちもな」
◇
◇
短い返信。
◇
でも、
◇
さっきより迷わなかった。
◇
◇
◇
画面越しに繋がる距離。
◇
それはまだ、
◇
名前を持たないまま。
◇
◇
でも。
◇
◇
確かに、
◇
さっきよりも少しだけ、
◇
近くなっていた。




